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日本のこころを大切にする党 西村眞悟

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西村眞悟の時事通信
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四月二十八日、主権回復の日

平成27年4月28日(火)

 昭和二十七年(一九五二年)四月二十八日、
 すなわち、六十三年前の今日、サンフランシスコ講和条約が発効し、
 我が国は主権を回復した。

 平成二十五年四月二十八日、前年暮れに新しく誕生した安倍内閣は、
 天皇皇后両陛下のご臨席を仰ぎ、
 憲政記念館において主権回復を祝う会を開催した。
 つまり、日本政府は、公式に主権回復を祝った。

 しかし、この政府の「祝い」は一回だけで、
 以後、政府はこの「祝い」を封印したかの如く触れない。

 何故か。

 その理由は、政府が主権回復を公式に祝うことが、何を意味するかを考えれば分かる。
 それは即ち、
 主権の回復以前には、我が国に主権がなかったことを公式に認めることである。
 
 連合軍との降伏文書に調印した昭和二十年九月二日から、
 サンフランシスコ講和条約発効の前日、昭和二十七年四月二十七日まで、
 我が国の主権は剥奪され、我が国に主権はなかった。

 とはいえ、このことは別に隠された秘密ではなく次の重要文書に書いてある公知のことだ。
 昭和二十年七月二十六日のポツダム宣言、
 同年九月二日にアメリカ海軍戦艦ミズーリ号で署名された降伏文書、
 同二十六年九月八日にサンフランシスコで署名されたサンフランシスコ講和条約(日本国との平和条約、Treaty of Peace with Japan)

 では、この各重要文書で公知のことを、何故、封印するのか。
 これこそ、「戦後という時代」と、
 そこで創られた「戦後という体制」の実態を解く鍵である。

 論理必然の明々白々な結論・・・「日本国憲法は無効である」
 ①昭和二十年九月二日から同二十七年四月二十七日まで我が国に主権はなかった。
 ②「日本国憲法」は我が国に主権のない同二十一年十一月三日公布され同二十二年五月三日施行された。
 ③主権の無い国に「憲法」は制定できない。
 
 即ち、「日本国憲法」と称する文書は、日本国の憲法ではなく、
 日本を占領統治する占領軍の「日本統治基本法」であった。
 そして、「戦後という体制」は、
 このことを、封印して見て見ぬふりをしておれば、「安楽に過ごせる体制」であった。

 「であった」と過去形で言うのは、
 既に、このままでは「安楽に」過ごせない時代(情勢)に入っているからである。
 だから、あの「悪夢のような民主党政権」に換わって、
 国民の期待を一身にうけて誕生した安倍晋三総理は、
 「戦後体制から脱却する、日本を取り戻す」と言ったのではなかったか。
 
 「日本を取り戻す」とは即ち、日本に主権が無いときに(占領期間中)に失ったものを取り戻すことだ。
 しかも、このことは、我が国家の存立に関わる緊急課題ではないか。
 何度も訴えているように、中共は既に戦後ではなく「戦前」である、
 つまり中共は、「対日戦争直前」の「臨戦態勢」に入っている。
 
 もう子供達、に義務教育で「ウソ」を教えるのは止めよう。
 国家の基本問題に関して子供に「ウソ」を教える国は亡びる。
 子供達に次の通り、真実を教えよう。
 「日本国憲法」を書いたのは「日本人」ではなく「アメリカ人」である。
 国家に主権がないとき、外国に軍事占領されているとき、「憲法」は制定できない。
 よって、日本の真の姿に戻ろう。

 では、「日本を取り戻す」為の前提として、
 我が国に主権がないときに奪われたものと押しつけられたものを概観する。
 奪われたもの
(1)帝国陸海軍(降伏文書の主要目的は我が国の軍隊の武装解除だ)
(2)大日本帝国憲法や教育勅語という明治以来の基本的な法制および勅語
(3)東京裁判を筆頭とする「戦犯裁判」による我が国の歴史
(4)全面的な検閲による言論の自由
 押しつけられたもの
(1)「日本国憲法」と称する占領基本法
(2)「日本国憲法」制定と東京裁判と全面的な検閲のなかで連合軍が正義で日本は悪という歴史観

 よって、「日本を取り戻す」また「戦後体制からの脱却」とは具体的に何か。
 それは、憲法を取り戻し軍隊を取り戻すことであり、
 我が国の歴史を取り戻すことである。
 同時に、未だ我が国の言論界や政界を覆っている「検閲官無き言論検閲」を取り除くことである。

 本日、二年前のように「主権回復」を公式に祝えば、論理的に以上のことが白日に晒されるので、
 安倍内閣は本日、二年前の一回だけで、何もしなくなったのであろうか。
 もしそうならば、その理由は、
 政権与党の自公連立の構造にあると思われる。
 安倍総理が、連立構造の故に、
 「日本を取り戻す」とは何かを具体的に語ることができないくなったとするならば、
 昨年暮れの総選挙において、
 元航空幕僚長の田母神俊雄と私が、東京と大阪の東西で、
 政権の連立構造打破を訴え続けたことは
「我ら、お国の為に意義ある選挙をした」
 と自負できる。
 

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