大阪堺市出身!国家の安全保障や国益優先の信念を貫く行動派!

日本のこころを大切にする党 西村眞悟

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西村眞悟の時事通信
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知行合一、抜本塞源、即ち、日本国憲法無効宣言の時

令和1年8月22日(木)

私、西村は、
本年八月四日、石川護国神社参道に建てられた
巨大な「大東亜聖戦大碑」の前で挙行された、
「慶祝、大東亜聖戦祭」
に参列し、
宮司の「降神の儀」によって、
彷彿として「大碑」と参列する我らの周りに降りられてきた
祖国を離れた戦地で散華された英霊の気を感じる中で、
昭和二十一年二月の九日間でGHQの書いた「日本国憲法」を
我が国の「憲法」と思い込んで
義務教育で今も教え続けている戦後の我らを恥ずかしく思った。
英霊から観れば、
何!貴君らは、こともあろうに、我らが戦った敵の書いた文書を、
今に至っても、祖国日本の憲法にしているのか?!
と愕然とするだろう。

それ故、壇に上がった私は、
ここで、我らが、大東亜の御戦(みいくさ)が「聖戦」であると確認するならば、
我らは、同時に、
GHQの書いた「日本国憲法」と題する文書は
我が日本の「憲法」ではなく「無効」であると宣言しなければならない、
と語った。

それから、
六日の広島と九日の長崎への原子爆弾投下の日を経て
ポツダム宣言受諾の「大東亜戦争終結の詔書」の玉音放送があった十五日を迎えた。
この間、マスコミの伝える「戦争特集」は、
「大東亜戦争」という正式名称を消去したうえで、
戦争の悲惨さと悲しみを訴え、平和を熱望する声で満ちていた。
しかし、英霊の勇戦奮闘を讃え英霊に敬意を表する声は無く、
まして、
大東亜戦争を欧米植民地支配からアジアを解放した聖戦とする番組も皆無であった。
即ち、これ、GHQによる日本国民洗脳戦略であるWGIP
「戦争について罪悪感を日本人の心に植え付ける宣伝計画」が、
今日に至るまで、我が国のマスコミの手で繰り返し再生産されているのだった。

このWGIPの再生産の渦中にあって、
深く感銘して拝読したのが、
次の八月十五日前後の産経新聞「正論」である。
(1)「戦後封印された『鎮魂曲』復活を」、文芸評論家の新保祐司氏(十四日)
(2)「この御代に英霊達の名誉回復を」、小堀桂一郎東京大学名誉教授(十五日)
(3)「国家の基本問題から逃げ回るな」、田久保忠衛杏林大学名誉教授(十六日)
(4)「戦後74年、矜持を失った保守」、佐伯啓思京都大学名誉教授(二十日)

この「正論」を書かれた先生方は、
学者、評論家として、各々その専門領域を異にされているが、
共通なのは、
精神において、魂において、感性において、
戦前と戦後の連続性、
明治と現在の連続性、
さらに、
万葉集の太古からの連続性、即ち、我が民族の自我!
を維持されている点にある。
それ故、私は、各々の「正論」に感銘を受けたのだ。
私も、同じ精神、魂、感性によって、
八月四日に、石川護国神社の「大東亜聖戦大碑」の前で、
あのような思いが湧き上がるのを感じたのと同様に、
この「正論」の先生方も、
各々、同じ「民族の無意識の自我」から湧き上がる思いを、そこに書かれたのであろう。

その上で、さらに指摘する。
この日本人の太古からの連続性の意識(民族的自我)を以て書かれた各「正論」は、
次の共通の感情によって支えられている。
それは、
GHQによって、昭和二十一年二月に起草され、同年十一月三日に公布され、
翌二十二年五月三日に施行された「日本国憲法」に対する
理屈を越えた嫌悪、憎悪そして敵対意識である。
では何故、嫌悪と憎悪と敵対意識があるのか、
それは、「日本国憲法」が日本人によって書かれたのではなく、
我が国を占領している外国人(アメリカ人)が、
WGIPの実施と連動して書いた、つまり、WGIPの為に書いたからである。
そして、この感情は、
何も戦後日本人特有のものではなく、アメリカ人でもイギリス人でもフランス人でも、
仮に我が国と同じ境遇におかれれば同じく抱く普遍的なものだ。

十四日、新保氏は「正論」に次のように記している。
「・・・やはりこのとき自主憲法の制定に着手すべきだったのだ。
しかし、この好機に着手しようとしなかった精神の在り方が、
その後、『海ゆかば』を封印することになっていったに違いない」
以下、
十五日の小堀氏は、
「だが停戦直後から米軍の占領期間中にかけて靖國の英霊達が受けた侮辱は、
単に国民の鎮魂の祭りによって払い去られたわけではない。
それどころか昭和五十年十一月の昭和天皇の神社御親拝の中断以降、
国内の祭祀伝統破壊勢力の跳梁により英霊に加えられる侮辱は
むしろ増幅の度を強めている。
その侮辱はもちろん旧敵国及び政治的必要性から日本を敵視する近隣国から来る。
さらに悪いことに、国内の対敵内応分子が無慙にもこの外国勢力を
自分たちの政治的邪念の実現に利用する癖も止まない。」

十六日の田久保氏は、
「かつて占領基本法として米国が日本に強制した日本国憲法は、
いまやトランプ政権の大アジア戦略にとっての障害と化している。」

二十日の佐伯氏は、
「・・・なぜなら、戦後日本は、精神的に圧倒的にアメリカの影響下にあるだけではなく、
国家構造そのものがアメリカによって与えられたからである。
いうまでもなく、憲法と日米安保体制である。従って、戦後日本の『保守』は、
憲法問題とアメリカ問題(防衛と外交の過度なまでのアメリカ依存)を問うほかない。
だがまさにここで、『保守』が『現実』の壁にぶつかるのも事実である。
いまさら現憲法の有効性を疑問視してもどうにもならず、
安全保障も日米関係に依存するほかない。」

以上、民族生命に根ざす自我を秘めておられる四人の方々の
「日本国憲法」に関する姿勢は、
共通して、その「日本国憲法」が吐き出す影響の排除にある。
そして、このことを確認し得て感銘を受けた私は、
二十の佐伯啓思氏の
「いまさら現憲法の有効性を疑問視してもどうにもならず」
という一行に触発されて本稿を書いているのだ。
いや違う、
今こそ「現憲法の有効性を疑問視し」、
直ちに「無効の宣言」をしなければならないのだ、
と私は触発された。


現在の「改正論」は「日本国憲法」の「有効」を前提にして
九条に自衛隊を追記入させようと言うが、
これこそ「どうにもならない」。
九条、「陸海空軍その他の戦力はこれを保持しない。国の交戦権はこれを認めない。」
ここに自衛隊を書き加えて、どうするんじゃ!
無責任極まれり、
日々、「交戦して」敵に勝つための訓練をしている自衛官の思いも知れ、
改悪じゃねえか。
この「改正」で、先の「正論」四氏の提起された課題は何も解決されないではないか。
これが、解決されなければ、我が国と民族が滅びる。

昭和二十二年五月三日に、施行された「日本国憲法」は、
確かに、施行から七十二年を経ている。
その間、我が国は、
新保祐司先生や小堀桂一郎先生が指摘されるような、
内部に重大な疾患を抱えながらも、日米関係に依存しながら存続してきた。
それは、「日本国憲法」施行時の国際関係が継続してきたからに他ならない。
つまり、憲法の無効を確認しなくとも我が国は存続できたに過ぎない。
しかし、
佐伯啓思先生が言うように、我らは、
「カネをばらまいて株価を上げ、訪日外国人がいくらカネを落としてくれたと喜び、
日米関係の強化で平和を守ればよいという『現実』を
そのまま擁護も賛美もするわけにはいかない」
そして、田久保忠衛先生が指摘されるように、
今や、その国際関係を支える岩盤が崩れプレートが動き出している。
まさに、我が国を取り巻く国際環境は、百五十年前の、明治維新から直面するに至った
朝鮮半島と日清・日露戦役前夜の情勢に戻りつつある。
従って、
「いまさら」ではなく「いまこそ」!
「日本国憲法」の無効宣言が、
救国の戦略であることを知り、
これを実践すべきである。

王陽明の言う「抜本塞源」!
即ち、木の根を抜き、水の源を塞ぐことで、悪の根源を絶つ!
この絶つべき「悪の根源」こそ、
「日本国憲法」なのだ!

「日本国憲法」を学生に教える職にあって生活の糧を得て戦後を生きてきた
「憲法学者」にお伺いする必要はない。
中学生の直感をもって
「日本国憲法」の「成立過程」を点検すれば、
素直に「無効」ですね、と答える。
また、この「憲法」に従って「祖国」が滅びるか、
この「憲法」を無視して「祖国」を守るか、
国民として何れを選ぶべきか、を、中学生に問えば、
「祖国」を守ると答えるだろう。
これを「良知」というならば、
「知行合一」、「知れば即行う」、ではないか。
諸兄姉、今こそ、
「日本国憲法の無効宣言」
によって、
祖国日本の誇りある永続を期すために、命を懸ける時である!

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