|
|
 |
|
■教育と社会のあり方■
明治政府の最大の功績の一つが、教育制度の整備であった。為政者は、まず教員を養成した。その為の全寮制の師範学校を全国につくった。これに習えば、現在の教員養成はどうなっているのか。
「日教組の教研集会」でやってきた。この戦後教育の結果が今我々の眼前に現れている。
教育の再建の鍵は、明治維新同様に優れた教育者の育成にある。
まず、教育者が「礼節」と「奉仕」の観念を血肉化させていなければ、子供達にそれを実践で示すことなどできるはずがない。
しかし、現在においても教室における優れた実践者が多くいる。私はそのような真人を知っている。だから、かろうじて教育の全面崩壊が起こっていないのである。よって、従来のように、文部省の役人や日教組の幹部や文化人だけの意見を聞くのではなく、教育実践者だけの権威ある委員会を設置してその意見を政治が断固実現するという政治のイニシアティブがどうしても必要な時に来ている。
だいたい真の教育実践者は、組合活動をしたりテレビでご高説を述べたりする暇はないのだ。まず、政治は黙々と各教室で教育実践に携わる真人の声を直接聞くことから始めねばならない。そうすれば、今の政治家がこれらの先生方の万分の一も「天下国家」のことを考えていなかったことがわかるであろう。
真の教育実践とは、民族の将来をみすえた努力だからである。この意味で、文部省は必要ない。
ところで、あるべき教育を支える前提としての社会のあり方であるが、真の教育実践を可能とする税制をもっていなければならない。それは、国民が教育を物心両面でサポートできるということである。その為には、まず江戸時代の教育を可能とした前提を調べることが必要だろう。日本国と日本人が世界から賞賛の眼をもって迎えられたのは、明治時代であるが、江戸時代に教育を受けた人々がその時代を担ったことを思い起こすべきである。
さらに教育には、「良き納税者」を育てるという観点も必要である。納税者がなければ国民は成り立たない。したがって、教育に対する有効な税金投入は、国家と社会の存続にとって不可欠の投資である。
|
|