大阪堺市出身!国家の安全保障や国益優先の信念を貫く行動派!

日本のこころを大切にする党 西村眞悟

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西村眞悟の時事通信
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西村眞悟の時事通信

記事ID:1512
令和1年10月29日(火)

日本は、『一神教の世紀』を克服して『多神教の世紀』を創造する

この度、吉田松陰先生が斬首された十月二十七日の前日である二十六日に小野市の「日本神話の会」の萩への研修旅行に同行して、萩の藩校「明倫館」で明治維新を語れとの要請を受け、また、同時に、「伝統と革新」誌から「アジアの危機に対する日本の方策」について書くように依頼された。そこで、非才ながら、「日本の方…

記事ID:1511
令和1年10月18日(金)

誤ったシビリアン・コントロールによる自衛隊運用から脱却する時

この度の、東日本に対する台風十九号の襲来に関して、些細なことに見えるが、断じて看過してはならない戦後特有の官庁責任者のマインドに巣くう致命的欠陥を指摘しておく。その欠陥は、十月十三日、午前七時、神奈川県北西端の人口一万人の山北町で次の通り顕在化した。 十二日深夜、山北町は台風と豪雨のなかで断水し…

記事ID:1510
令和1年10月16日(水)

救国とは単純な思想の実践だ!

「偉大な結果をもたらす思想とは、常に単純なものだ」と、ロシアの作家トルストイが「戦争と平和」のなかで述べている。では、東アジアの情勢が動乱にむかう現下の我が国における、「偉大な結果をもたらす単純な思想」とは何か。それを、ともに、十九世紀に生きた日本人三人とドイツ人一人が既に語っている。○吉田松陰…

記事ID:1509
令和1年10月5日(土)

台湾に生まれた日本人は、今も日本人だ!

台湾に生まれた日本人は、北海道に生まれた日本人や東京や大阪に生まれた日本人とともに、今も日本人だ。北方の択捉島や国後島の日本人が、ソ連の同島侵攻と占領とともに、ロシア人になるわけがない。同様に、台湾の日本人が、蒋介石の中華民国軍が台湾に進駐したからといって、中華民国国民になるはずはない。台湾で生…

記事ID:1508
令和1年10月4日(金)

昭和を甦らせる書碑『霧に 消えゆく 昭和と戦中派』桜井修著(春吉書房)を是非読まれたし

これから、一冊の小さな本を、諸兄姉が手に取り読んで戴くことを願い、この本と、この本を読んで僕が思い出した懐かしい情景を書きたい。僕の世代、そして、諸兄姉においても、この本は、著者が語る回想を通じて、消えつつある昭和の情景を甦らせ、戦前と戦後の連続性を回復してくれる。そう、過去は、過ぎ去った日付の…

記事ID:1507
令和1年10月2日(水)

敵国ブレジネフ・プーチンのロシアと愛すべきロシア人と文学

前号の時事通信「人類二千年の歴史の中に位置づけられる大東亜戦争の意義」では、ロシアに付いて書いていないので、ここで書いておきたい。前号で、フランスの政治思想学者であるアレクシス・トクビルが「異なる地点から出発して共通の目標に向かって進む二つの民族がある」としてアメリカとロシアを挙げ、両者を対比し…

記事ID:1506
令和1年10月1日(火)

人類二千年の歴史の中に位置づけられる大東亜戦争の意義

十六世紀半ばに、我が国は初めて西欧のスペイン・ポルトガルと出会った。しかし我が国は、それから四十年後にバテレン追放令を発し(1587年)、さらに五十一年後に鎖国を実施して西欧と断絶する(1638年)。その我が国が初めて直面した西欧とは何かを確認するために、人類史における一神教の勃興を振り返ってみ…

記事ID:1505
令和1年9月19日(木)

尊い仁徳天皇の伝統と消費税率引き上げ

(序)仁徳天皇御陵私は、昭和二十三年、奈良時代の僧行基が生まれた家原寺の近くの上野芝で生まれ、昭和三十一年から第十六代天皇である仁徳天皇の御陵の近くで育ち、今も同じ所に住んでいる。この世界最大の前方後円墳の墳丘は三重の堀に囲まれた豊かな森で、その堀は約十キロ南東の狭山丘陵に行基が造った巨大な狭山…

記事ID:1504
令和1年9月2日(月)

文明の衝突、香港のデモ参加者と台湾を守れ

令和元年の八月後半、ニュースだけではなく昼間のワイドショーでも韓国大統領文在寅の「反日発言」が連日TV画面に映し出されていた。聞いていて、こいつ、頭の回路が狂っていると感じた。そして、思いだしたのは、明治維新直後に、我が国から天皇名で朝鮮に送られた維新通知の国書への回答を督促すために、朝鮮に赴い…

記事ID:1503
令和1年8月28日(水)

八月に憂慮すべきこと、カジノと靖國神社に参拝できない総理大臣の憲法改正論

八月二十日の産経新聞朝刊の「正論」の末尾に、京都大学名誉教授の佐伯啓思氏が、カネをばらまいて株価を上げ、訪日外国人がいくらカネをおとしてくれたと喜び、日米関係の強化で平和を守ればよいという『現実』をそのまま擁護も賛美もするわけにはいかないのが『保守』であろう。令和元年は戦後74年である。この時代…

記事ID:1502
令和1年8月22日(木)

知行合一、抜本塞源、即ち、日本国憲法無効宣言の時

私、西村は、本年八月四日、石川護国神社参道に建てられた巨大な「大東亜聖戦大碑」の前で挙行された、「慶祝、大東亜聖戦祭」に参列し、宮司の「降神の儀」によって、彷彿として「大碑」と参列する我らの周りに降りられてきた祖国を離れた戦地で散華された英霊の気を感じる中で、昭和二十一年二月の九日間でGHQの書…

記事ID:1501
令和1年8月16日(金)

英霊に誓う日本国憲法無効宣言

八月十五日の正午の時報とともに、靖國神社の一の鳥居と二の鳥居の中間点で直立して英霊に黙祷し、午後三時半に、参集殿前に集まった百七十名の仲間、同志とともに昇殿参拝をさせて頂いた。昇殿参拝前の参集殿での待ち時間に、田母神俊雄元航空幕僚長とともに、同志に訴えることができた。田母神俊雄閣下は、次の通り述…

記事ID:1500
令和1年8月13日(火)

日本国憲法はGHQのWGIPの道具として書かれた文書だ

「日本国憲法」は、昭和二十一年二月のたった九日間に、GHQ民政局の二十五人の職員によって起草され、同年十一月三日に公布され、翌二十二年五月三日に施行されたが、これだけが、ポツンと独立してある文書ではない。日本国憲法は、まずポツダム宣言と、それに続いて、日本を占領統治していた連合国軍最高司令官総司…

記事ID:1499
令和1年8月6日(火)

大東亜聖戦大碑の前で「日本国憲法」の無効を叫ぶ

草地貞吾先生は、陸軍士官学校三十九期、明治三十七年五月に生まれ平成十三年十一月に九十七歳で亡くなられた。先生は、昭和二十年八月十五日、関東軍作戦参謀、帝国陸軍大佐として、満州で作戦行動停止の大陸令を受け、同年九月六日、満州からソビエトに連行抑留され、十一年後の同三十一年十二月二十六日に船で舞鶴に…

記事ID:1498
令和1年8月2日(金)

目には目を

政府は、本日(2日)、閣議で、輸出優遇措置が適用される「ホワイト国」から韓国を除外する決定を下した。この決定を間髪を入れずにしていたら、韓国が騒ぐ暇が無くもっと速く終わったのにと思うが、まあ、これでよし。さすが、担当の通産省(今は経産省)だ。外務省でなくてよかった。実は、今まで、韓国が騒ぎ、我が…

記事ID:1497
令和1年7月30日(火)

八月にノモンハンの英霊を甦らせよう

毎年八月に入ると、テレビから、昭和二十年八月十五日に、「玉音放送」として国民に伝達された昭和天皇の「大東亜戦争終結に関する詔書」が流され、懐かしい昭和天皇の玉音を聞くことができる。とはいえ、テレビの玉音の放送は、詔書冒頭の朕深く世界の大勢と帝国の現状とに鑑み、非常の措置を以て時局を収拾せむと欲し…

記事ID:1496
令和1年7月25日(木)

仁徳天皇御陵を発掘を口実とする破壊から守れ

七月、四世紀から五世紀後半までに大阪の南の丘陵に築かれた四十九基の古墳群が、百舌鳥・古市古墳群としてユネスコの世界文化遺産に登録された。この登録の中には、世界最大の前方後円墳である第十六代天皇である仁徳天皇御陵や仁徳天皇御陵を上回る巨大な墳丘容積をもつ第十五代応神天皇御陵はじめとする二十九基の天…

記事ID:1495
令和1年7月16日(火)

「海の日」に海軍記念日制定と憲法無効宣言を促す

七月十五日の「海の日」におおよその所感はFBに記したが、改めて、本通信において記しておきたい。先の大阪のG20において、中共の習近平主席の演説が、中華の覇権を世界に及ぼすという野望を露骨に表明した点において、何でもアメリカファーストのトランプアメリカ大統領の演説よりスケールが大きく、世界の指導者…

記事ID:1494
令和1年7月9日(火)

大嘗祭の神秘と日本の本質

平成三十一年四月三十日から令和元年五月一日に変わるまさにその時、上皇陛下の御譲位があり新帝の践祚があった。目の当たりにこれを見た我らは、この我が国の肝心要の至高の尊さをもつ皇位の継承に関して、全く別個の行事が同時に行われていたことを確認しなければならない。その一つは、安倍内閣つまり日本国政府が……

記事ID:1493
令和1年7月8日(月)

日本国憲法無効宣言が日本と世界の諸民族を救う

ユーラシア大陸が東で終わるところに太平洋がある。その太平洋上に南北に連なる列島が我が日本國であり、北端を択捉にすれば南の沖縄まで南北3000㎞を越える。東西の幅は、東端の南鳥島から西端の与那国島まで3142㎞である。従って、我が国が資源等に対する主権的権利をもつEEZ(排他的経済水域 )の海域面…

記事ID:1492
令和1年6月25日(火)

安倍総理、G20における日本の歴史的責務を自覚されたい

六月二十八日と二十九日、大阪でG20が開催される。世界の主要国G7にEUとロシアが加わり、さらにインドや中国そしてオーストラリア、韓国、ブラジル、メキシコ、インドネシア、南アフリカ、トルコ、サウジアラビア、アルゼンチンなど十一カ国合計二十カ国の首脳が大阪に集まる。そして、ホスト国である我が国の安…

記事ID:1491
令和1年6月19日(水)

再び、日本国憲法の無効を宣言する

平成二十八年八月八日、天皇陛下(今の上皇陛下)は、国民に対して譲位の御意思を表明された。その御意思に沿って同三十一年四月三十日の御譲位と翌五月一日の皇太子徳仁親王(今上陛下)の践祚がなされ、そして本年十一月十四日と十五日の大嘗祭によって、今上陛下は天照大御神と一体となられる。即ち、現人神(あらひ…

記事ID:1490
令和1年6月7日(金)

この目で、中国共産党独裁体制の崩壊を見ようではないか

諸兄姉もご覧になる産経新聞の三つの論考を指摘して、現在の日本国民である我々が「内と外」の両面で直面している文明的課題と日本人に求められる決意と国策を述べたい。三つの論考とは、産経新聞の令和元年五月三十一日朝刊の次の二つの論考櫻田 淳東洋学園大学教授の、「『臣』の制度を再構築するとき」と題する「正…

記事ID:1489
令和1年6月4日(火)

沖縄戦の島田 叡知事と大田 實海軍中将を忘れるな

産経新聞は六月二日と三日の朝刊に「勇気の系譜 使命」という欄を設け、昭和二十年一月に、死を覚悟して沖縄に赴任した島田 叡(あきら)沖縄県知事の事績を紹介している。島田知事は、大阪府内政部長であったが、府知事の池田清から沖縄県知事就任の打診を受け、しばし沈黙の後、受諾した。島田は池田に言った。「私…

記事ID:1488
令和1年5月18日(土)

準戦時情勢の中にいてコップの中で騒ぐな

丸山穂高衆議院議員が、北方領土の国後島へのビザなし交流訪問団に参加して、宿泊場所の「友好の家」で、訪問団団長の元国後島民の大塚小弥太さん(八十九歳)に、「戦争で奪われた島は戦争で取り返すしかない」という趣旨の発言をして、それを、そこにいた誰かが録音していてマスコミが報道して騒ぎが広がった。そして…

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