大阪堺市出身!国家の安全保障や国益優先の信念を貫く行動派!

日本のこころを大切にする党 西村眞悟

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拉致問題の闇

平成28年1月14日(木)

 拉致問題の最大の闇は、
 「拉致被害者を救出しようとする者を貶めようとする力」
 「拉致被害者の救出から国民の目を逸らそうとする力」
 が政界と官界をはじめとする社会各層に根を張りうごめいているということだ。

 この度の予算委員会でも、この闇の力が提供した材料に飛びついた質問が行われたようだ。
 曰く、「首相は拉致を使ってのし上がった男か」と。

 そこで、この質疑に関して、平成十四年の十月に五人が帰国した時の真実について語っておこう。

 まず、帰国前月の十七日午前十時頃、訪朝した小泉総理が、北朝鮮から
 「拉致被害者の内五名は生存しているが八名は死亡した」と告げられた。
 その時、北朝鮮は八名の「死亡年月日、死亡原因リスト」を日本側に渡した。
 その七時間後、
 小泉首相は平壌で、
 日本が多額のカネを北朝鮮に支払って日朝国交樹立を約束した平壌共同宣言に署名した。
 そして、トラック二台分のマツタケをお土産に貰って政府専用機に乗せて帰国してきた。

 その平壌共同宣言署名のまさにその時、つまり、午後五時、
 東京では官房長官と外務副大臣が、拉致被疑者家族を個別に個室に呼んで
 「まことに残念ですが、貴方のお子さんは既に死亡されてます」
 と死亡宣告をした。

 その後帰国してきた訪朝団は、
 不可解にも北朝鮮から渡された「死亡年月日、死亡原因リスト」を隠して公表しなかった。
 しかし、そのリストは、マスコミのスクープによって明らかになった。
 そして、拉致被害者救出に携わる朝鮮語に堪能な西岡力や荒木和博が、
 そのリストを点検し、直ちに、これはおかしい、虚偽だと見破る。
 
 結局、横田めぐみさんを始めとする八人死亡という宣告は北朝鮮の「ウソ」だった。
 問題は、北朝鮮がウソをついたことよりも、
 何故、日本側が、リストを隠してそのウソの通りの死亡宣告を被害者家族に行ったのかである。
 その理由は、死亡したと家族に信じさせれば、
 拉致問題自体が無くなり日朝国交樹立の障害が無くなるからである。

 従って、あとは生きている五人が、
 「首領様のもとで幸せに暮らしています」と言って
 自主的に「北朝鮮で暮らしますからご心配なく」と言えば、
 拉致問題は完全に無くなり日朝国交樹立になる。

 それ故、日朝国交樹立によって日本からのカネが喉から手が出るように欲しい北朝鮮は、
 翌十月、五人を帰国させてきたのだ。
 そして、その帰国の際、日朝の担当者は、
 一週間から十日で、帰国した五人を北朝鮮に帰すことを合意している。
 北朝鮮は、日本から北朝鮮に戻ってきた五人に、
 「首領様のもとに帰れて嬉しい、これからもここで生きていきます」と言わせて、
 そのビデオメッセージを日本国民に見せつける予定だった。

 以上、八名の死亡と帰国した五人のビデオメッセージで拉致問題は無くなる。
 これが、北朝鮮と日本の「当局」との一致したシナリオである。

 そして、その魂胆の元で五人が日本に帰ってきたのだ。
 羽田空港に着いたチャーター機から五人が中山恭子さんらに付き添われて降りてきた。
 全マスコミと拉致議連議員そして家族関係者が帰国した五人を囲んでターミナルの方に姿を消していった。

 チャーター機の回りは無人になった。
 しかし、私と佐久間という仲間はそのチャーター機の下で、
 必ず北朝鮮からの監視員が同行しているはずだと待ち構えた。
 果たして彼ら(二人)は出てきた。
 私は彼らの顔を写真に撮り、
 拉致議連の中川昭一会長と打ち合わせてマスコミに拡散し、
 これによって彼らの隠密行動を不可能にした。
 私たちは、チャーター機の下でなおも待った。
 佐久間はチャーター機に上がって機内を点検しきて、一人もいないと私に報告した。
 
 すると機内から沢山の北朝鮮からの荷物が運び出されてきた。
 帰国した五人は、北朝鮮のお土産を持たされていたのである。
 お土産以外の大量の荷物が何か分からなかった。

 帰国した五人がそれぞれ郷里に戻る報道が続いているときに、
 外務省の幹部が、われわれ拉致議連幹部に
 「彼ら五人を北朝鮮に帰さねばなりません」と言ってきた。
 それに対して、
 最初に平沢勝栄議員が「そんな、馬鹿な」と言った。
 外務省が、五人を帰すことは国家間の約束ですからと反論した。
 「国家間の約束には国会の議決がいる。そんな約束知らん」と私が言った。
 それでも、外務省の馬鹿幹部のおっさん(名前など忘れた)が、
 唇を振るわせて帰さねばならないんです、と言っていた。

 我らは、絶対に五人を帰したらいかん、と言い張った。
 外務省のおっさんは反論に疲れてきた。
 
 そのとき、後ろの方から女性の小さな声がした。
 見ると、内閣参与の中山恭子さんが私たちに念を押そうとしている。
 
「あのー、五人は北朝鮮に帰さない、それで、いいんですね」
 
 私たちは、そうです、と言った。
 すると、中山恭子さんは、
 
 「五人は北朝鮮に帰さない、それでいきます」

 と言った。外務省は絶句していた。
 
 これが、我々が、政府内閣内から五人を帰さないという発言を聞いた最初であった。

 それから、政府内および内閣内での、
 五人を北朝鮮に帰すという外務省路線の絶対多数派と、
 帰さないという拉致被害者救出派の攻防があった。
 
 中山恭子内閣参与と共同して戦ったのは安倍晋三官房副長官である
 そして、安倍晋三は、中山恭子さんと共に帰さないという当然の原則を掲げて、
 外務省路線(あえていう、闇の中の悪の路線)に打ち勝ったのである。

 もし仮にあの時、五人を北朝鮮に帰しておれば、どうなったか。
 
 彼らの帰国後、平壌から五人の映像が送られてくる。
 そのなかで、五人は、言わされる。
 「平壌の首領様のもとに戻れて幸せです」と。
 そのとき、
 拉致問題も、拉致被害者救出運動も終わる。

 そして、我が国は小泉総理と金正日の平壌共同宣言に則って、
 北朝鮮に対して彼の国の国家予算の五倍のカネを提供する。
 そのカネで、
 北朝鮮の独裁者一族は世界一の金持ちになってブタのように肥り、
 北朝鮮政府は早急な核開発と核ミサイル開発を進める。
 
 そのうちに、その核ミサイルは日本に向けて実戦配備される。
 
 即ち、我が国は、天に向かって唾を吐くように、
 地球上のもっとも危険なテロ支援国家に転落している。

 これで、明確だろう。
 拉致問題における外務省路線は闇の中の悪の路線である。
 
 しかし、この路線は、今も健在であり一昨年のストックホルム合意においても、
 未だ、平壌共同宣言に則って、北朝鮮に巨額のカネを支払って日朝国交樹立を目指している。
 そして、その為の最大の障害を拉致問題であると位置付けて拉致被害者を救出するよりも、
 「拉致問題という障害」をなくそうとする。

 その為に、この路線を推進する闇の力は、
 拉致被害者を救出しようとする者を貶めようとするのだ。
 かく言う私も、そのターゲットである。従って良く分かる。
 
 この度の、予算委員会での安倍総理に対する質問もその一環である。
 質問者は元外務省官僚だということも符合するではないか
 

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