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日本のこころを大切にする党 西村眞悟

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西村眞悟の時事通信
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昭和を甦らせる書碑『霧に 消えゆく 昭和と戦中派』桜井修著(春吉書房)を是非読まれたし

令和1年10月4日(金)

これから、一冊の小さな本を、
諸兄姉が手に取り読んで戴くことを願い、
この本と、
この本を読んで僕が思い出した懐かしい情景を書きたい。

僕の世代、そして、諸兄姉においても、
この本は、
著者が語る回想を通じて、
消えつつある昭和の情景を甦らせ、戦前と戦後の連続性を回復してくれる。
そう、
過去は、過ぎ去った日付のところにあるのではなく、現在の我々と共にある。
それ故、この本は、
我々の記憶と情感を霧の中から甦らせることによって我々自身を取り戻してくれる。
この本は、以下の通り。

「霧に 消えゆく 昭和と戦中派  敗戦前後の映画的回想」
著者 桜井 修、 聞き取り 小河原 あや。
発行 春吉書房
〒810・0003
福岡市中央区春吉1-7-11 スペースキューブビル6F
            ℡ 092-712-7729
            Fax 092-986-1838
・著者、桜井 修 さんは、
1927年生まれ、東京大学法学部を卒業。
住友信託銀行(現 三井住友信託銀行)元社長、元会長。
・聞き手、大河原 あや さんは、
1976年生まれ 上智大学文学部哲学科卒業。
成城大学大学院美学美術史専攻、博士課程後期単位取得。
ストックフォルム大学映画学科留学

とはいえ、このように、
諸兄姉に「この本」を紹介すると、
これは、大手銀行の元社長・会長という財界人が、
上智大学の哲学科を卒業した才媛を相手に、
戦後経済復興に参画し尽力した思い出話をしている本のような印象を与えるが、

全く違う。全く違う。

僕自身、読んでいて、最後まで、
なんでこの人が、札束を数える銀行に就職したのかと、
本の内容と著者の経歴との断絶に、違和感を覚えていたのだ。
しかし、最後になって、その就職したいきさつが、
人生のご縁と偶然が綾なす不思議のなかで、
こともあろうに、
キャデラックとジョニー・ウォーカー!
が決定的に作用したと白状されるに及んで、
さすが!と得心した。
本書を読まれれば、諸兄姉も、僕と同じ「得心」をされるだろう。
そういえば、
思いだした。
僕の寮の後輩も、某大手銀行の先輩(実は人買い)に、
祇園の高級な店に呼び入れられ、ジョニー・ウォーカーを飲ましてもらい、
キープしてやるから名前を書いとけと言われた。
そして、ジョニー・ウォーカーのボトルに自分の名前を書いた。
これでおわりや。
彼は、その某銀行に就職した。
昭和四十年代後半でもこの通り。
それが空襲の焼け跡が残る
「うどん」一杯10円の昭和二十年代なら(三十年末期でも35円)、
ジョニー・ウォーカーの効果如何ばかりか!

そこで、次に、
僕が、著者の桜井 修さんと本書に出会うご縁といきさつを記し、
そして、本書の歴史的意義を述べた上で内容を概観し、
さらに、本書によって甦った僕の記憶を記しておきたい。
これが、本書を諸兄姉にご紹介しお勧めするに
、一番適切なことだと思う。

まず(1)、
僕は学生時代、大文字山の麓の学生寮に住んでいた。
今の気候のような夜に秋気深まる頃は、真夜中まで寮生は飲まねばならない。
その上で、近くの寺、法然院か真如堂の鐘を、
ゴーンと打ち鳴らしに行くのが我が寮の慣例であった。
よって、夜中、ジョニー・ウォーカーで銀行に入った後輩などとともに、
密かに寺の鐘楼に登り、
大きな鐘をゴーン・ゴーン・ゴーンと打ち鳴らした。
その鐘の音は、大文字山と吉田山に囲まれた盆地に夜間殷々と響いた。
そして、その鐘の音を真如堂の辺に下宿して深夜聞いていたのが
工学部の学生だった奥山篤信さんだったのだ。
気付いたのは後だが、これが重要なご縁だ。
その後、奥山さんは東大の経済学部に移り三菱商事に就職してニューヨークで勤務し、
2000年に退職して東京にいた。
その時、奥山さんと、真如堂の鐘を通じずに現実にあった。
以後、本日まで、
酒なしで彼に会ったことはない。
その奥山篤信さんが、
平成二十三年二月二十八日の東日本大震災の直前、
映画を通じて著者の桜井 修さんと出会い、
以後、映画を語りあううちに価値観を共有する不思議な親子世代の友人の間柄になった。
奥山篤信さんは言う。
「人生の師としておつきあいさせていただいている」、と。
また、
桜井 修さんは言う。
「本書は、奥山篤信さんがいらっしゃらなかったら、完成しなかった」、と。
そして、僕は、
この奥山さんを通じて桜井 修さんと、「本書」に出会ったのだ。
ご縁の不思議に手を合わせ感謝している。

そこで(2)、本書の意義であるが、
それは、
公的な資料や記録よりも、
我々が生きた霧に消えゆく昭和という時代の、温もりと肌触りを、
霧の中に、そっと残し続けてくれる紙に刻んだ碑(いしぶみ)であることだ。
我々の昭和は、
占領軍と、それに追随する勢力によって、
War Guilt Infomation Program
が実施されて、戦前と戦後に切断され戦後と戦前とは別個の国のようにされた。
しかし、本書によって、
桜井さんが「昭和の生き証人として」石に刻むように語ってくれたお陰で、
我々は、戦前を取り戻し、
日本人として戦前と戦後の連続性を回復することができる。
即ち、我々は戦前という過去を取り戻すことによって
失われることのない民族の自我を取り戻すことができる。

桜井さんは、
安政七年(万延元年)三月三日の桜田門外の変を例に挙げられる。
この井伊大老殺害という
二百五十年の徳川幕府崩壊から明治維新への引き金となったこの日、
雪は降っていたか否か、これが不明だった。
しかし、一庶民の日記に、
「安政七年三月三日に雪は明け方まで降って、止んだ」とあるのが見つかった。
この記録によって、
井伊大老は雪の止んだ桜田門外で首を落とされたことが分かるのである。
このように、
書いた本人の思いも及ばない遠くまで、
その一文が時代の実相を伝えることがある。
桜井さんは、この万延元年の例に促されるように、
「私が覚えている部分だけを、できる限り正確に語り残す」
との思いで本書を作られた。
その通り、本書は、
桜井さんの思いも及ばない遙か遠くまで、
我々の昭和という未曾有の時代の実相を伝えてくれることになるであろう。
この意味で、我々は、
桜井さんと桜井さんから聞き取られた大河原あやさんに
感謝しなければならない。
遙か後世に昭和を伝え、
戦前戦後の連続性、日本の連続性を回復してくれたことに。

最後に(3)、
本書によって、僕の中に湧き上がった懐かしい思いを少々書いておきたい。
僕の両親は、共に明治生まれで、
僕は父が四十五歳の時、母が四十歳の時に生まれた末っ子だった。
当然、小学校の授業参観では、同級生の母親は僕の母の娘に近いほど年下だった。
その為かどうか、
僕は両親が若い頃の時代は、身近ではなく、遙か昔のことのように思えていた。
しかし、
桜井さんが、映画のことを語ってくれたお陰で、
小さい頃に、
母が感激した映画を語っていた情景ががまことに懐かしく甦ってきたのだ。
マリーネ・デートリッヒとゲーリー・クーパーの「モロッコ」
バイオリニストだった祖父が感激していた「会議は踊る」
そして、チャップリンの喜劇、母の弟(大正元年生まれ)が、
笑い転げて前の座席を蹴飛ばして笑っていたと何度も言っていた。
僕は、桜井さんのお陰で、
母と再会しているような思いになって涙がにじんだのだった。
母と会えた。これは、まことに、しみじみと、ありがたいことだ。
桜井 修 さん、ありがとうございます!

諸兄姉、どうか、
桜井 修さん、大河原 あやさんの
「霧に 消えゆく 昭和と戦中派」(春吉書房)
を読んで戴きたい。
そして、昭和の、懐かしい人と再会してください。

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