大阪堺市出身!国家の安全保障や国益優先の信念を貫く行動派!

日本のこころを大切にする党 西村眞悟

  • 西村眞悟 Facebook
  • 西村眞悟 twitter
  • 西村眞悟 RSS
西村眞悟の時事通信
  • HOME
  • 西村眞悟の時事通信

塚本三郎元民社党委員長の卒寿を祝う

平成28年10月25日(火)

 昨日の十月二十四日、名古屋で、
 塚本三郎元民社党委員長の卒寿を祝う同窓会があった。
 塚本三郎先生ご夫妻を中心にして、
 かつて民社党の旗の下で衆参議員を務めた十一人の面々が集まった。
 昭和二年四月二十日生まれの塚本三郎先生が最年長で
 昭和二十三年七月七日生まれの私が最年少であった。

 民社党は、
 昭和三十五年一月、左右の全体主義、
 特に共産主義と戦うために結成された。
 そして、
 企業に入り込み企業を解体して国の産業を崩壊させ、
 共産党独裁政権樹立のための基盤である
 「社会の疲弊と民衆の不満による無秩序」を造ろうとする
 共産主義労働運動の撲滅に闘志をみなぎらせた。
 その為に、富士の裾野の御殿場の神馬に、
 共産主義労働運動と戦う理論武装教育を行う
 富士社会教育センターを創った。

 民社党の創業者たちは、
 GHQがイタリアで皇帝制度を廃止させた手法にならって、
 我が国の労働運動指導者を煽って天皇を廃止させようとしたとき、
 敢然と、飛ぶ鳥を落とすGHQに対して、
 「天皇がおられるから我が国の勤労者は勤勉なんだ」
 と反論して、GHQの天皇廃止路線を拒否し断念させた。
 その時、戦時中は大政翼賛会に属して偉そうにしていた「保守層」は、
 手の平を返してGHQの従順なイエスマンになっていた。
 つまり、終戦直後の
 「天皇廃止という日本の真の危機」を阻止したのは、
 民社党の創業者たちである。
 そして、民社党は、
 平成六年十二月九日、解党してその歴史を閉じた。
 その解党前の思い出は、党として、
 「集団的自衛権行使は当然である」
 という認識がほぼ確認されたことである。
 
 昨日の会で、
 私は、大きな声で(塚本委員長が耳が遠いので)、
 蓮舫という奴といっしょにいるやつは馬鹿で、
 日産のゴーンという奴とともに車をつくっているやつの気が知れん、
 と言ったが、誰も異議を示さなかった。
 塚本委員長の誕生日をだしにして集まる同窓会を、
 これからも開くことを申し合わせ
 塚本先生ご夫妻のご健勝を祈り、
 参加者全員の健勝を期して散会となった。

 以上のとおり、
 民社党出身者であることを誇りとして歩んできたが故に、記した次第だ。
 近い将来、圧倒的な危機の前に、戦後体制は崩壊する。
 その時、日本解体を狙い続けてきたコミンテルン路線は、
 様々に姿を変えていまも生きおり、
 日本解体の目的を達成しようとする。
 しかし、民社党はなくとも、
 民社党の路線も必ず生きて日本を救う。
 全国の愛国の同志と共に、再び、民社党の党歌、
 「いまぞ集う 勤労の同志!」、また、「いまぞ集う 愛国の同志!」
 を歌う日が来ることを目指す。

新着記事

  • 平成30年7月19日(木)
    先に、「明治を甦らせる」として、明治と、昭和そして現在の連続性を回復することこそ、これからの我が国の「独立自尊の進路の決断」に必要なことだと書いた。そして、その連続性を回復する為の障害が、明治の日露戦…
  • 平成30年7月18日(水)
    明治を現在に甦らせよ!先日の産経新聞の「明治ルネッサンスで時代に新風を」と題する「正論」は、新保祐司氏が執筆し、明治という時代には「まさに『明治の栄光』というトーンがふさわしい」と述べた上で、次のよう…
  • 平成30年7月12日(木)
    六月十二日の、シンガポールにおけるトランプ氏が上機嫌に成功したと謳った米朝首脳会談の後、現実味を帯びていた「斬首作戦」は忘れられ、米韓合同軍事演習も中止され、急速に、一体、何を騒いでいたのか、分からな…
  • 平成30年7月5日(木)
    先の時事通信と重複するが、「月刊日本」誌に送稿した一文を次に掲載する。これを書いていた時、平成十四年の小泉純一郎総理と金正日委員長との日朝首脳会談の下準備交渉をしてシナリオを書いていた、外務省アジア大…
  • 平成30年7月4日(水)
    七月二日、愛媛県松山市で開かれた愛媛県下の拉致議連総会後の講演会に出席し、配布された政府資料を見た。その政府の作った拉致被害者リストは、こと、ここに至っても、昭和五十二年(一九七七年)九月の久米裕拉致…

アーカイブ