大阪堺市出身!国家の安全保障や国益優先の信念を貫く行動派!

日本のこころを大切にする党 西村眞悟

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西村眞悟の時事通信
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国会論戦とサイパンとテニアン

平成26年10月7日(火)

 我が国を取り巻く内外の情勢はまことに厳しい。
 従って、この厳しい情勢下における国会の論戦は、
まず、如何にしてこの厳しい情勢に対処してこれを克服し、以て、我が国家の安泰を確保せんとするのか、という根本的な問題意識から為されねばならない。
 よって、まさにこの観点から論者の評価は定まるのである。この具体的な使命感・問題意識なき政治の議論を空理空論というのだ。
 然るに、本国会冒頭において、自主憲法制定を冒頭に掲げた平沼赳夫先生以外に、総理の答弁を含めて、この観点からの評価に耐える論を展開し得た者はなかったのである。
 
 この危機に臨んでさえも、未だ与野党含めた政界には、平沼赳夫先生以外に、
「国家の存立のために当たり前のこと」
 をズバリと提起する論者はいないのである。
 では、何が「当たり前のこと」なのか。
 それは、自明ではないか。
 昭和二十二年五月三日に施行された「日本国憲法」を書いた者が、
日本国憲法は「日本を永久に武装解除されたままにおくため」に書いたと明言しているではないか(チャールズ・L・ケイディス元GHQ民政局次長、陸軍大佐)。
 従って、我が国に迫る危機を克服するためには、
「日本の国のあり方を日本人自身の手で決定する自主憲法を制定することを通じて、日本の独立と繁栄を守るとともに、世界平和と人類社会の進歩に貢献する」(十月一日、衆議院本会議における平沼赳夫発言)以外に方策はない。
 これ、自明ではないか。
 
 真実はこの単純にして明白なことのなかにある。
 問題は、この単純明白なことを政界において発言し且つ如何にしてそれを実践し実行するかである。
 そして、これは既に人知を超えている。
 これは、我が日本の悠久の歴史と伝統を生み出してきた無量のご先祖、天地神明、そして間近くは祖国の永続の為に戦場で殉じた英霊のご加護によって始めて成せる。
 
 国会の主要論戦に接してこの思いを深めていたのだが、丁度、かねてから西村塾によって、週末に中部太平洋のサイパンとテニアンの戦跡訪問と慰霊が計画されていた。
 以下、此の慰霊の旅の概要を述べる。

 有意義な旅だった。
 英霊の慰霊とはおこがましい。
 反対に、英霊に励まされ、突き動かされる旅となった。
 サイパンとテニアンで最後まで勇戦敢闘して玉砕した英霊は、
軍司令官以下全員、ここで戦うことによって本土への戦略爆撃を阻止できると確信し、
その大義の為に最後まで戦ったのだ。
 十月四日から七日早朝まで、サイパン・テニアンに滞在した。
 そして、島の戦跡と玉砕の地を廻った。
 サイパンの北端、海から切り立った「バンザイクリフ」とその背後に垂直に二百メートル以上切り立った「スーサイドクリフ」の頂上に立ったとき、全員無言であった。目に涙がしみ出してきた。
 英霊が身を投げた太平洋の波濤を吹き抜ける風と断崖に当たる波の大砲を撃つようなドーンという響き、そして背後の「スーサイドクリフ」直下の密林から、
 「おーい、しっかりせんかー!がんばれー!・・・
 俺たちが何のために死んだのか分かっただろう」
という英霊の声が聞こえてきたのだ。

 サイパンからセスナ機に乗ってテニアンに行った。
上空から見ると、ジャングルの緑の中を東西に四本の線が島を縦断している。これが、空の要塞といわれたB29戦略爆撃機の滑走路だ。
 着陸して、地上のジャングルの中の小道を進むと「ATOMIC BOMB PIT」と書いた木札があった。
 其の指し示す方向に進むと、広大な扇型の広場に出た。其の広場の左には
「NO1 BOMB LAODING PIT」と書かれた地点があり、
右には「NO2 BOMB LOADING PIT」の地点がある。
 左が広島に向かうB29に原子爆弾を搭載したところであり、右が長崎に向かうB29に搭載したところである。其の左右の搭載地点の中間に白いプレートが建てられており次のように書かれていた。
「NORTH FIELD HISTORIC DISTRICT」
「NATIONAL HISTORIC LANDMARK」
 何を言うか!
 この地点こそ、広島の爆心地にある
「過ちは繰り返しませんから・・・」
と刻んだ石を持ってこなければならない地点ではないか。

 そして、我らは、此のB29が、広島・長崎に向けて、無辜二十万人を殺すために離陸していった滑走路に出た。
 固めた砂の滑走路は今もジャングルの中を二千メートル続いていた。
 原爆だけではない。ここから、五万トンの焼夷弾が東京、大阪、名古屋、神戸などほとんどの日本の都市上空に運ばれて投下され、数十万の無辜の同胞が焼き殺された。
 此の滑走路に立つと、熱帯の暖かい風が蕭々として冷たかった。身の毛がよだった。

 世は、ナチスによるユダヤ人虐殺の場であるアウシュビッツ強制収容所を残して、歴史の悲劇と人の恐るべき狂気を伝えようとする。
 そうであれば 、アウシュビッツの次元を超え、且つ、夫れをはるかに凌ぐ人類に対する虐殺の場として、テニアンのこの地点は残されるべきだろう。
 何故なら、アウシュビッツは独裁国家の独裁者の狂気であるが、
 原子爆弾は、民主主義国家によって、正義の名に於いて、人類に使われたからである。 さらに、今に至るも、アメリカ人は、それが「正義」だと思い込んでいるからである。 これぞ、「地獄への道は善意によって舗装されている」という格言の恐ろしい現実の姿ではないか。これは、アウシュビッツ以上に恐ろしい人類に対する犯罪である。
 何故なら、「地獄への道は民主主義の正義によって舗装されている」ことを示しているからだ。

 この旅は、六日の月曜日早朝に帰国する予定であった。しかし、台風でフライトが中止になり帰国が一日遅れた今日の七日になった。
 これはやはり、英霊が、
「おい、観光客のように来てさっさと帰るな」、と言われているのだと思った。
 それで、余分に滞在することになった六日の午後、風雨の中を靖国神社の御神酒とウイスキーを持って「バンザイクリフ」と「スーサイドクリフ」を訪れた。
 そして波濤の海を眺め見下ろしながら、座り込んで、英霊と共にゆっくりと酒を飲ましていただいた。いい酒だった。めずらしく呂律が回らなくなった。

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