大阪堺市出身!国家の安全保障や国益優先の信念を貫く行動派!

日本のこころを大切にする党 西村眞悟

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西村眞悟の時事通信
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承詔必謹

平成28年11月15日(火)

 数日堺を留守にしていて昨夜帰宅してTVニュースを見ると、
 例の皇室に関する「有識者会議」が、
 次から次へと司法試験の口述試問のように、
 「識者」を官邸に呼び込んで
 今上陛下が八月八日にご表明された御意向に関して
 如何に対処すべきかという意見を聞いていた。
 その意見聴取の要点は、
 第一に、今上陛下の「譲位を認めるか認めないか」、
 譲位を認めるとして、
 次ぎに、「譲位後のお立場は如何に」ということである。
 これに対して、呼び込まれた各位は、
 思い思いの「意見」をまちまちに述べて澄まして官邸から出てきていた。
 
 ことの重大性に鑑み、
 「世俗の権力の官邸」でやらず、
 「最深の権威の社」である伊勢神宮か明治神宮で行えと言いたい。
 
 とはいえ、この現在進行中の、
 権威なき者が、
 至高の権威に関して、
 権威あるものの如く、
 各位の考えをそれぞれ申している情景は、
 「日本国憲法」冒頭の
 「その(天皇)地位は、主権の存する国民の総意に基づく」という
 「国民が天皇にその地位を与えている」と記する
 憲法第一条に基づいてやっているのだろうが、
 結論を言うならば、
 この「有識者」は「アホ」をしている。
 もっと端的に言うならば、
 「アホが不敬」をしているのだ。
 何故なら、
 「日本国憲法第一条」は、
 「ウソ」であるからである。
 「有識者」たる者が「ウソ」に基づいて、何をやっているのか。
 「有識者」なら「有識者」らしく、
 いい加減に「ウソ」を見抜き、然るべく対処したらどうか。

 天皇は、
 天照大神の天壌無窮の神勅によって
 天皇なのであろうが!

 一体ぜんたい、
 我が国が連合国に降伏した昭和二十年九月二日から、
 「日本国憲法」が書かれた昭和二十一年二月十二日までの間に、
 天皇「裕仁」を日本国の天皇にするという「国民投票」でも行われたのか。
 天皇は、その頃に、天皇になったのではなく、
 連合国が我が国を占領する二千六百五年前から天皇なのだ。
 
 我が国において、
 このことが分からん「有識者」などあろうか!

 そこで、帰宅する前日の十三日に、四国の伊予で行われた同志の集まる勉強会で、
 今上陛下のお言葉に関して、
 我ら国民(臣民)は伝統的に如何に対処してきたかを述べたので、
 そのことを次ぎに記しておく(括弧内は私のコメント)。

 聖徳太子、十七条の憲法
 三に曰く、承詔必謹 君即天之 臣即地之
 
 (これが、我が国伝統のなかに存する眞の憲法である)

 楠木正成、
 仮にも君を怨みたてまつる心おこらば、
 天照大神の御名を唱うべし
 
 (正成は、天照大神の御名を唱えてどうしたのか、
 ・・・死ぬために湊川に行った)

 本居宣長、
 唐國にて、臣、君を三度いさめて聴かざる時は去るといひ、
 子、父を三度いさめて聴かざる時は泣いて従がふといへり、
 これは父のみに篤くして、君に薄き悪風俗也。
 皇国の君は、
 神代より天地と共に動き給はぬ君にましまして、
 臣たる者去るべき道理もなく、
 まして背くべき道理もなければ、
 従ひ奉るより外なし。
 なほ、その君の御しわざ悪くましまして、
 従ふに忍びずと思はば、
 楠主(楠木正成)の如く、
 夜見の國(死の國)にまかるより外はなきことと知るべし、
 たとひ天地くつがへるといふとも、君臣の義は違ふまじき道なり、
 然れば君あししといへ共、ひたふるに畏こみ敬ひて従い奉るは
 一わたり婦人の道に近きに似たれ共、
 永く君臣の義の敗るまじき正道にして、
 つひには其の益広大也。

 (まことに、楠木正成の湊川!その益広大である)

 皇后陛下、
 私は以前より、皇室の重大な決断が行われる場合、
 これに関われるのは皇位の継承に連なる方々であり、
 その配偶者や親族であってはならないとの思いをずっと持ち続けておりましたので、
 皇太子や秋篠宮ともよく御相談の上でなされたこの度の陛下の御表明も、
 謹んでこれを承りました。
 ただ新聞の一面に「生前退位」といおう大きな活字を
 見たときの衝撃は大きなものでした。
 それまで私は、歴史の書物の中でも、
 こうした表現に接したことが一度もなかったので、
 一瞬驚きと共に痛みを覚えたのかもしれません。
 私の感じすぎであったのかもしれません。
 
 (皇后陛下が、謹んで承りました、と言われた。即ち、承詔必謹!)

 以上、聖徳太子から皇后陛下まで、
 天皇陛下の御意向に対して如何に対処すべきかが語られている。
 それは、
 
 聖徳太子の承詔必謹に始まり皇后陛下の承詔必謹に還る。
 
 そのなかで、皇国のために七生報国を誓い、
 何度も甦って我が国を危機から救ってきたのは、 
 楠木正成であろう。
 その正成の遺言の最後は、
 次のように結ばれている(家村和幸著「楠木正成を読む」より)。
 
 「もし私、楠木正成の子孫が不義の人となって、
 私が遺すこの誡めを守らないようであれば、
 私は速やかに悪鬼と化して、
 国中どこにいても見つけ出し、殺戮する」

 よって、「有識者」と
 「有識者」の前でもっともらしい顔をして意見を述べる者が、
 あまりにも不敬ならば、
 この正成の遺言通りの運命に見舞われるぞ、
 と言っても、
 そう荒唐無稽ではないように思われてくる。

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