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日本のこころを大切にする党 西村眞悟

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西村眞悟の時事通信
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千島・樺太を忘れるな

平成20年8月18日(月)

 八月十五日が「終戦の日」として過ぎていった。
八月十五日までは、六十三年後の今も体験談が報道される。
その報道の内容には、八月十五日で戦争が終わったんだという実感が多い。
「八月十五日の昼、天皇の玉音放送に聞き入る大人達は泣いていた。しかし、翌日から燈火を遮蔽する覆いがはずされて明るい夜になった。嗚呼、戦争が終わったのだという開放感のもとで青空が広ろがっていた。こんなに空が青いとは思わなかった。」
 そして、この報道に接した我々も八月十五日の後、お盆帰りの交通混雑の報道とともに、戦争のことは終わったのだと忘れ、千島と樺太のことに思いをいたす人は希である。
 
 しかし、千島と樺太では、八月十五日以降に、ソビエト軍との戦闘が始まったのだ。樺太の真岡郵便局の九名の若き女性が自決したのは八月二十日である。そして、千島列島最北端の占守島(しゅむしゅ島)の戦闘はその時も続いていた。
「樺太に 命をすてし たをやめの 
             こころ思へば むねせまりくる」
                 (昭和四十三年、御製)
 
 千島も樺太も、ソビエト軍との戦闘が停止されたのは、日本軍が負けたからではない。天皇陛下の停戦命令に日本軍が従ったから戦闘が止んだのだ。
 樺太と千島の守備隊指揮官と兵は、八月十五日以降に侵攻してくるソビエト軍に対して抗戦を決意した。
 これは、新たに発生した「祖国防衛の為の戦闘である」と、指揮官は判断した。これは当然のことである。今の自衛隊もこういう事態になれば戦闘行動を実施することになる。
 千島列島最北端のカムチャッカ半島の南の海上に位置する占守島においては、突如艦砲射撃の後で上陸してきた一個師団のソビエト軍を、日本軍は指揮官の命令があれば一挙に殲滅するところまで追い詰めたのである。
 しかし、我が日本軍の指揮官は、ソビエト軍を殲滅する寸前で天皇陛下の命令に従って軍使を派遣して停戦を提案した。つまり、勝った日本軍が敗者のソビエト軍に停戦を申し出て戦闘が止んだ。
 スターリンは、この小さな占守島一島におけるソビエト軍の人的損害が、八月九日から八月十五日までの全満州と朝鮮北部における全損害を遙かに上回ることを知って愕然として、北海道侵攻を断念したのである。
 
 当時も現在も忘れ去られたような八月十五日以降の千島・樺太の戦闘が、日本本土を救ったことを、改めて想起すべきである。
 しかし、この戦闘を体験し語り継ぐ人々は多くはない。何故なら、ソビエト軍は、捕虜となった自らの命の恩人をシベリアの極寒地に送って過酷な労働によりほぼ絶滅させたからである。
 このようなことは、八月十五日以前は、許せないもののまだ腑に落ちる。しかし、八月十五日以降の戦闘を自ら停止して粛々と武装を解除した日本軍人に対するソビエトのこの諸行、許せるものではない。無念である。我々は、八月十五日以降の日本軍の戦闘と戦死者のことを忘れてはならない。これこそ、日本本土を救ったのであるから。

 さて、北京五輪が始まってから、日本の報道は、五輪一色である。しかし、この間にロシア軍は、グルジア侵攻を開始した。そして、ロシアとグルジアの停戦の合意がなっても、現在グルジアの首都まで四十キロの地点にロシア軍が撤退せずに居座っている。
 中国の奥地では、テロ現場を取材していた日本人記者やカメラマンが連行され暴行を受けたとの報道があった以降、何が起こっているのか判らない。
 ここで戦前のある格言を思い出す。
「ロシア人は、約束は破るものだと思っている。
 中国人は、そもそも約束は守るものだとは思っていない」
 この格言と同じ事態が、現在も日本海のむこうの大陸で展開されている。

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