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西村眞悟論文索引
月刊日本 平成11年5月号
惰眠を貪った半世紀のツケ
「平和ボケ日本」を叱る!!
政府は国家の危機に立ち向かう勇気を持て
ゲスト 衆議院議員 西村眞悟
  昨年八月のテポドン発射に続いて、三月北朝鮮の特殊工作船の領海侵犯事件が発生した。本来なら撃沈すべきケースだったが、「平和ボケ日本」は的確な対処ができず、取り逃がしてしまった。これは国家として恥ずべき事態である。なぜ、特殊工作船を取り逃がしたのか。この国家としての惨状をもたらしたものは何か。当選以来、国家の基本問題に体当たりで取り組んでいる自由党・西村眞悟衆議院議員に聞く。
不審船の不可解な動きは陽動作戦か?
―――三月二十三日に日本海で北朝鮮の工作船二隻による領海侵犯事件が発生し、政府は自衛隊創設以来初めての海上警備行動を発令しました。威嚇射撃や爆弾投下を行ったが、結局二隻の工作船には逃げられてしまいました。 今回の政府の対応をどう見ますか?
西村 戦後、わが国の歴代政権は真正面から危機に対決することを避けてきました。こうした戦後政治の流れから見て、今回政府が自衛隊創設以来初めて海上警備行動を発令した点は高く評価していいと思います。
  しかし、自衛隊がその命令を達成できず、二隻の不審船を取り逃がしたことは甚だ遺憾です。政府の一連の動きを見て、私は腹に据えかねています。
―――今回、二隻の不審船は追跡を受けていたにも拘らず、速度を落としたり、途中で停船するなど、日本側を挑発するような行動を見せましたね。
西村 私は当初、不審船の侵入目的は日本の領海警備の能力・意図の偵察にあると考えていました。つまり威力偵察です。しかし、三月二十九日付の産経新聞が「二隻の不審船は陽動作戦・『北』工作員数十人が潜入」と報じた。
  不審船が八ノットと言う遅い速度でジグザグ航行したり、挑発するように停船したのは、これが陽動作戦だったからです。二隻の不可解な動きの意味がこれで分かりました。
  二年前の平成九年一月、日本海の敦賀海岸沖でロシア船による重油流出事故がありましたが、このときは海上保安庁の巡視船が日本海沿岸にへばりついて重油除去作業に携わっていました。そのため、警備が手薄になった太平洋側の伊豆半島に僅か一、二ヶ月の間に四百人余の中国人が密入国したことがありました。
  こうした事例を思い合わせると、今回の不審船の領海侵犯と不可解な動きは、太平洋沿岸から工作員を上陸させるための陽動作戦だったと考えればよく理解できます。
注  産経新聞(三月二十九日付朝刊)の内容
日本の領海を侵犯した工作船の任務は陽動作戦で、日本の警備・防衛当局が工作船を注視している間に数十人の工作員が太平洋側から日本に潜入した、との証言を複数の関係者から得た。潜入した工作員は朝鮮人民軍総参謀部偵察局など破壊活動を専門とする部隊とされる。判明しているだけで青森、茨城、千葉、愛知、熊本、宮城などに潜伏しているとみられる。北朝鮮は日本を「打撃目標」にすると宣言しており、破壊工作に備えて事前調査を行っている可能性が高い。
―――野中広務官房長官は「敏速に対応できた」と言っていますが、発見から初動までには相当な遅れがありました。不審船の発見から、海上警備行動が発令されるまでの政府の動きをどう見ますか?
西村 発見から海上警備行動発令まで、空白の時間がありすぎる。とても迅速な対応とは言えません。海上自衛隊のP3C哨戒機が佐渡沖で不審船を発見したのが、二十三日の午前六時四十分。この情報が海上保安庁に伝えられたのは四時間以上経った午前十一時で、通報を受けた海上保安庁が出動したのは十二時半でした。
  午後一時過ぎに海上保安庁航空機が停船命令を実施したが、不審船はこれを無視して逃走。現場に到着した海上保安庁の大型巡視艇が不審船に対して威嚇射撃を行ったのが午後八時。停船命令から威嚇射撃まで七時間もかかっているんです。しかも、政府が海上警備行動を発令したのは、さらに約四時間後の翌日午前〇時五十分だった。
  こうして海上自衛隊が不審船を発見してから海上警備行動発令まで、実に十八時間が経過している。この間、不審船は約四四〇キロにわたって逃走してしまった。このように、今回政府が取った措置には空白の時間が多く、とても迅速な対応とは言えません。
  こうして今回の事件の時間的推移を検証すると、私には海上保安庁や海上自衛隊は、不審船に逃走する時間を与えていたとしか思えません。
注  事実経過
23日 6:42 佐渡沖で第一大西丸確認 9:25 能登沖で第二大和丸確認 20:00〜21:25 海上保安庁の大型巡視艇が威嚇射撃 24日 0:50 政府が海上自衛隊に海上警備行動を発令 1:29〜2:24 第二大和丸に警告射撃 1:32〜4:38 第一大西丸に警告射撃 3:12 第二大和丸周辺に爆弾投下 3:20 第二大和丸が防衛識別圏を通過、追跡終了 4:01 第一大西丸周辺に爆弾投下 4:41 第一大西丸周辺に爆弾投下 6:00過ぎ 第一大西丸が防衛識別圏を通過、追跡を終了 15:30 海上警備行動を解除
断固たる措置をためらった政府
―――威嚇射撃や警告射撃さらに爆弾投下を行いましたが、不審船二隻は軍艦並みの速度で悠々と逃げ去った。普通の国家なら、撃沈させていたケースです。官邸サイドは、不審船を捕獲もしくは撃沈することを敢えて避けたように思えるんですが。
西村 その通りです。威嚇射撃の目的は不審船を停船させることにある。停船しない場合には実際に射撃し、撃沈してもよかったのです。今回はそれを怠った。しかも、威嚇射撃を行った巡視艇は、その直後に燃料不足で現場から離脱し追跡を断念するというお粗末さでした。この間、海上警備行動が発令されておらず、海上自衛隊の護衛艦は付近を航行するだけで、手をこまねいているしかなかった。海上警備行動を発令してからも、警告射撃以上の措置を見送っている。これでは日本の警告射撃は単なる「花火」に過ぎないと北朝鮮に教えたようなものだ。昨年、北朝鮮の特殊潜航艇が韓国領海を侵犯した時には、北朝鮮の特殊工作員は全員が死亡するまで激しい戦闘を展開しました。工作員は死を覚悟しているんです。このケースを見ても分かるように、日頃十分な陸戦訓練を受けていない海上自衛隊員が、北朝鮮の艦船に立ち入り検査をすることは、丸腰で虎の檻に入るようなもので、非常な危険が伴うのです。今回、実際立ち入り検査を行えば多数の犠牲者が出る可能性がありました。
  仮に今回、警告射撃で不審船が停船をしたら、立ち入り検査をすることになりますが、その覚悟が政府にあったのか。私は、政府には断固たる決意をする覚悟はなかったと思います。
  つまり、官邸サイドは、実力で停船させ立ち入り検査をすれば多数の犠牲者が出るので、一歩踏み込むことを躊躇し、不審船が逃走する時間的余裕を与えたと言ってもいい。要するに、政府は“ビビッタ”んですよ。
―――今回初めて自衛隊法の海上警備行動が発令されました。動員されたのは、海上自衛隊の護衛艦四隻、対潜哨戒機六機、海上保安庁の巡視艇九隻、航空機二機という大規模なものだった。
しかし、政府は断固たる措置をためらった結果、大追跡劇は失敗に終わってしまいましたね。
西村 私は国会の質疑で野呂田防衛庁長官に対し、「海上警備行動を発令したこと自体は評価するが、今回は命令を実行できないという事態に遭遇した。長官は実行不可能な命令を出したのか。こうした指揮官は的確性に欠けると言わざるを得ない」と追求しました。
  停船させることを目的に、海上警備行動を下令した野呂田長官は、「相手国を刺激し、事態の拡大を招く恐れがある」ことを理由に、海上自衛隊に対し追跡の中止を命じた。命令が下されれば譬え犠牲者が出ても、それを実行するのが軍事組織というものです。その命令を最高指揮官が途中で変更してしまったんです。こうした異常な事態が生じるのは、「正当防衛」「緊急避難」の場合にのみ、自衛隊に武器使用が認められているからです。国会における防衛論議は警察予備隊時代の殻を引きずったままで、自衛隊の武器使用を警察官の職務執行と同じレベルで議論しています。国会では半世紀以上にわたって、こうした不毛な欠陥議論が行われてきたのです。
注  警察官職務執行法(武器使用)
警察官は、犯人の逮捕もしくは逃走の防止、自己もしくは他人に対する防護または公務執行に対する抵抗の抑止のため必要であると認める相当な理由のある場合においては、その事態に応じ合理的に必要と判断される限度において、武器を使用することができる。ただし刑法三六条(正当防衛)に該当する場合(中略)を除いては、人に危害を与えてはならない。
注  自衛隊法第八二条
防衛庁長官は、海上における人もしくは財産の保護または治安の維持のための特別の必要がある場合には、内閣総理大臣の承認を得て、自衛隊の部隊に海上において必要な行動(海上警備行動)をとることを命ずることができる。この場合の措置は船舶停止、船路変更などを行うことができるほか、警察官職務執行法第七条を準用する形で武器も使用できる。
軍隊と警察を混同している日本政府
西村 今回の北朝鮮不審船の領海侵犯事件に適応されるべきは国際法であって、国内法レベルの問題ではありません。海上自衛隊が防衛庁長官の命令に従って不審船を撃沈し、相手に犠牲者が出た場合でも、国際法上は適法であって、何ら問題はありません。
  しかし、今回、不審船を撃沈していれば、わが国では国会で自衛隊法八二条を逸脱したという議論が起きるのは必然です。つまり、国際法上適法であっても、国内では違法行為になるという全く非常識な事態が生じるわけです。
  今回の事件で、私は日清戦争の「高陞号事件」を思い起こします。明治二十七年七月の豊島沖海戦で、日本艦隊が清国砲艦を追撃中、英国籍商船が接近してきた。巡洋艦「浪速」は停船を命じたが、商船は停船に応じなかったため、これを砲撃、撃沈したという事件です。「英国船撃沈」の報を受けた伊藤博文首相は腰を抜かした。当時世界最強国である英国を敵にまわせば、日清戦争はもとより日本の存立が危うくなると戦々恐々としていたんです。案の定、英国政府は「浪速」艦長の東郷平八郎大佐を非難し、対日抗議にまで発展しました。
  しかし、英国の著名な公法学者が「東郷艦長の措置は国際法上正当であった。」との見解を発表して、英国内の日本批判の議論は一気に収まった。そればかりか、国際法上適切な措置をした東郷艦長は賞賛されたんです。
  今回の領海侵犯事件は、日清戦争時の「高陞号事件」と同じケース、つまり国際法の領域の問題なのです。
―――戦後五十年の平和ボケで、わが国の政治家は軍隊と警察の区別がつかないまま、今日に至ってしまいました。実に情けないことです。国民の生命財産が危険に晒されれば、政治家は時に冷酷と思われる決断をせざるを得ないことがある。今回はまさに、そのケースでしたね。
西村 戦後の政治指導者は、軍隊の本質が分からなくなって、軍隊と警察を同じものと考えているんです。警察は国内秩序が守られている時に、国内で違法行為を取り締まるのがその役割です。しかし、今回遭遇した事例は、日本の国内法に全く縛られない相手を対象にしている。従って、これは明らかに国際法の領域なんです。
  指揮官から命令を受ければ、現場はたとえ犠牲者が出ても、その命令を実行に移すのが軍隊の組織と言うものです。しかし、今回は、何と命令を出した指揮官が命令の実行は不可能と言っている。防衛庁長官の指揮官としての資格があるのか、私はその適格性を問題にしたい。
  今国会で議論されている周辺事態法も、実は本質的には同じ問題を孕んでいます。周辺事態の発生した海域においては、日本の国内法を守っている国はあるはずがない。米国と言えども同様です。その場合、全てを規制するのは戦時国際法です。自衛隊の武力行使も行動基準も、戦時国際法で処理しなければなりません。
  しかし、周辺事態法は、自衛隊の武力行使を相も変わらず「正当防衛」「緊急避難」の場合に限定しています。戦時国際法が適用されるような非常事態に際して、わが国は懲りもせず欠陥国内法を適用しようとしています。緊急事態が発生した場合、部隊が武器を使用するか否かを個人レベルで判断するようなお粗末な国はわが国しかありません。
―――PKO派遣の際にも、同様の議論が行われたが、結局は元の木網だった。
西村 政府は自衛隊を明確に軍隊として位置付けるべきです。そして、軍隊としてどの様な規範を適用すべきかを早急に検討すべきです。
  平時には国内法が適用されますが、一朝有事の際には国際法で規定されるのが国際常識です。有事における軍隊の最も重要な任務は言うまでもなく侵略の排除です。
  各国の軍隊の平時における主たる任務は領域警備であり、侵略を未然に防ぐための重要な任務です。これは有事に移行する前の段階で、国際法違反に対処する重要な任務であって、国際法が適応されます。「日本には領域警備の法制がない」と騒いでいますが、世界各国で領域警備の国内法制を明確に持っている国はスウェーデン以外ありません。他の国々は領域警備は国際法上、軍隊の平時における当然の任務であるという考えで、ROE(ルール・オブ・エンゲージメント=交戦規定)を定めています。
  一方、我が国では平時の領海警備は海上保安庁の任務であり、海上自衛隊には権限も責任もない。航空自衛隊が領空侵犯木に対し、平時においてもスクランブル発信ができるのと同様に、不審船が領海を侵犯したら、海上自衛隊が出動して、誰何できる状況を作ることが喫緊の課題です。つまり、常に海上警備行動が発令されている状況にする必要があるんです。
今日の惨状をもたらした政治の責任
―――昨年八月のテポドンに続く、今回の領海侵犯事件は、有事に移行する一歩手前の状況であると考えていいでしょう。しかし、国会で行われている議論は本質的には占領中と何も変わっていない。自衛隊は警察予備隊のまま。その原因はどこにあると考えますか?
西村 これは政権政党である自民党だけの責任ではなく、政治全体の構造が今日の惨状をもたらしたということです。
  わが国の国防に関する議論は戦後半世紀の間、野党の社会党が憲法を武器にして与党自民党を攻撃すると言うパターンに終始してきました。馴れ合いとスキャンダルの歴史だった。この結果、自衛隊は警察予備隊のままの存在として今日に至ってしまったんです。
  最大の事件は、昭和四十年の「三矢事件」でした。当時の陸・海・空の幕僚が参加して、非常事態において国と自衛隊がとるべき措置の研究が行われた。「昭和三十八年度統合防衛図上演習」だ。これは陸・海・空の統合戦力の研究ということで三矢研究と呼ばれていました。
  この三矢研究を、当時の社会党が密かに入手して爆弾質問で佐藤内閣を攻撃した。その結果、政府は「三矢研究の文章は公式に決定したものではない」と答弁し、結局三矢研究は破棄されてしまった。
  この「三矢事件」以降、わが国では非常事態に、政府・自衛隊はどういう措置を取るべきかと言う研究は完全に封じ込められてしまった。日頃、学校でも病院でも避難訓練をしているが、わが国では避難訓練自体が禁じられたようなものです。
  その後、昭和五十一年には「ミグ25事件」があり、その二年後には「栗栖事件」がありました。栗栖弘臣統幕議長は、「わが国に有事法制がないから、いざという時には超法規的に行動せざるを得ない」と発言しました。例によって社会党が騒ぎ、金丸信防衛庁長官は栗栖統幕議長を解任して、せっかくの問題提起を自社馴れ合いで封殺してしまった。こうして、国防・危機管理の問題はまともに論議されないまま今日に至っているのです。今も旧社会党の流れを汲む野党は、有職故実よろしく、三十年以上も前の三矢事件当時の政府答弁を引き合いに出して政府を追及し、一方の政府はこれまた有職故実の塊である官僚に答弁を任して、政治的な決断を避けています。実に嘆かわしい限りです。政府は今こそ日本が直面している状況を真剣に受け止めて、毅然とした見解を明らかにすべきですね。
―――このままの状態では、わが国は非常事態に直面して、実際に犠牲者を出さない限り、まともな国防体制を樹立できないのではないでしょうか。
西村 平成七年、阪神大震災の際には、六千人以上の犠牲者を出しました。この時は人命を救助するため自衛隊が直ちに出動すべきでしたが、結局は出動の時期を逸し犠牲者をいたずらに増やしてしまいました。緊急を要する場合は、自衛隊法八三条二項但し書きを適用すれば、知事の要請がなくても自衛隊は直ちに出動できたのだ。しかし、この四年前の経験は全く生かされていない。民主党の菅直人党首や鳩山由紀夫副代表らは、「二、三発のミサイルが日本に打ち込まれた時に初めて相手国の基地に攻撃できる」と発言しています。彼らは国民に多数の犠牲者が出ない限り、日本は攻撃してはならないと無責任な発言を繰り返しています。これは北朝鮮による日本人拉致事件に対しても同様です。
  こうした考えは野党の菅代表だけではない。「国民より市民を大切にしたい」と言っている自民党の加藤紘一前幹事長ら与党幹部も、国民が死んでも拉致されても知らんぷり。こうした考えの政治家が与党の幹部でいる限り、根本的な変革はできません。国民の生命が危険に晒されれば、それが譬え一人であっても、その危険を排除するのが国家というものです。米国なら、過去の例からも分かるように、戦争に訴えてでも国民の生命を守るはずです。今回のコソボ紛争で米国の偵察機が撃墜されましたが、大統領は国家の威信をかけてパイロットの救出を命じた。これが普通の国家の在り方というものです。
時代の空気に迎合するマスコミを糾弾する
―――日本が滅亡してからでは遅すぎる。日本の対応は全ての面でツー・レイトです。どうすれば、日本の現状を変革できるのでしょうか。
西村 まず、自衛隊を軍隊であると明確に位置付け、統幕機能を強化することが必要です。 究極的には、「集団的自衛権は有するが、行使できない」という従来の政府解釈を変更させること、つまりまともな国家にするということです。これは内閣総理大臣が決断さえすればできます。その際、マスコミや野党は厳しく批判するでしょうが、政府はこれに堂々と立ち向かわねばならない。政府は国民に本音で訴え、それに反対する国会議員やマスコミと敢然と戦わなければならない。
  戦後のわが国は、言わば酒に酔って頭脳が麻酔し、正常な思考ができなくなっています。酒に酔っている人間に限って、自分は正常だと思い込んでいる。今の日本はそうした状態です。今回の領海侵犯事件で自衛隊を動かしてはならないとか、周辺事態法を成立させてはならないと主張しているのは、言わば、酒に酔って頭脳が麻酔しているからです。今国会で議論になっている日の丸、君が代が国旗・国家ではないと言っている連中も本質的には同じです。彼らは共に、日の丸、君が代が侵略・軍国主義の象徴であると考えている。彼らは酒に酔っているにも拘らず、自分たちは正常だと思い込んでいるのです。
―――こうした麻酔状態を作り出した責任はマスコミ、なかんずく新聞にあると思いますが、どうですか?
西村 戦前戦後を通じて、山本七平氏の言う「空気」に支配されているのがマスコミだと、私は思います。   戦前戦後を通じて、新聞は常に時代の空気に迎合してきました。戦後は社会党や共産党などを中心とした野党勢力に迎合し続けてきたのがマスコミです。実は、戦前は軍国主義という時代の空気を排除するところに、国家復元の起点があったはずです。戦後は、念仏を唱えてさえいれば平和が訪れるという、マスコミの作り出した空気に毅然と反論することに、国家復元の起点があります。
―――しかし、政治家にとって新聞マスコミを敵に回すということは、政治生命を失うことになりかねない。新聞マスコミに立ち向かうことは大変難儀な仕事ですよ。
西村 ええ、その通りです。戦後の政党政治家・斉藤隆夫は昭和十五年に日中戦争処理政策を糾問する演説を行ない、反軍演説として軍部から反発を受けました。新聞が斉藤を袋叩きにしたことは、当時の新聞の縮刷版を見れば一目瞭然です。結局、斉藤は賛成多数で衆議院議員を除名された。しかし、次の総選挙で、選挙民は最高点で斉藤を当選させた。
  つまり、空気に支配されているのは議員と新聞マスコミであって、国民は戦前戦後を通じて健全な判断をしてきたのです。しかし、今のような状態が続けば、議会とマスコミが日本を破滅に導く可能性があります。二年前、私が尖閣半島の魚釣島に上陸した当時、マスコミは私を軍国主義者呼ばわりし、同僚の議員からも十分に理解されない状況でした。最近になって、若干変化しているようですが。
憲法の改正こそ、国家再生の第一歩
―――こうした危機的状況を生んだ根本的な原因は、日本国憲法にあると思いますが。
西村 危機を考えなければ、危機は起こらないという異常な精神風土を作り出したのは、マッカーサーの占領法規である日本国憲法だ。日本は戦後、この占領法規を構成を大事に遵守してきた。わが国の本当の危機とは、「危機のことを考えず、起こるはずはないと思い込んでいる日々の日常それ自体が危機」なのです。占領法規である日本国憲法を後生大事に守る「護憲」とは、まさに日本のこの「死に至る病」を土壌として培養されてきました。戦後日本は一貫して米国の庇護の下にあって、金儲けに専念してきた。バブル絶頂の時には吉田茂流の商人国家論がもてはやされました。経済は株の動きと同じで、常に変動がある。経済がたとえ三流になっても、経済的に破綻しても、それで国が滅びるものではありません。しかし、一旦国家が崩壊すれば、その回復は不可能で、日本民族は消えてしまいます。この憲法を戴いている限り、日本は亡国への道を歩まざるを得ません。
  しかし、もう「さらば吉田茂!」の時なのだ。わが国がまともな国家として再生するためには日本国憲法法を変えなければなりません。 その第一歩は、まず憲法解釈を変えることです。日本は集団的自衛権を保有しているのですから、集団自衛権を行使できるよう、政府は勇気を持って憲法解釈の変更をすべきです。 戦後半世紀の間、日本の政治家やマスコミ、知識人は自国に誇りをもてず、むしろ自国の歴史を否定し、日本を貶めてきました。
  しかし、今こそ我々の世代が、日本を再生させる第一歩を踏み出さなければならない。それが我々世代の歴史的使命なのです。
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