八月が過ぎてゆくときに感じたこと
No.239 平成18年 8月31日(木)
やはり、日本人にとって八月は、慰霊の月であるとともに一種言い難い痛恨の思いをもつ月であろうか。
その訳は、昔からのお盆の風習であるご先祖の精霊を迎えそして送る行事に、生々しい昭和の戦争と敗戦によるおびただしい戦没者の追悼の思いが重なるからであろう。
そして、この八月が、今過ぎてゆく。朝夕も気がつけば涼しい風が吹いている。
そこで、次の通り、この八月に感じたことを述べておきたい。
1、我が国にあるのは、今もなお占領軍の検閲下にあるマスコミだった。
昭和二十年九月に進駐した占領軍は、マスコミをはじめとする我が国の言論を検閲し統制したうえで、大東亜戦争という我が国の正式呼称を禁じて太平洋戦争という呼称を強制し、日本は悪い国であったという放送を執拗に国民に流して、A級、B級、C級という「戦犯」を千名以上処刑したうえで、憲法という国家の基本法を「日本国民の総意」として我が国に押しつけた。
そして、それから六十一年後の本年八月にも、我が国のマスコミを中心とする言論界では、太平洋戦争という呼称を使い、A、B、C、という戦犯が存在するという前提で議論がなされ、憲法が日本人が起案したという虚偽を決して疑おうとはしていない。
しかし、我が国は、太平洋だけで戦ったのではなく、西はインド洋インド亜大陸から東はニューギニアまでの広大なアジアつまり大東亜で欧米と戦ったのである。従って、我が国の正式名称である大東亜戦争がこの実態に即している。
また、我が国の法制には、AとかBとかCとかの「戦犯」は存在しない。これは、占領解除直後に我が国国会で確認したことである。
にもかかわらず、A級戦犯が存在して靖国神社に合祀されているから参拝するなという議論が、我が国が悪いことをしたという前提で延々となされるのが八月である。
従って、我が国はまだ、真の独立国ではなく、GHQの言論統制下にある精神的・イデオロギー的非独立国家である。
総理大臣の八月十五日の靖国神社参拝があれほど騒がれるのも奇妙な話ではないか。
さらにいうならば、総理大臣は内閣の首長である。その首長たる総理大臣が靖国神社に参拝するならば、総理大臣に任命された全閣僚がともに参拝するのが「内閣」の姿であろう。少なくとも、総理大臣の直近の補佐役である内閣官房長官が総理とともに参拝するべきなのである。
しかし、官房長官は総理とともに参拝していない。このことに違和感がなく、反対に総理の参拝が特別視されるのは、やはり、未だ占領下にあるからだろう。
結局、マッカーサー指揮下のGHQの巧妙なる言論統制による日本の「骨抜き戦略・弱体化戦略」は未だこの八月にも生きていた。
2,日本とアメリカと中国とが正三角形の関係だと!
八月十五日を迎える前に、中国北京に選別されて伺候した我が国の政治家達は、いわゆる日米中正三角形論者であろう。
この日米中正三角形論!
これこそ、国策を誤る最たる論である。そして、この論者に限って、戦前の指導者をなじって国策を誤ったと非難するのである。だが、その資格はない。
北京に聞こえるように我が国の戦前の国策をなじることによって、軍国主義日本と戦った「正義の味方」という今や唯一の存在理由にしがみつく中国共産党に媚びようとする気持ちは分かる。しかし、彼らは、中国共産党に媚びる者ではあっても、既に我が国の政治家ではない。
中国大陸にある共産党独裁国家にして自国民を八千万人近く殺戮し、今も絶望的内部矛盾を隠蔽しながら人民を苦しめている体制こそ二十世紀が作り出した人類史上最悪の惨害なのだ。この体制とアメリカとを等距離に位置づけて、どうして我が国の安泰を保持できるというのか。
マッカーサーは、戦後、朝鮮半島で中国共産党軍と戦ってから更迭された。そして彼は、戦前に日本が共産主義の脅威と戦っていたことが理解できずに、支援すべきでない共産党を支援したことを悔いたのである。
ところで、この八月。日米中正三角形論が如何に馬鹿者の論かを国民に示す本が現れた。
それは、元上海総領事であった杉本信行氏が遺してくれた
「大地の咆哮」(PHP)という書である。
今までにも、平松茂雄先生の一貫した中国軍事研究が公表され、本年にも同氏の大衆向けの「中国、核ミサイルの標的」(角川書店)などが発売されている。さらにこの八月、現職のキャリア外交官が著した「大地の咆哮」が加わったことは、中国大陸と中国共産党の本質を我が国国民が知る大きな出来事であった。
外務省内には、「いらんことをしてくれた」と愚痴るやからや眉をしかめるやからがいるかもしれないが、「大地の咆哮」こそは、よくぞ遺してくれた書碑である。外務省には、誇りある外交官達がいると思うが、国家のために彼に続いて欲しい。
謹んで、この八月に帰天された杉本信行さんのご冥福を祈る。彼とは、同じ時期に京都大学に学んだ。
以上、八月が過ぎてゆくにあたり、八月に思ったことを羅列してみた。止めどもなくなるのでここでキーボードを打つのを止めようと思う(以前は筆を擱くといった)。しかし、次のことだけコメントしておきたい。
それは、大阪拘置所のことである。
大阪拘置所の一職員が、収容されていた特定の人物に便宜を図った見返りに旅行代や乗用車を貰った贈収賄事件がこのところ報道されている。そこで、昨年十二月の同時期に、大阪拘置所にいた者として次のことをコメントしなければならないと思う。
それは、この一人の職員の不祥事を以て、決して全体を評価してはならないということである。
大阪拘置所は、古くなった建物で決して勤務環境は良好ではない(収容環境も)。しかし、その中にあって規律を守り黙々と誠心誠意職責を尽くす職員によって施設は運営されている。そして、このような職員のもとで、私は昨年末の寒い時期に一ヶ月過ごさせて頂いた。
ドフトエフスキーであったかソルジェニーティンであったか忘れたが、「一つの民族の本質を知ろうと思えば、その民族の運営する牢獄に入ればいい」と言った作家がいた。彼らは皆、獄につながれた経験があった。
私は、この言葉を思い起こしながら大阪拘置所にいた。その間、拘置所を観察した。そして、日本民族であることに誇りを感じたのだった。
何故なら、大阪拘置所が、規律をもって厳格にかつ誠実さがにじみ出た人々によって運営されていたからである。
「これが我が国の拘置所か、この方達がこの拘置所を運営しているのか、ドストエフスキーがいうとおり、牢獄が民族の本質を現しているとするならば、やはり我が民族はすばらしい」、私はこう思いながら昨年の十二月を過ごしたのだった。
よって、不祥事の報道の中で現在も黙々と地味な、まことに地味な職務を続ける大阪拘置所の皆さんに申したい。
「自信を持っていつも通りがんばって頂きたい。皆さんは、日本民族の誠実さの証である。また、私が一番孤独でつらいときにお世話になった。ありがとう。」
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