大阪堺市出身!国家の安全保障や国益優先の信念を貫く行動派!

日本のこころを大切にする党 西村眞悟

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西村眞悟の時事通信
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靖国神社にて

平成27年1月12日(月)

 中条高徳さんが、昨年末に八十七歳の御生涯を終えられた。
 旧臘二十七日に「どうも中條さんが亡くなられたようだ」と、
 大阪の難波神社での勉強会で産経新聞氏からお聞きした。
 その時、中條さんが、毎日参拝されていた靖国神社を思った。
 また、中條さんの、この世の最後の靖国参拝は何日だったのだろうかと思う。
 もちろん、ご本人は、最後まで毎日参拝されていたと思うが。

 日露戦争の満州軍総司令官大山巌元帥は、西南の役後四十数年経った大正七年に亡くなる。
 最後の時、しきりに「兄さ・・・、兄さ・・・」とつぶやく。
 側にいた妻の捨松さんが、「あなた、やっと、西郷さんに会えたのですね」と言った。
 その時彼は、薩摩のニセに還っていたのだ。
 
 日本騎兵の創始者で日露戦争において秋山支隊を率いてコサック騎兵と闘った秋山好古大将は、昭和まで生きる。
 亡くなる前、秋山好古はしきりに満州の地名をつぶやき、「鉄嶺・・・、鉄嶺・・・」と言った。
 その時、彼は満州の戦場にいたのだ。
 
 そして中條高徳さんは、その時、靖国神社におられたのだ。

 伊勢神宮と明治神宮では、「私事」を祈らず「公」を祈りなさい、と教えられている。
 つまり、家内安全や無病息災などではなく、
 御皇室の弥栄と国家の安泰を祈れ、ということだ。
 
 では、靖国神社は、何を祈るのか。
 思うに、ここに祀られている英霊は、
 皆、「私事」から切断され、ただ「公」に命を献げて亡くなった。
 従って、靖国神社でも、ただ「公」を祈るべきだろう。
 
 かつて中曽根総理大臣が靖国神社を参拝したとき、ボディーガードを伴って拝殿に上がったので、
 時の松平宮司が怒ったと聞いた。
 ここに祀られている英霊は、皆、五体引き裂かれて亡くなっているのに、
 参拝に我が身の安全を図ってボディーガードを伴うとは何事か、と宮司は思われたのだろう。
 
 ところで、ここに祀られた約三百万英霊は、ほとんど女性と付き合った経験のない独身の二十歳代の若い男子だ。
 その英霊である彼らが、憧れ願うのは、日本の大和撫子の幸せだ。これは確かだ。
 その証拠に、靖国神社には若い女性が多い。そして英霊が喜ばれている。
 特に、みたま祭りの時など、靖国神社は華やかな浴衣姿の女性の集う神社となるではないか。
 従って、この靖国神社では、女性は、良縁と幸せを祈る、これがよい。
 英霊が如何ばかり喜ばれるか。
 
 但し、男は駄目だ。
 男は、良縁ではなく、一旦緩急あれば自分も先輩のようにお国の為に闘う、と英霊に祈り誓え。
 そうすれば、良縁、自ずから掌中に入る。
 そもそも、何を願ってお国の為に闘うのか。それは、英霊と同じだ。
 つまり、大和撫子が幸せになるためである。
 このように祈る男が、良縁に恵まれないはずがないではないか。

 一月十日、靖国神社で、講演をする機会を与えていただいた。
 この講演会を企画して実施してくださった「英霊の名誉を守り顕彰する会」の会長佐藤和夫さんとスタッフ、そして大勢の参加者の皆さんに心からお礼申し上げます。
 ありがとうございます。

 やはり、靖国神社で話をさせていただくことになれば、心境が違ってくる。
 まず、英霊のおられるところであるから、話において至誠を尽くせ、と自分に言い聞かせるようになる。
 次ぎに、英霊のおられるところで、誤魔化すなよ、ええ格好するなよ、と言い聞かせた。
 
 その意味で、直前の総選挙において、
 俺は英霊に向かって恥じないと思えたことは幸せだった。
 つまり、この度の選挙においても、
 自分が有利か不利かで動かず、有利不利で進退を決めなかったことを誇りに思う。

 そもそも「靖国神社に参拝できないところ(団体)」から国会議員が出てくるなど、おかしい、狂ってる。
 また、そういう「ところ」からの支援をもらって議員になるのも、おかしい。
 さらに、「そこ」を刺激したら不利になるから総て蓋をしてやり過ごそうとするのも、おかしいんだ。
 安倍晋三君、君のところが、だ、おかしいんだ。大手マスコミ、これもおかしい。

 靖国神社では、こういうおかしい手合いが話せないことを話せる。ありがたいことだ。

 そこで、一月十日の靖国神社では、
 「日本民族の連続性」、つまり「本来の姿」について話した。
 その「連続性」とは英霊との連続性である。
 
 本年は、我らが未来を開くために、日本民族の不変の姿を堂々と自覚する年であると思う。
 そして、このことは、同時に、
 「コミンテルンと守銭奴」そして「宿痾の腐敗」の複合汚染体である支那のウソが明らかになる年でもある。

 三年十ヶ月前の千年に一度の東日本大震災・巨大津波の天変地異の中に顕れた
 日本国民の姿と天皇と民の絆は、
 一昨年の伊勢神宮式年遷宮の神秘的な行事と相まって、
 全世界に太古から続く日本民族の連続性を示し、
 
 日本国憲法と称する文書と東京裁判史観と村山富市談話と矛盾しない予定されている安倍晋三談話は、
 我が国の戦前と戦後の断絶を示している。
 
 従って、現在は、戦前戦後の連続性と断絶のせめぎ合いの混沌状況にある。
 
 しかし、我が国に迫る内外の未曾有の危機は、本年、この混沌に終止符をうつであろう。
 何故なら、我が国は、歴史の断絶によってこの危機を克服できないからである。
 我が国は、常に、不変の民族の姿の自覚、すなわち連続性の意識によって危機を克服してきたからである。

 さて、場所は靖国神社である。
 ここに祀られる英霊が、百十年前の日露戦争の英霊の姿から語れと促した。
 
 百十年前、乃木希典軍司令官率いる第三軍が、
 十一月二十六日から開始した旅順要塞への第三次総攻撃は、一月一日の旅順陥落を以て終了した。
 旅順要塞攻撃に投入した兵力十二万人、失った将兵五万八千。
 第三軍は、一月一日より、降伏した三万のロシア兵の武装解除と大阪浜寺ロシア兵捕虜収容所への輸送、
 旅順市内の整備と治安維持などの任務に忙殺された後、
 一月十四日に水師営北方高地において「第三軍招魂祭」を実施し、
 直ちに満州北方の凍てつく沙河そして奉天に向かって北上して行く。
 招魂祭に当たって乃木軍司令官は、次の祭文を朗読した。
 
 「乃木希典等・・・我が第三軍殉難将卒諸士の霊を祀る。
 嗚呼諸士と、此の栄光を分かたんとして、幽明あい隔つ・・・悲しいかな。
 地を清め、壇を設けて、諸士の英魂を招く。
 こい願わくば、魂や、髣髴として、来たり、うけよ・・・。」
 その時、雪が降っていて、祭文を朗読する乃木軍司令官の声は震え、居並ぶ将兵の嗚咽の声が雪ととともに広がった。
 
 翌年、凱旋した乃木軍司令官は、明治天皇に次の通り、戦死した将兵の姿を涙を流して報告した。

 「しこうして作戦十六ヶ月間、我が将卒の常に勁敵と健闘し、
 忠勇義烈、死を視ること帰するが如く、
 弾に斃れ剣に殪るる者、皆、陛下の万歳を歓呼して、欣然として瞑目したるは、
 臣之を伏奏せざらんと欲するも能わず。」

 一月十日の靖国神社での話は、このように始まった。
 それ故、収拾がつかなくなるのではないかと、話している本人が心配になってきたが、一時間半で終えることができた。
 そして、最後は次の通り。
 
 我が国における「国家の甦り」とは如何なることなのか。
 それは「復古」である。
 「復古」とは即ち「式年遷宮」である。
 式年遷宮では、最も新しいものが原初の魂を甦らせるのだ。
 明治維新は、王政復古の大号令つまり神武創業の基に還る宣言から始まった。
 このようにして、幕藩体制から近代国家への変容が始まる。
 我が国においては、近代化=復古であり、維新=復古なのだ。
 何故か!
 その理由は、日本だからである。
 理屈ではない。
 これが、山鹿素行の言う、「万邦無比」ということである。

 それでは、「戦後体制からの脱却」とは何か。
 それは、「幕藩体制からの脱却」と同様、「復古」である。
 しかも、この復古の本質は、天皇の「おおみこころ」により既に鮮明にされ底流において貫徹されている。
 昭和二十一年一月一日の元旦における昭和天皇の「新日本建設の詔書」、がそれである。

 日本とは何か、が分からないまま「日本を取り戻す」と申している輩が多いので最後に言っておく。
 
 日本とは何か。
 日本とは魂である。
 日本とは至誠である。

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