大阪堺市出身!国家の安全保障や国益優先の信念を貫く行動派!

日本のこころを大切にする党 西村眞悟

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安倍総理最大の功績と靖國神社参拝

令和2年9月11日(金)

平成二十二年九月、尖閣諸島周辺領海内で、不法に操業し、
警告した我が国巡視船に体当たりを繰り返して逮捕された中国漁船船長を、
菅直人首相が、
「釈放しろ」とわめいて釈放した我が国の姿は、
国際的に次の通り評価された(ニューヨーク・タイムズ)。
「日本と中国の外交対決は、
屈辱的退却に見える日本の譲歩で終わった。
中国がアジアでの領土紛争で大胆さを増す危険を引き起こした。」

翌二十三年三月十一日、
東日本を、千年に一度の未曾有の巨大地震・巨大津波が襲った事態の中で、
菅直人首相は、
官邸と東電本社で、わめいていた、だけであった。
その間、菅首相は、何を思ったのか、
突然、原子炉の冷却に苦闘する東電福島第一原子力発電所乗り込み、
また、わめいた。
大阪人の福島第一原発所長の吉田昌郎は、
一刻をあらそう緊急事態の中に勝手に乗り込んできて怒鳴った菅直人を、
以後、「あのオッサン」と呼ぶ。
以上、
菅直人民主党政権の最大の功績は、
「アホな大将、敵より怖い」
という昔からの警告の的確さを改めて国民に示したことだった。
菅の次には、凡庸なる者が首相となり、
亡国の悪夢のような民主党政権を終わらせる総選挙に入り、
安倍晋三氏が政権を取る。

この政権を奪還する総選挙において、
自民党は、
「日本を取り戻す」、
「戦後体制からの脱却」
というスローガンを掲げた。
思えば、このスローガンは、左翼の日本を敵視する者達による
悪夢のような民主党政権からの脱却を願う国民にとって、
一番相応しいスローガンだった。
そして、平成二十四年暮れ、自民党は勝利した。
以来、本年、令和二年秋まで
安倍内閣は憲政史上最長期の内閣となる。
従って、識者は、各々、マスコミで、安倍内閣の色々な功績を記している。
そこで、私も、今まで度々指摘したが、
識者が指摘していない安倍晋三総理の最大の功績を記しておく。

自民党が政権を奪還するときに
「日本を取り戻す」
「戦後体制からの脱却」
を掲げたのならば、
その志に、国民の共感が集まったから政権が奪還できたのである。
従って、具体的に
「日本を取り得戻す」こと、
「戦後体制から脱却する」こと、
これが、安倍総理の国民に対する任務であり、
その任務をいかほど果たしたか否かが点検されねばならない。
よって、今からそれをする。

偉大な結果をもたらす思想は、常に単純である(トルストイ)。
安倍総理は、その単純なことをした。
それが、如何なる結論をもたらすかを
意識していたか否かは知らない。
つまり、
安倍総理は、
平成二十五年四月二十八日、政府主催の「主権回復を祝う会」を
天皇皇后両陛下の御臨席を仰ぎ、憲政記念館で開催した。
これは、即ち、
サンフランシスコ講和条約発効の日、
昭和二十七年四月二十八日に、我が国の主権が回復されたことを祝う会である。
同時に、この時、安倍内閣は、
昭和二十年九月二日の降伏文書調印から同二十七年四月二十七日のサンフランシスコ講和条約発効前日まで、我が国に主権が無かったことを公的に認めたのだ。
よって、ここから、
「日本を取り戻す」とは何か、
「戦後体制からの脱却」とは何か、
具体的に明らかになるではないか!
それは、即ち、
我が国に主権が無いときに押しつけられたものを廃棄し、
我が国に主権が無いときに奪われたものを回復することだ。
それは、具体的に何か?!
それは、
日本国憲法を廃棄し、大日本帝国憲法と帝国陸海軍を回復することである。

以上は、安倍晋三内閣の文字通り画期的な業績である。
この主権回復を祝う会で、
冒頭、主催者として立った安倍総理の挨拶は心にしみるものだった。
彼は、主権を回復するまでの先人の労苦を顧みるなかで、
昭和天皇の御製
ふりつもるみ雪にたへて色かえぬ松そををしき人もかくあれ
を朗読した。
その時、かすかに声が震えはじめ、
彼が嗚咽をおさえたのが分かった。

式後、憲政記念館を出た私は、
小堀桂一郎さんや井尻千男さんらが
数年間続けておられた民間の「主権回復を祝う会」に出席して次の通り挨拶した。
主権回復を祝うということは、
主権が無いときに
奪われた大日本帝国憲法と帝国陸海軍を取り戻し
押しつけられた日本国憲法を廃棄することだ。

その後、安倍総理が、自ら封印を解いて開けたパンドラの箱のなかを、
覗いた形跡はない。
そして、六年の年月が経ち、安倍総理の退陣が迫っている。
よって、今となって、
安倍総理に最後に願うことは、
大日本帝国憲法の下で
帝国陸海軍兵士として戦い戦死した英霊が祀られる
靖國神社に
日本国内閣総理大臣として参拝されることである。

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