大阪堺市出身!国家の安全保障や国益優先の信念を貫く行動派!

日本のこころを大切にする党 西村眞悟

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西村眞悟の時事通信
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ビデオ全面公開拒否が意味すること

平成22年10月28日(木)

 九月二十四日の中国船長釈放が意味することは、尖閣諸島と周辺領海を、菅内閣が
「日本の施政の下にある領域」(日米安保条約第五条)から、「中国の力が優位する領域」に移行させたことを意味する。
 これによって、その直前にニューヨークでアメリカ国務長官が、尖閣は日米安保条約第五条の適用対象だと述べたその前提を、菅内閣自らが消し去ったことになる。
 国益の毀損、これに勝るものはない。

 では、現在まで船長逮捕の前の状況と逮捕時の状況を映したビデオの公開を菅内閣が拒否してきたことと、この度、ビデオの一部を国会に提出し特定者に限り視聴することができるとした措置は、何を意味するのか。
 これこそ、船長釈放に勝る国益の毀損なのである。
 即ち、これは、菅内閣が、
「我が国を中国の言論統制下においた」ことを意味するからだ。
 これは、尖閣という一つの地域のことではなく、全日本を中国の統制下に菅内閣が入れたのである。これは、単に地域のことではなく、一億二千万の日本国民が中国の統制下におかれていることを意味する。
 
 中国には、言論の自由はない。中国共産党が言論を統制し検閲している。この度の、劉暁波氏のノーベル平和賞受賞を伝えるヨーロッパやアメリカのニュースも、このノーベル平和賞の箇所になると電波がとぎれて画面が真っ白になったという。
 中国は、巨額な国防費を超える費用を使ってあらゆる言論の統制をしている。
 
 これに対して、日本は、言論の自由によって国政が運営されている国である。言論の自由は我が国の民主主義の根幹である。従って、政府の責務は、言論の自由を実効あらしめる国民の「知る権利」を確保することにある。
 しかし、菅内閣の現在までのビデオ公開の拒否と、続く全面公開拒否の措置は、この領土を奪いに来る中国の行動という国民が一番知らねばならない事態を国民に知らせず、国民から「知る権利」を奪う民主主義に対する裏切りと言わねばならない。
 同時に、この裏切りは、国民に言論の自由を認めない中国の言論統制を我が国に導き入れ、我が国を中国の言論統制下に置くものであり二重に許すことができない売国的措置である。

 つまり、菅内閣は、船長釈放により、尖閣における「日本の施政」(
日米安全保障条約第五条)を中国に明け渡し、ビデオの全面公開拒否により、我が国民の「知る権利」を中国の統制下に置いた。
 これ以上の売国かつ亡国の政権はない。
 これ以上、生かしてはおけない政権である。

 もっとも、自己反省なき自民党に、菅内閣を非難する資格はない。
 平成十三年八月、靖国神社の狛犬に赤いスプレーで「死ね」と落書きした中国人がいた。この者は、馮錦華といい、同年十二月東京地方裁判所で懲役十月執行猶予三年の判決を受けた。しかし、馮は、執行猶予中の平成十六年に反日活動家七名のリーダーとして尖閣諸島魚釣島に上陸し灯台を破壊し日の丸を焼いて気勢をあげ沖縄県警に出入国違反の現行犯で逮捕されている。
 法治国家であれば、このような者は、執行猶予を取り消して実刑に服させねばならない。しかし、自民党小泉内閣は、この馮を強制退去名下に釈放し、凱旋帰国させている。

 要するに、事態はすでに、菅内閣を打倒して、自民党に戻せば解決する次元の問題ではないのだ。
 ここにおいて明らかなことは、尖閣は、真の意味の「戦後からの脱却」を強く我らに促しているということである。
 武士の一分を貫いてきた平沼赳夫氏を結晶の核として、自民と民主の枠を打破した保守愛国の集団が生まれねば我が国は亡国への坂道から脱却できない。
 次の選挙の直前において、この集団が国民の前に姿を現せば、選挙後に、一挙に救国統一内閣が結成され、「戦後から脱却した日本」が再興できる。
 尖閣におけるこの度の事態は、我が戦後政治の惨状を明らかにするとともに、我が国再興への政治日程と我々国民の責務を明示しているのだ。

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