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日本のこころを大切にする党 西村眞悟

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楠木正成考 公を忘れた日本人へ

平成28年4月4日(月)

 三月二十八日から、産経新聞が、
 「戦後71年、楠木正成考」、「『公』を忘れた日本人へ」と題して、
 楠木正成の連載を始めた。
 その「第一部、多聞誕生」に、大書されていた見出しは、
 
 「貫いた忠義と仁」
  
 第一部は四月一日に終了したが、第二部が待たれる。

 産経新聞は、これまで我が国の神話を連載してきて、
 昨年末には、神武天皇の東征の物語の連載に続いて、
 大阪シンフォニーホールで
 北原白秋作詞、信時潔作曲の交声曲(カンタータ)
 「海道東征」の感動的な演奏会を開催した。

 この産経新聞の一連の連載とカンタータ「海道東征」の演奏会、
 そして、本年に入った楠木正成の「公を忘れた日本人へ」の連載が、
 如何なる意義を我が国の転換期に刻むものなのか。
 それは、
 今、明確に意識されなくとも、
 戦後という時代を画するという意味で、
 文字通り画期的!
 な連載と演奏会であると申し上げる。
 
 そのうえで、
 この意義を位置付けるに、古代と明治維新前期を振り返りたい。
 このことは決して迂遠なことではない。
 何故なら、我が国は、
 古代においても近代化の出発点である明治維新においても、
 そして、只今も!
 我が国黎明期の物語に対する国民の確信によって、
 危機を克服し変革期を乗り切る国家と国民であるからだ。

 我が民族は、
 ゲルマン民族の移動以前のヨーロッパの原住民であったケルトと同じ、
 大切なことは文字によって伝ええないとする民族である。
 大切なこととは、目にみえないこと、つまり、魂のこと、である。
 これは、前に紹介した「酋長シアトルの予言」でも明らかなように、
 アメリカインディアン(レッドマン)も同じである。
 そして、現在も我が国では、
 習い事や職人技の伝承においては、
 文字に頼らず実践の繰り返しと親方の口伝によって伝えている。

 とはいえ、国家の規模が大きくなれば、やはり「記録」が必要となる。
 第十七代履中天皇の四年(西暦四〇三年)、諸国に史官を置いたと伝えられている。
 それから、二百年後の第三十三代推古天皇の二十八年(六二〇年)、
 摂政聖徳太子が、蘇我の馬子とともに、天皇記や國記などの歴史的記録を編纂された。
 しかし、大化元年(六四五年)、
 蘇我一族滅亡の際、その邸宅とともに天皇記と國記が焼失する。
 その焼失から七十年の後和銅五年(七一二年)、
 第四十三代元明天皇は、太安万侶に命じて、
 天武天皇から口伝された国の始まりの物語を覚えている稗田阿礼からそれを聞き取り筆記させた。
 それが、大和言葉をそのまま記した古事記である。
 その内容は、聖徳太子の編纂された天皇記や國記に記されたことを中心とする伝承であろう。
 そして、次ぎに勅命によって漢文で書いた日本書紀が編纂された。

 では、何故、聖徳太子の天皇記編纂以来、
 古事記や日本書紀と次々に勅命で我が国の黎明期の物語が編纂されたのだろうか。
 それは、聖徳太子の隋の煬帝に宛てた国書の冒頭に、
 自らを「日出ずるところの天子」と宣言されていることで明らかなように、
 内に向かっては、
 我が国の成り立ちの独自性をあまねく知らしめて國民(くにたみ)としての自覚を促し、
 外に向かっては、
 相手が読める文字によって我が国の独自性を鮮明にして
 対支那対等外交を展開するためである。

 それ故、古事記編纂から五十七年後には、
 國民に、天照大神の天壌無窮の神勅への確信があまねくゆき渡り、
 その確信のもとに発せられた
 「我が国開闢以来、君臣の分、定まれり」
 という宇佐八幡の神託によって、
 皇位を窺う弓削の道鏡の野望が挫かれて、
 古代最大の國體の危機が克服されたのである。
 
 そして、この確信は、
 六百年後の南北朝の危機に際して北畠親房の「神皇正統記」によって鮮明になり、
 それからさらに六百年の後、
 教育勅語と大日本帝国憲法によって確認され現在に至っている。
 つまり、我が国の黎明期の物語によって明確になる我が国の國體への確信は、 
 古代の国家的危機を克服し、
 中世の南北朝の危機において鮮明になり、 
 明治の近代国家に引き継がれ現在に至っている。

 その近代国家建設の幕開けとなる明治維新であるが、
 その前提には、古代国家の危機克服と同様に、
 本居宣長の古事記研究や頼山陽の「日本外史」の普及による
 国民の天皇に対する忠誠と忠義の物語への共感、
 そして天皇を戴く國體に対する確信がある。
 このこと、慶応三年暮れの、神武創業に還ることを宣言した
 「王政復古の大号令」
 が翌年の明治維新の幕を切り開いたことを以て明らかであろう。

 そこで問う。
 「戦後体制からの脱却」とは何か。
 それは、
 「幕藩体制からの脱却」と同じ、
 國の生き残りを掛けた国家体制の復元である。
 明治維新とは、それを断行するに、「王政復古の大号令」を以てした改革である。
 つまり、我が国は、
 国家黎明期の姿を以て近代国家開始の原動力としたのだ。

 そして、今、この幕藩体制からの脱却と同様に、
 国家の生存を掛けて、
 戦後体制から脱却しなければならない。
 明治維新と同様に、まことに困難であるが、
 内外の厳しい危機を克服して未来を拓くために、それをしなければならない。
 
 その時、何を原動力としてそれを為しえるのか。
 それは、
 古来から明治維新まで繰り返したように、
 我が国の歴史を甦らせ、
 万世一系の天皇を戴く国家の姿に誇りをもち、
 楠木正成のように、
 天皇のもとに、「忠義と仁」を貫くことによってである。

 ここにおいて、
 昨年の産経新聞の神話の連載とカンタータ「海道東征」の演奏会、
 今年の「楠木正成」の連載開始という一連の言論活動を
 「文字通り画期的!」
 とした理由をお分かり頂けると思う。
 即ち、古代の危機や明治維新の危機を克服しえた同じ前提である
 「我が国の黎明期への国民の確信」と、
 その確信に基づく「貫いた忠義と仁」の事例を、
 象徴的に国民の前に顕わしてきているのが、
 産経新聞が行っている
 一連の連載と「海道東征」演奏の甦りなのである。

 これを、明治維新の精神的思想的準備となった
 江戸期の本居宣長の古事記研究や頼山陽の「日本外史」の発行と同じだ
 ・・・と言えば、
 誉めすぎと言われるかも知れないが、
 何事であれ、国家を敵視し、
 国家を呪詛する言葉を連呼して、
 政治要求を勢い付かそうとする風潮が表に根強くある現状においては、
 まことに貴重であり、
 敬意を表すべき活動なのだ。
 歴史がそれを証明するであろう。
 その歴史を造るのは、
 六百年前は、楠木正成であり、
 今は、諸兄姉、我々である。

 

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