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日本のこころを大切にする党 西村眞悟

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西村眞悟の時事通信
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東アジアにおける「共同体」のあり方

平成21年10月6日(火)

 鳩山内閣のご祝儀相場的評価が続いている。
 そのなかで本人は、日本の総理として得意げに国連で行動し、既に中国の胡錦涛主席に、「東アジア共同体」創設の提案をしている。
 従って、中国に創設を持ちかけた「共同体」とは何かについて、今こそ強い懸念をもって、いささかの遠慮もなく述べておかねばならない。
 亡くなった中川昭一さんは、この中国の動向に対して強い関心を持ち、中国共産党の「利をもちいる対日工作」に喜々として従う日本の政治家と政界に強い懸念をもっていた愛国者だった。
 中川さんのことを思っていると、マスコミの創るご祝儀相場のもとで日本の運命を左右する提案が「政治的未熟児」によって対外的に為されたということに強い警告を発せざるを得ない。
 中川さんも、同じ思いを抱いて逝ったと思う。

 さて、鳩山氏の「東アジア共同体」とは、国連で中国の胡錦涛に提案したものであるから、中国をメンバーに加えた共同体であることは明らかであろう。
 そして、これが決定的なポイントである。
 そこで、我が日本が、「共同体」を受け入れ、または創った経験はなかったかと思い返してみた。すると、樺太と満州が思い浮かんだのである。
 
 樺太は、我が国の民が鎌倉時代から足跡を残し、十九世紀初頭には、間宮林蔵が全島を踏破し、幕府が日本国標を建てて松前藩領にしていた島である。この樺太が、一八五五年、露西亜の強い圧力のもとに、下田において日露雑居地とされた(日露和親条約)。日露雑居地とは、今で言う日露の「共同体」ということである。
 満州は、清朝を建てたマンチュリアン(満州族)の故地であるが、二十世紀に入っても馬賊の支配する無法地帯であった。
 そこで日本は、東アジアと日本の安定の為、強権を以て馬賊を平らげ満州国を建設した。
 そして人民のアヘン吸引の悪弊を根絶して治安を回復し、教育と産業を興して豊かな満州を創っていった。その理念は五族共和であった。日本、漢、満州、蒙古、朝鮮の五族の共和である。これはつまり、今で言う「五族共同体」のことであろう。
 この二つが、日本自身が関与した東アジアにおける「共同体」の経験である。
 
 では、この二つの経験は如何に帰結したか。
 全樺太は、今や完全に露西亜が占拠しているし、全満州は今や完全に中国の領有下にある。
 つまり、樺太が日露共同体(日露雑居地)になったので、ロシア無頼が武器を持って合法的に樺太に押し寄せてきたのである。
 また、満州が治安が維持された豊かな地になり始めると、南の長城を越えて毎年大量の中国人がイナゴのように満州に移住してきた。
 中国人は、その時も長城の北の満州が中国の地だとは思っていなかった。しかし、満州の住民が圧倒的に中国人によって占められ満州における日本の力が消滅すると、満州は中国のものになった。では、もともと満州にいた満州人はどうなったか。彼らは、「少数民族」になったのである。
 昨年のウイグルにおける暴動の時、東京に中国における土地を奪われた虐げられた民族が集まった。その中に、ウイグル、チベット、内モンゴルと共に、満州(マンチュリアン)が来ていたのが印象的だった。
 以上が、日本自身が関与した東アジアにおける「共同体」の経験である。

 次に、満州以外の大陸における「共同体」の経験を観てみよう。即ち、チベット、ウイグルそして内モンゴルである。
 これらの地域は、中国の強権によって中国との「共同体」になった。そして、毎年大量の中国人がイナゴのように押し寄せて、チベット、ウイグルそしてモンゴルの人々は、自分たちの故郷において「少数民族」になった。そして、彼らが如何に中国の「異民族支配」に反発しようとも、「内政問題」に過ぎず「国際問題」にならない。何故なら、彼らは中国と「共同体」だからである。
 台湾と中国の関係は、今はかろうじて「国際問題」だが、台湾の内部から中国の圧力に迎合して「内政問題」とする方向に動いている。つまり、中国との「共同体」受け入れの方向に台湾は動かされている。
 
 以上が、日本の経験も含めた、東アジアにおける「共同体」の帰結である。
 この経験から学ぶことは、東アジアにおける「共同体」は、
①イナゴのように人民を大量に共同体に送り込むことができる集団、②力を信奉する集団、③金を信奉する集団、④郷に入っても郷に従わないズーズーしい集団、⑤一族と同郷の者しか信用しない集団、そして、⑥すぐ繁殖する集団、の制覇する地域になるということである。
 そして、この①から⑥までの要素を全て備えているのが中国共産党と十三億を遙かに超えるその人民である。

 従って、結論を言う。
 鳩山氏がご祝儀相場のなかで中国の胡錦涛に喜々として提案した「東アジア共同体」とは、日本が自ら進んで、
 日本列島の「少数民族」になるという、とんでもない、提案である。
 実に、とんでもない提案である。亡国の提案である。
 西洋のことわざに、「地獄への道は善意で舗装されている」というのがあるが、まさに「亡国への道は友愛で舗装されている」のである。
 日本が日本である道を自然に示された神話の神々、日本武尊の霊、神功皇后の霊、聖徳太子の霊、菅原道真の霊そして幾多の英霊、そして父母を始め無量の先人に、まさに今、我が国は内側から亡くなる方向に歩み出したと訴えたいほどである。

 最後に、ASEAN・東南アジア諸国連合のことについて触れておきたい。東南アジアにはASEANがある、だから、東アジアにも鳩山氏の言う共同体が創られても良いと漫然と思われては困るからである。
 
 ASEAN・東南アジア諸国連合は、まさに東南アジアに対する中国の影響を排除するために結成された。従って、繁栄の道を歩んだのだ。ここが、ASEANを理解する一番重要なポイントである。
 一九六五年九月三十日、中国はインドネシア共産クーデターを仕掛けた。そして百万人の死者を出す内戦が始まった(9・30事件)。
 この内戦を克服したスハルト少将がインドネシア大統領に就任して、東南アジア諸国への中国の浸透を排除するために反共の理念を掲げてASEANを結成したのである。
 ASEANは、まさに中国を排除したから成功したのである。
 従って、鳩山さんの共同体が、東アジアにおいても、中国を排除して、韓国と台湾そしてフィリピンとアメリカに呼びかける構想であれば、まだ足は地面についた提案だと評価されるであろう。

 以上、中国大陸を観察し、ASEAN誕生の歴史を観れば、
麻生太郎前総理が外務大臣時代に、中国をぐるりと取り巻く形の中央アジアからインドASEANを抜けて南シナ海、東シナ海を通って我が国に到着する「平和と繁栄の弧」を提唱し、同時に安倍総理がインドまで歴訪したことは、我が国の国際的構想として高く評価できるのである。
 しかるに、マスコミの創るご祝儀相場のなかで、新首相は喜々として空想的・妄想的な構想を振りかざしている。日本をどぶに棄てる愚行だ。しかし、我々はこれを見つめねばならない。
 何故なら、これこそ、亡国の姿であるからだ。

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