大阪堺市出身!国家の安全保障や国益優先の信念を貫く行動派!

日本のこころを大切にする党 西村眞悟

  • 西村眞悟 Facebook
  • 西村眞悟 twitter
  • 西村眞悟 RSS
西村眞悟の時事通信
  • HOME
  • 西村眞悟の時事通信

皇室には御側室が必要である

令和3年3月2日(火)

現在、令和三年三月、
政府に、専門家(有識者)からなる「新型コロナ対策分科会」が設けられている。
そして、現在進行中の武漢ウイルス禍に対し、
政府が「緊急事態宣言」を発出また解除するか否かに関し、
総理や関係大臣は、いつも「専門家の意見を聞いて決める」と答弁している。
その答弁を聞く度に、「専門家とは誰だ?」と思う。
私の知っている免疫学の専門家は、
政府の発した昨年の緊急事態宣言に関し「大いなる空振りだ」と書いているからだ
(大阪市立大学名誉教授井上正康著「本当はこわくない新型コロナウイルス」)。
地球に生命である細胞が誕生した時から、
その細胞内に存在し、現在になって電子顕微鏡で初めて見えたウイルスを、
国民総マスクと営業時間短縮と外出自粛
つまり、昔の「欲しがりません、勝つまでは」で防ぐなど、
経済を衰弱させて国民を苦しめながら、
B29戦略爆撃機を「竹槍で墜とせ」と叫んでいるのと同じではないか。
ウイルスに対する戦いの要点は「免疫力の強化」だ。
現在の感染者数減少も国民の体内で強化された免疫力によるものである。
マスクと外出自粛で、免疫力は強化されるどころか逆だ。

このように、政府の作る「有識者会議」とは何ぞやと思っていたところ、
平成二十七年、戦後七十年の
総理大臣談話を発する時の「有識者会議」を思い起こした。
あの時、中共をお得意先とする大企業の元会長を座長にして、
いつもの通り東京大学教授を入れたメンバーでその会議が作られた。
我が国の東京大学こそ、戦後最もGHQに迎合した大学である。
そして、戦後五十年の村山富市談話と同様の、
中共と南北朝鮮を念頭においた「反省と謝罪」を基調とする
痛恨の戦後七十年安倍晋三総理大臣談話が世界に対して発表されたのだ。
村山談話は、
社会党の馬鹿が馬鹿な談話を出したのだから、
アホはやはりアホだということが分かったという意味で理解できる。
しかし、大東亜戦争開戦の閣議決定に署名した
後の総理大臣を祖父にもつ自民党の安倍晋三総理の、
村山談話と同じ戦後七十年談話は、無念であり腹に据えかねる。
とはいえ彼は、
既に平成七年の衆議院本会議で
村山謝罪談話と同様の国会決議に賛成していた不肖の孫であったが。

さて現在、報道によると、
我が日本の「尊い中枢」であり「聖域」ともいうべき
皇位の継承に関して、「専門家会議」なるものが作られ、
「安定した皇位継承の在り方」に関し意見をまとめるという。
これ、前記の謝罪談話の「専門家会議」以上の
亡国にいたる実害を産み出すこと必定だ。
この領域は、
「日本国憲法」の枠内にある財界人や○○大学教授である某々には、
決して任せられない。
皇室、禁中のことは、
GHQが書いた「日本国憲法」の次元ではなく、
我が国の「不文の憲法」の次元であるからだ。

我が国の「不文の憲法」とは、
我が国の記紀にある神勅と歴代天皇の詔勅
そして
古典と歴史と伝統のなかにある憲法
であり、
皇室は、この「不文の憲法」に則って現在に至っている。
従って、我が国の天皇は、
世界各国における権力に基づく「王」よりも遙かに尊く強固である。
それ故、神武創業以来百二十六代の現在に至っている。
そして、我ら日本国民は、
先帝の譲位と新帝の践祚という平成から令和への御代替わりにおいて、
「不文の憲法」に基づく
我が国の禁中の神秘な祭祀を目の当たりに観た。
平成二十八年八月八日、
天皇は「譲位」の御意思を国民に対して発表された。
そして、平成三十一年四月三十日が令和元年五月一日に変わる瞬間に、
先帝が譲位され新帝が践祚され百二十六代天皇になられ、
三種の神器である剣璽が承継された。
そして新帝は、大嘗祭と四方拝に臨まれていった。
大嘗祭は、
深夜、天照大御神と天皇が一体となり天皇が現人神となられる秘儀であり、
四方拝は元旦の寅の刻午前四時頃、
天皇が我が国家と全国民に起こる災いは、
総て我が身を通れ、
我がその災いを浄化するという呪文を唱えられる秘儀だ。
しかし、安倍内閣は、
天皇が全国民に直接伝達された「譲位」の御意思を公然と否定し、
天皇の御意思ではなく内閣が決定した「退位」として、
この事態に臨んだ。
何故、安倍内閣は、このような重大な事実の改竄をしたのか。
それは安倍内閣が、
我が国の生きている「不文の眞の法」を無視し、
「日本国憲法」という死んだ法(無効)の僕(しもべ)として生きているからだ。
従って、その時の官房長官であり現在の総理である菅偉義さんが作る
「安定した皇位継承の在り方」を審議する「有識者会議」も、
死んだ法(無効)に基づく意見をまとめるだろう。
そして、この意見は、まさしく
我が国の皇室を断絶せしめ
日本を滅ぼす亡国の意見となる。
何故、そう言い切れるのか。
その訳は、
現内閣が生息する戦後という時代は、
「日本学術会議」の有識者で明らかなように、
占領軍(GHQ)の、
WGIPという日本を弱体化させるという統治目的と、
その弱体化を固定するためにGHQが書いた「日本国憲法」に忠実な者が
「有識者」に選ばれるからだ。
よって、再び、皇位の継承こそ、
我が国の「不文の憲法」に基づき為されるべきものであると強調しておきたい。
何故なら、この我が国の「不文の憲法」が、
現実に、人類史上最長の王朝である二千六百八十一年に及ぶ
現在の百二十六代に至る天皇、則ち「天皇を戴く日本」を維持してきたからだ。

そこで、結論から言う。
皇位が、千代に八千代に末永く継承され、
日本国が末永く安泰である為には、
皇室には御側室が必要である、と。

我々庶民が、側室をもつのはよろしくない。
しかし、
皇室の永続が則ち日本国の永続なのであるから、
天皇には御側室がいると言い切っておく。
明治天皇も大正天皇も、
御側室からお生まれになった天皇である。
もし、御側室がおられなければ、
我が国に明治という時代はなく、
日露戦争もなく、
二十世紀の世界史は全く変わっていただろう。
アジアとアフリカは、
未だ欧米の植民地である可能性大である。
天皇に御側室がおられたから、現在の世界と日本と我々があるのだ。

奈良時代に編纂された我が国最古の歌集で、
天皇から庶民の最下層までの人々が歌った
四千五百首を越える歌を収めた萬葉集は、
最も明快に我が国の在り方を現在に伝えている。
第一に、
天皇から庶民の最下層の人々の歌が、
最古の歌集に編纂されているという世界に類例のない事実は、
日本が天皇の知らす国であることを示している。
則ち、万葉集は、
天照大御神の天壌無窮の神勅の通り、
また神武天皇の八紘為宇の詔の通り、
我が国は天皇と国民が一つの家族の国であることを示しているのだ。

次に、
万葉集の最終的な編者と思われる大伴家持が、
現在の我々に送っているサインは何か。
それは、
次の万葉集第一巻冒頭の雄略天皇の御製歌と、
それに応えたと思われる娘の
第十三巻にある作者不詳の歌にこめられている。

泊(はつ)瀬(せ)朝倉宮に天の下(した)知らしめしし天皇(すめらみこと)の代(みよ)  
天皇の御製歌(おほみうた)
籠(こ)もよ み籠持ち 掘(ふ)串(くし)もよ み掘(ぶ)串持ち 
この岳(おか)に 菜摘ます兒(こ) 
家聞かな 告(の)らさね
そらみつ 大和の國は 
おしなべて われこそ居(を)れ しきなべて われこそ座(ま)せ 
われにこそは 告らめ 家をも名をも

隠(こもり)口(く)の 泊瀬小國に よばひ為(せ)す 
わが天皇(すめろぎ)よ 
奥床に 母は寝たり 外床に 父は寝たり  
起き立たば 母知りぬべし 
出で行かば 父知りぬべし 
ぬばたまの 夜は明け行きぬ
幾許(ここだく)も 思ふ如ならぬ 隠妻(こもりづま)かも

これは雄略天皇の、
丘で菜を摘む娘への求愛、
つまり夜這いの申し込みの歌と、
それを受けた娘の歌だ。
この二つの歌で明らかなことは、
反抗的な豪族を武力で滅ぼし皇位を守るために肉親をも殺戮した
雄略天皇といえども、
娘の許しがなければ娘の家に入ることができないで、
夜が明けるまで
ボーッと娘の家の前で待っているということだ。
これ、女性尊重を示す最たる古代からの習慣ではないか。
我が国には、
西洋のキングが、領民に対して「初夜権」を持つ、
つまり処女を最初に犯す権利を持つ
というおぞましさは一切ない。

そして、雄略天皇と娘の二人は結ばれたであろう。
では、この娘が男子を産めばどうなる。
皇后が男子を産まなければ、
この丘で菜を摘んでいた娘の子が天皇になる。
これが我が国の皇位の男系の継承である。
これは、つまり、日本中の総ての女性が
「天皇の母」
になる体制が我が国の男系の皇位継承の原則である。
天皇と国民は一つの家族だから当然であろう。
だから我が国の天皇は、
万世一系現在まで続いてきたのだ。
これに対して、女系とは何か。
蜂や蟻の世界は女系である。
つまり、女王バチや女王アリがおれば、他に女はいらないという社会。
これでは、
蟻や蜂の社会は維持できても
高等生物である我ら人間社会を維持するのは無理だ。
以前に、
今の総理と同じ漢字の苗字をもつ馬鹿総理がいて、
皇位の男系継承は、女性差別であると言っていたが、
大間違いである。
男系継承こそ、日本の総ての女性が天皇の母になる体制であり、
万葉集が伝える雄略天皇の故事の通り女性尊重そのものである。
これによって、
万世一系の天皇を戴く日本が太古から存立してきて現在に至っているのだ。

以上、
皇室には御側室がいるという西村の立論は、
ある時、今やお隠れになったやんごとなき御方と
申し合わせたことだ。
これ以降、私は、申し合わせ通り、
講演また選挙において皇室には御側室が必要であると発言してきたのだ。

(以上は、月刊日本誌への原稿に加筆したもの)

新着記事

  • 令和3年8月2日(月)
    現在、東京オリンピック・パラリンピックは無観客で開催されている。そして、オリンピック開催反対を主張していた新聞社は、連日、テレビでオリンピックの各競技を実況中継している。また、同社は、八月の甲子園球場…
  • 令和3年7月15日(木)
    ロシアのバルチック艦隊を対馬沖で迎撃し殲滅した1905年5月27日の日本海海戦から百周年に当たる2005年以来、毎年5月27日に対馬を訪れていたが、武漢ウイルス蔓延により、ここ二年間、5月27日に対馬…
  • 令和3年7月1日(木)
    七月の中旬に梅雨が明け、八月にはいると、お盆で、戦没者慰霊の日がくる。そこで、現在の我々日本人が、未だ我が国を占領していたGHQに洗脳された通りに、自らの思考を停止していることを指摘しておかねばならな…
  • 令和3年6月18日(金)
    六月十八日(本日)の産経新聞朝刊の「正論」は、竹内久美子さんの「皇統途絶えさせる議論危惧する」と題するまさに時宜にかない秀逸で貴重な論考を掲載している。何故、貴重か。それは女性である竹内久美子さんが……
  • 令和3年6月14日(月)
    如何なる形態であれ、国家があれば、そこに、その国家の「あり方」を示す憲法がある。その憲法には、憲法典として紙に書かれた「形式的意味の憲法(成文憲法)」と憲法典として紙に書かれていない「実質的意味の憲法…

アーカイブ