大阪堺市出身!国家の安全保障や国益優先の信念を貫く行動派!

日本のこころを大切にする党 西村眞悟

  • 西村眞悟 Facebook
  • 西村眞悟 twitter
  • 西村眞悟 RSS
西村眞悟の時事通信
  • HOME
  • 西村眞悟の時事通信

知行合一、雌伏の秋

平成13年10月30日(火)

 知れば、それを行うのが政治家の責務である。知って行わず、時流に迎合するのは匹夫である。
 現在、失業者は350万人を越え、自殺者年間3万人を越えている。この事態を知りながら、手を打たないのが常態となっている。経済は、「経世済民」であるという本質を知る政府ではない。
 金利はゼロである。百万の預金に利息は年間百六十円である。なぜ、金利ゼロなのか。通貨の流通を増大させるためである。では、その説明通りに通貨流通量は増大傾向であるか。現実は反対である。では、金利を上げればどうなる。銀行は預かった預金に利息を付けて返さねばならない。したがって、貸出量を増大させねばならない。自然に通貨供給量は増大する。
 銀行が貸し出しをしないのは、不況で適当な融資先がないからだと、政府と日銀は説明する。しかし、現在一番の成長産業にしてすでに巨大な利益を蓄えているのが「サラ金」業界、つまり庶民金融産業なのだ。つまり、銀行は仕事をするべきときに、仕事をせず、公的資金で救済される。なぜ、銀行は仕事をしないのか。金利がゼロであるからだ。融資というリスクを払う動機がないのだ。斯くして、国民はゼロ金利のもとで高利貸しに儲けさせざるを得ないシステムのなかでもがいている。
 官僚とは、組織の正当性を説明するための理屈は、本能的に百でも三百でも並べ立てることができる職業である。然り、官僚組織とはそうでなければならないのだ。そのうえに、政治家の使命がある。つまり、今までの流れを変える決断をするか否か。これが政治家の役割である。そして、その決断の正当性を基礎づける理屈を官僚にトラック一杯用意させて役割分担が完成する。
 しかし、現在の政治は、発想が枯渇して官僚と不可分一体のマーボ豆腐になっている。
 ここにおいて、私は、国民は自らの生存権に基づいて自主的にモラトリアム・支払い猶予を実行することを提唱する。つまり、合法的に借金を踏み倒すのだ。そのために中小企業ユニオンが必要となった。このユニオンで、銀行からの差し押さえ・競売に対抗するのだ。競売など怖くはない。時価の何分の一かで落札となる。ユニオンでそれを落札して、元の企業に賃借すれば、元の企業は無借金の優良企業に生まれ変わり、賃料はユニオンに入る。何れ落札価格のプラスアルファで買い戻せば、ユニオンが儲かり加入企業に配分できる。
 個人の借金対策は、どうか民事再生法を活用してほしい。合法的に踏み倒せる。
 ここまで、金融システムと、その支援を受けてきた政府(小泉総理の郵政民営化論は、銀行協会が郵便貯金に手を伸ばすための業界政策だった)が、公的資金を私物化して怠慢を続けるなら、以上の提唱をするのが政治家の仕事であると信ずる。丹羽春樹的決断ができる政治家は与党はもとより、現政界にいないからだ。
 二.二十六事件は、農村の疲弊から起こった。それ以後スローガンだけの政治が続いた。いま、文明史的なイスラムのオサマ・ビンラディンの反乱、そして気力を失った国内政治の連続、自殺者三万人超。ただじゃすまん。来るべき世界的争乱・乱世を受けてたって、日本とアジアの同胞の「万民保全の道」を、我が日本が切り開くための心胆を練る秋である。独醒の士、雌伏せよ。

新着記事

  • 平成30年7月19日(木)
    先に、「明治を甦らせる」として、明治と、昭和そして現在の連続性を回復することこそ、これからの我が国の「独立自尊の進路の決断」に必要なことだと書いた。そして、その連続性を回復する為の障害が、明治の日露戦…
  • 平成30年7月18日(水)
    明治を現在に甦らせよ!先日の産経新聞の「明治ルネッサンスで時代に新風を」と題する「正論」は、新保祐司氏が執筆し、明治という時代には「まさに『明治の栄光』というトーンがふさわしい」と述べた上で、次のよう…
  • 平成30年7月12日(木)
    六月十二日の、シンガポールにおけるトランプ氏が上機嫌に成功したと謳った米朝首脳会談の後、現実味を帯びていた「斬首作戦」は忘れられ、米韓合同軍事演習も中止され、急速に、一体、何を騒いでいたのか、分からな…
  • 平成30年7月5日(木)
    先の時事通信と重複するが、「月刊日本」誌に送稿した一文を次に掲載する。これを書いていた時、平成十四年の小泉純一郎総理と金正日委員長との日朝首脳会談の下準備交渉をしてシナリオを書いていた、外務省アジア大…
  • 平成30年7月4日(水)
    七月二日、愛媛県松山市で開かれた愛媛県下の拉致議連総会後の講演会に出席し、配布された政府資料を見た。その政府の作った拉致被害者リストは、こと、ここに至っても、昭和五十二年(一九七七年)九月の久米裕拉致…

アーカイブ