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日本のこころを大切にする党 西村眞悟

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西村眞悟の時事通信
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原爆の投下と広島の石にある「文句」

平成20年8月5日(火)

 八月になれば、原爆の犠牲者への追悼、そしてソビエト軍の満州から朝鮮半島への雪崩れ込みと樺太・千島占領への悔しさ、さらに十五日の全戦没者への慰霊の思いが続いてくる。
 八月は暑さのなかで、お盆のご先祖をお迎えする風習とかさなり、独特の思いが大気に流れてくるように思える。その思いとは、生きるものの思いというより亡くなった方々の思いである。
 
 そこで、原爆記念日を迎えるに当たり、改めていつも思うことを記しておきたい。
 私は、原爆の犠牲者を心から追悼する。しかし、広島の原爆公園にある、「過ちは繰り返しませんから」という追悼の文句はしらじらしい。私は気にくわない。嫌いである。
 えらそうなことを言うな、まるで貴方たちの生きた頃は馬鹿ばかりで過ちを犯していましたが、私たちは賢く振る舞いますと言っているようではないか。
 また、原爆を落としたのが日本人だったとでも言うのか。この文章の主語は誰であろうか。落としたのはアメリカではないか。その証拠に、アメリカでは、原爆を広島に落としたB29を未だに大事に磨き上げて展示している。
 そのB29の前に「アメリカ人は過ちは繰り返しません」と書いているなら分かる。しかし、落とされた広島に主語不明でこの文句を書いている感覚が分からない。一体天下の公園に、誰がこの文句を書いたのであろうか。

 敵をとるという思い。この思いを素直に懐き表明した上で、恩讐の彼方に昇華させるという慰霊ではいけないのであろうか。
 曾我兄弟また忠臣蔵の話、古来我が国では、敵討ちは武士の美談であったではないか。
 また、非戦闘員がいる住宅密集地に爆弾を投下したB29搭乗員を処刑したことにより、戦犯として絞首刑に処せられた岡田 資中将の裁判闘争記録である「明日への遺言」をみると、アメリカ軍でも敵討ちは違法とはされていない。
 岡田中将の戦犯裁判において、アメリカ軍の日本本土爆撃の実態が明らかになってからのアメリカ軍の判事また検察官は、岡田中将の命を救うために、B29搭乗員殺害は「処刑」ではなく「敵討ち」だと彼が証言することを願っていた。

 そこで、私が元兵士から聞いた原爆被災者の直接の声を思い出す。原爆投下の直後、広島に入った部隊があった。その部隊の兵士は、おびただしい被災者の死骸と生きているが道ばたにうずくまっている人々の群れをみる。そのうずくまっている人々は、彼にこう言った。
「兵隊さん、敵をとってください、敵をとってください」
 敵をとって欲しい、これは被爆者の自然の願いであった。この事実に目をつぶって追悼はない。

 我が国を取り巻く国々は、みな核保有国である。とりわけ、中国は我が国に向けて東風21という核弾頭ミサイルを実戦配備している。北朝鮮も核をもっており「東京を火の海にする」と脅迫したことがあった。
 そこで自問しよう。
 核を落とすなら敵をとると思う日本人と、
 落とされれば「過ちを繰り返した」と思う日本人と、
どちらが落としやすいであろうか。
 
 決まっているではないか。落とされれば、自分が悪かったから過ちを繰り返したと思う日本人には、良心の躊躇なくしかも仕返しの恐怖もなく落とせる。
 落とされた日本人自身が言っているように、悪いのは日本人であり落とす側は悪くない正義だと言えるからである。しかもこのような日本人が、敵を討ちに来る心配もない。
 
 それに対して、敵をとりにくる日本人には落とせない。何故なら落とせば自分も敵をとられて死ぬからである。
 
 そもそも、精神的にも敵を討つ体勢があること。
 核抑止力とはこういうことである。
 相互確証破壊、つまり、やったら確実にやり返す、だから双方とも核は使えない。きれいごとではなく、これが核戦争が抑止されてきた前提である。

 ということは、広島の公園にある、「過ちは繰り返しませんから」という文句は、核抑止力を自ら放棄して、日本人には核を落としやすいですよ、と核保有国に発信していることになるではないか。
 敗戦ぼけ!もほどほどにしてほしい。
 まさに、あの文句自体が、この厳しい国際社会のなかで我が国に再び惨禍を繰り返させる「過ち」である。
「過ちを繰り返させない」為に、あの文句を刻んだ石の撤去を望む。

 ところで、以下は、知っておいてもよいエピソード。
 数年前に、拉致被害者救出への協力を要請しに、赤坂のアメリカ大使館を訪問した。そこで通された大きな客間には、立派なクラシックな戦艦の模型が飾られていた。側によってその船名を見ると「サスケハナ」と書かれてあった。
 そして、「なーるほどなー」と感心した。
「サスケハナ」とは嘉永六年六月三日、浦賀に臨戦態勢をとって侵入してきたぺりー提督率いるアメリカ艦隊の旗艦である。
 ペリーは、アメリカ大統領の我が国に「開国と通商」を迫る国書を持参してきた。
 そして驚いて接触してきた幕府の役人に対し、如何なる事態になってもこの国書を幕府に受領させる、もし戦闘中に降伏するならばこの旗を掲げよと「白旗」を渡したのである。
 当時の欧米諸国が、力で非西洋国を屈服させるときの常套手段である。この屈辱が、我が国が独立自尊のために富国強兵路線を進むバネとなった。従って、石原莞爾将軍は、昭和二十年の我が国敗戦後に始まった東京裁判の証人にアメリカ軍から喚問されたときに、
「証人を喚問するならば、まずペリーを喚問すべきだ」
と発言したのである。
 まさに、このペリーが乗船していた旗艦の模型をアメリカは、今も駐日大使館の客間に飾っている。
 アメリカ人とは、なかなか歴史を忘れず覚えているもんだと感心した。そして、ひょっとしたら、広島に原爆を落としたB29「エノラ・ゲイ」の模型もぶら下げているのではないかとその部屋を見回した。無邪気な(情緒のない)アメリカ人ならやりかねない。
 
 とは言え、やはり、このアメリカのように、日本人もさりげなく歴史を忘れていないよ、と示すことも必要であろう。
 我が国で言えば、ワシントンの駐米日本大使館の客間に、
原爆投下直後の広島の写真を掲げ、写真の下に
「兵隊さん、敵をとってください」
という被爆直後の被災者の声を書いておくのもよい。

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