大阪堺市出身!国家の安全保障や国益優先の信念を貫く行動派!

日本のこころを大切にする党 西村眞悟

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西村眞悟の時事通信
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まだまだ、腹に据えかねる

平成20年11月29日(土)

 昨夜、陸海空の各自衛隊の若手(少佐)を交えて率直に懇談する機会があった。
 その席から、私が最初に退席したが、その時、思わず言った。
「諸君ら、まことにすまん。本来、政治家が戦わねばならないのに、田母神一人に戦かわせてしまっている。選挙区に戻るので今日はこれで失礼するが、選挙区では、
『北朝鮮に拉致された国民を救出できる強い日本を創ろう』、『自衛隊を軍隊にしなければならない』
『誇りある日本を取り戻そう』
と毎朝駅前で訴えているんだ。これが俺の戦場だ」
 退席して東京駅から新幹線に乗り、深夜大阪に着いた。すると、寝ている間中、腹が立っていたような思いで朝を迎えた。
 
 昨日はまた、内外のまことに厳しい情勢から隔離された保護箱のなかの、間延びした党首討論を聞いた。まことに戦後政治そのものの馬鹿らしさである。
 昔から、○○頭をたたいてみれば文明開化の音がする、というのがある。では、国益の懸かったインド洋における給油活動を憲法違反とする党首討論の当事者の頭をたたけば、何の音がするのだろうか。
 そしてまた昨日は、田母神前航空幕僚長のインタビュー記事が産経新聞に出ていた。国防の最前線にいた前航空幕僚長は、今も戦っている。
 この田母神氏の問題提起のあとでは、昨日の党首討論の当事者の次元が、如何にも聞くに堪えないほど低級に感じられる。これも、田母神氏の功績である。

 また、シビリアンコントロールについて言いたい。
 この言葉は、そもそも軍隊を動かすときの用語である。では、自衛隊を軍隊ではないとしている今の政治やマスコミには、シビリアンコントロールという用語を使う資格はない。
 防衛省の大臣と内局の小役人は、まず、自衛隊を「軍隊」として認識し、そのように扱ってからシビリアンコントロールを云々せよ。
 さらに、シビリアンコントロールが、軍事用語であるとするならば、防衛大臣は軍事の領域における国家の目的は何かを考えよ。それは、敵を殲滅することではないか。従って、シビリアンコントロールの原則も、この敵を殲滅して国家と国民の安泰を確保するという国家目的にかなうものでなければならない。国家が勝とうが負けようが関係なくシビリアンコントロールがあるわけではない。
 そうであるならば、敵を殲滅するという目的を考えない防衛大臣には、シビリアンコントロールを行使する資格はない。
よって、田母神航空幕僚長更迭は防衛大臣の権限の濫用である。
 それどころか、「田母神論文では戦闘集団である部隊は戦える、しかし、村山談話では戦えない」。
 従って、シビリアンコントロールと称して部隊に戦えない村山談話を強要する防衛大臣の所為は、権限濫用を越えて「国家反逆罪」に該当する。
 戦えない村山談話を部隊に強要する今の戦後政治は、国家のために断固打倒する対象である。

 田母神航空幕僚長は「星4つ」の大将であった。しかし、航空幕僚長を解任され「星3つ」に降格されたうえで、定年退職となった。これは、彼即ち武人に「屈辱」を与えたのである。
「星4つ」のままの退職が「武士の情け」ではないか。
 防衛大臣には、この日本人の血が流れていないのか。

 田母神前航空幕僚長の退職金は、約六千万円だという。多くの殉職者を出す部隊勤務の場で国防の最前線で六十歳まで歩んできた人の退職金が六千万円とは、いかにも少ない。
 任務の重要性に比して退職金の少なさに、思わず「すまない」と思ったのは私だけだろうか。

 しかるに、政治家や防衛省は、その退職金の返納を迫ったのである。なんという卑劣さか。では、何故、田母神航空幕僚長を「懲戒免職」にして彼に堂々と戦う場を与えなかったのか。なんという臆病者か。
 これらの卑劣で臆病な措置と言動が、如何に部隊の士気を低下させたことか。
 自衛隊の士気を維持する任務を負う防衛大臣と防衛省は、その任務に反することをした。
 よって、貴様らこそ懲戒処分に該当する。

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