大阪堺市出身!国家の安全保障や国益優先の信念を貫く行動派!

日本のこころを大切にする党 西村眞悟

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西村眞悟の時事通信
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天皇の慰霊

平成28年1月31日(日)

 天皇皇后両陛下は、
 一月二十六日東京御発、三十日東京御着の日程でフィリピンを行幸啓された。
 大東亜戦争においてフィリピン戦線で戦歿した五十余万の日本軍将兵と
 百万を超えるフィリピン人戦歿者そして戦歿アメリカ軍将兵を慰霊され、
 フィリピン独立と建国の英雄に敬意を表された。
 
 天皇は、
 国家と国民のために祈る存在であらせられる。
 その国民とは、今生きている国民のみならず、
 かつて生きた国民そしてこれから生まれてくる国民、
 つまり日本民族である。
 さらに祈りは、自国民にとどまるのではなく諸民族に及ぶ。
 天皇は、
 天照大神の天壌無窮の神勅によって天皇となり、以後、百二十五代の今上陛下に続く。
 即ち、今上陛下は万世一系の皇祚を践める天皇である。

 昭和天皇は、
 大東亜戦争敗戦翌年から、国民の激励と戦没者慰霊の国内巡幸を始められた。
 そして、病によって巡幸がかなえられなかった沖縄県への思いを御製に残して崩御された。

   思はざる病となりぬ沖縄をたづねて果たさむつとめありしを

 今上陛下は、昭和天皇の「たづねて果たさむつとめ」を深く承継されて
 皇后と共に沖縄への激励と慰霊の行幸啓を繰り返され、
 さらに、硫黄島から南にサイパンそしてペリリュー島と太平洋の玉砕の島に行幸啓され、
 この度のフィリピン行幸啓に至られた。
 そして、歴代天皇のなかで、
 天皇が祈る存在であることを、
 世界にもっとも深く広く示された天皇となられた。

 ここにおいて、昭和天皇が、
 昭和二十年八月十四日のポツダム宣言受諾即ち敗北を決定した御前会議終了に際し、
 退出しようとされる天皇に
 自決を決意して取りすがるようにして慟哭する阿南惟幾陸軍大臣に対して、
 やさしく言われた御言葉は、
 全国を巡幸された昭和天皇と大東亜の海洋に行幸啓される今上陛下により、
 真実、実践されていると深く頭を垂れる思いである。
 その御言葉とは、
 「阿南、阿南、お前の気持ちはよくわかっている。
  しかし、私には国体を護れる確信がある。」(藤田尚徳著「侍従長の回想」)

 昨年の四月九日、天皇は皇后と共に、
 パラオ共和国ペリリュー島に慰霊の行幸啓をされた。
 このペリリュー島において、
 中川州男大佐率いる一万一千の日本軍守備隊はアメリカ軍の第一海兵師団を「全滅」させるなど
 驚くべき勇戦敢闘の末に玉砕し、この日本軍に直面したアメリカ軍は、
 ペリリュー島を「天皇の島」と呼んだ。

 そして、天皇皇后両陛下は、このペリリュー島において、
 戦歿した日本軍将兵の慰霊にとどまらず戦歿アメリカ軍将兵をも慰霊された。
 この感動は島をおおい、遙かアメリカに広がり、
 二十日後の安倍総理が演説するアメリカ議会をおおった。
 あの安倍総理の演説は、
 ともに勇敢に戦った尊敬すべき仲間・同盟国の演説として受け入れられたのである。

 天皇皇后のペリリュー島での慰霊は、
 日米の「戦後」を終わらせ、
 日米新時代を開いたのだ。

 これが、天皇の御稜威(みいつ)、
 神秘な威徳でなくて何であろう。
 また、英霊は、
 かつて天皇とともにあり、
 いまも天皇とともにあって、
 日本を護ってくれている。

 この度の天皇皇后のフィリピンでの慰霊は、
 日本とフィリピンの新時代にとどまらず、
 海洋アジアの新時代を開くであろう。
 日本とフィリピンは、
 さらに新時代にはいる台湾も、
 共同して海洋アジアの海の自由を確保することになる。

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