歴史の教訓からみた六カ国協議
No.274 平成19年 2月24日(土)
再び、六カ国協議について考えたい。先ず、昨年秋の北朝鮮の核実験までの六カ国協議を前期とし、以後を後期とする。
後期は何故必要となったのか。前期が失敗したからでる。
前期は何故失敗したのか。金正日体制と協議したからである。
そこで、北朝鮮の非核化のためという六カ国協議の「建前」から離れて、それが果たしてきた現実の「機能」に着目すればどう見えるのか。
明らかに、六カ国協議は、建前と反対のことを実現してきたということになる。即ち、北朝鮮に核開発の時間を与え、物資まで提供してきたのである。
北朝鮮の側から、十数年前の米朝合意を含めて前期を把握すれば、このプロセスは明らかに核開発の時間を稼ぎながら日本とアメリカから物資をせしめる絶好の隠れ蓑であった。さらに、金正日にとって、ありがたいのは、この国際協議は金体制と協議することによって金体制を守ってくれるのである。
斯くして、北朝鮮は核保有宣言に至り、六カ国協議の後期が始まったという次第である。
では、この協議の後期はどうなるのか。協議の建前通り、北朝鮮は、斯くの如くして保有に至った核を放棄するのか。
別に最悪の事態を想定するべきであると言わなくとも、前期のプロセスに鑑みれば、答は明らかであろう。
即ち、後期の果たす現実の「機能」は、さらに深刻である。
既に核を保有した金正日体制に物資を渡すということになる。
ここに於いて、つくづく思う。歴史は教訓としてあるが、人はまさに、同じ罠に落ちると。
ヒットラーとのミュンヘンの宥和、スターリンとのヤルタ密約、これらの独裁者との宥和が如何なる人類への惨害を育てたのか、イヤというほど見せつけられたはずなのに。これらは結局、今示された危険を回避するために、より大きな危険を育てた歴史である。
ところで、さらに思い起こすべき教訓がある。しかもこの時、我が国は、当事者であった。
それは、一九二一年の四カ国条約とそれに続く九カ国条約、つまりワシントン会議である。
この会議の建前は海軍力の軍縮と太平洋の平和である。しかし、本音は日英同盟の破棄と主力艦保有比率における日本劣位の固定であった。さらに我が国は、これに続くロンドン海軍軍縮会議に於いて、補助艦の保有比率も劣位に固定された。
ここに於いて我が国代表は、アメリカ代表から、
「敵が自分よりも優勢なる艦隊を建造するまで、自分の手を縛られるような条約に調印した」と大いに評価され誉められたという。
私には、この度の六カ国協議と、ワシントン及びロンドンの軍縮会議がダブってくるのである。
(この運命のワシントン、ロンドン軍縮会議の詳細を調べたわけではないという前提で以下申し上げる)
この両軍縮会議の建前は、軍縮・平和である。我が国政府は、軍縮の名の下に、アメリカとイギリスが確実に優位になる条約を受け入れた。当然我が国内に強い反発があった。
何故、我が国政府は、アメリカ代表が褒めちぎるように、この条約を受け入れたのであろうか。
思うに、この条約に調印しなければ「国際的に孤立する」という強い圧力があったからであろう。
しかし、現実の流れは、この条約に調印することによって、我が国はイギリスという同盟国を失い、国際的に孤立への道に踏み出すことになった。そして、軍縮と平和を謳ったこの条約から二〇年後にかつての同盟国及びアメリカと戦うことになったのである。平成になってから既に十九年であることを考えれば、二十年はあっという間である。
そこで、何故私の中で、六カ国協議とワシントン、ロンドン軍縮会議がダブるのかといえば、おおざっぱにいって、
その第一は、多国間協議が平和を確保するという建前を前提にしている点。
第二は、「敵が優勢になるまで我が国の手が縛られる」という機能があるのではないかという点。
第三は、参加しなければ「国際的に孤立する」と盛んに言われる点。
が思い浮かぶ。
第一の点は、日米中関係が、正三角形であるべきだなどという見解を生み出す基盤である。また、安易に神聖ローマ帝国という歴史的基盤を持つヨーロッパのEUとアジアを同一に論じてしまう非現実的な議論を生み出している。
しかし私は、東アジアにおいては日米同盟が平和維持の基盤であると認識している。特に東アジアにおいては、多国間関係の発展が二国間同盟を不要にすると考えてはならない。
ワシントン、ロンドン会議の主催国は、アメリカ。
アメリカは、太平洋の覇権を確保するための障害である日英同盟の破棄を実現するためにこの会議をしくんだ。
六カ国協議の主催国は、中国。「軍縮と平和」が主催国の目的と思われるのか。今、西太平洋の覇権を目指して急速に軍備を拡張しているのは中国で、この中華帝国主義の最大の障害が、日米同盟である。
第二の点であるが、六カ国協議の建前ではなく、作用に着目すれば、まさにアメリカ代表が八〇年前に我が国について語った通りではないか。
そもそも、我が国以外の五カ国は、すべて我が国が弱体のままで固定され金だけ出す状態であり続けることを密かに公然と望んでいる。
次の第三の点であるが、「国際的に孤立する」といって行き先の分からないバスに乗ればかえって孤立して破滅する。しかし拉致被害者全員救出の原則を掲げる我が国は、孤立することはない。道義は我が国にある。孤立を恐れて「国家の品格」をドブに捨ててはならない。
バスの真の行き先は「軍縮」や「非核化」ではない。非核化を目指した会議が、核保有の後も続いているということは何を意味しているのか。
以上を述べた上で、最大の歴史の教訓を指摘したい。これは自明のことであるが。
「我が国家は、自らを守る力を確保しなければならない。」
今こそ、毛沢東に学ぶときである。
(毛沢東は、朝鮮戦争において核保有国アメリカに直面して現在の中共の路線を決断する)
多国間協議に一喜一憂して、国家は自らを守らなければ国家たりえないというこの根本を見つめることがなければ、我が国は早晩、存亡の危機に投げ込まれる。
本年、まさに、歴史・文化・教育、政治・軍事を含めた総体としての国家再興への出発の時である。
この歴史的転換点に生まれあわしていることを喜び名誉と実感しようではないか。
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