「歴史」で包囲されている国際政治の現実

No.218 平成18年 2月15日(水)

 先の2月3日の時事通信で、我が国の底流にあるのは「歴史」という課題であると書いた。
 我が国の現在の風潮は、この課題に対して正面を向かずに目を背けているのであるが、これが実は、具体的な国民の命に関わっているということを、この度の北京における日朝会談を取り上げて再度述べたい。歴史とは、国家国民の誇りと生き甲斐に関わる問題であると共に、命に関わる問題なのである。
 
 ところで、歴史が我が国の国家的課題の「底流」にあるとするならば、表層にはなにがあるのだろうか。それは、「戦後の」という形容詞を頭にかぶせた風潮であろう。そして、我が国政治は、この表層の風潮に流されて、根底にある課題から目を逸らしているのだ。
 5ヶ月前の総選挙では総理も官も民もこぞって称賛したマネーゲームの若き「英雄」は、歴史とか国家とかとは無縁の表層の「現象」であった。そして、政治は、つい先日までこの現象に幻惑されていたわけだ(但し、今一度、この時事通信における昨年8月25日付けと29日付けの総選挙中の私の見解表明を読んで頂きたい)。

 さて、この度の日朝協議において北朝鮮は何を言ったか。
彼らは、日本側の日本人拉致被害者解放要求に対して、
「日本こそ800万人以上の朝鮮人を拉致(強制連行)したままである、責任をとれ、金を払え」と言ったのだ。
 それに対して、日本側は何と言ったか。
 「数字がでたらめである」と反論した。

 ということは、日本側は800万人以上を拉致したという北朝鮮の荒唐無稽な無茶苦茶な言いがかりに対して、800万人以上という数は「多すぎる」と言ったに過ぎず、拉致(強制連行)があったとする相手の言い分を否定してはいないのである。
 昨年の国連総会においても北朝鮮代表は「日本による朝鮮人800万人の拉致」を言い放ったが、日本の国連代表は、800万という数字がでたらめと反論したに過ぎない。北京でも、これと同じであった。
 
 何故、日本側は、朝鮮人拉致という事実に反する相手の主張に対して、その事実が「ない」と明確に反論しないのか、できないのか。この度の北京や国連に代表を送り込む外務省に問題があるのか。

 結論は簡単だ。外務省に問題があるのではない。
 元凶は政治にある。
即ち、日本帝国による従軍慰安婦や朝鮮人の強制連行があったとする河野官房長官談話(平成4年)や村山富市総理大臣談話(平成7年)を政治が放置している以上、外務省は「数字がでたらめ」という反論以外はできないではないか。
 実に、日本の政治が歴史に直面して堂々と述べないことが、拉致被害者救出の大きな障害になっているのだ。このことを我々は確認すべきだ。そうすれば、我々が作り上げるべき国民を救うことが出来る政治とは如何なる政治であるかが明確になる。

 次に、北朝鮮が日本に投げかけてきた「歴史認識」は、北朝鮮だけのものではないということを知るべきである。北朝鮮は周辺諸国が我が国に対してもっている歴史認識を借用して拉致問題への反論に使っている。
 では、その周辺諸国とはどこか。
 それは、中国と韓国を筆頭に揚げてもよいが、実は同盟国のアメリカがもっている歴史認識が一番手強い。
 
 アメリカのブッシュ大統領は、昨年の5月と8月に、それぞれ対独戦争勝利60年と対日戦争勝利60年の記念演説をした。
 対独戦争勝利60年では、フランクリン・ルーズベルト大統領とスターリンのヤルタ密約を、チェコをヒトラーに売り渡したミュンヘンの宥和やポーランドを分割した独ソのモロトフ・リッペントロップ協定などの不正な否定すべき取引と同じものであると明言した。
 ヤルタ密約は、ソビエトの対日参戦と樺太・千島などの北方領土のソビエト占領を認めたのであるから、ブッシュ大統領のヤルタ密約否定の演説はアジアに波及すれば我が国のチャンスであると、私は気が晴れる思いがしたものである。しかし、5月のブッシュ演説は、アジアの見直しには触れていなかった。もちろん、同じ時にモスクワにいた小泉総理が、ブッシュ大統領の歴史認識に反応した形跡はない。
 
 次に8月の対日戦争勝利60年におけるブッシュ大統領の演説は、現在の日本を民主主義の友邦と讃えたが、戦前の日本はイラクのフセイン体制よりひどい専制的なファシストの軍国主義の国であって、このファシストの軍国主義の国である日本を打ち破って現在の民主主義の友邦である日本を誕生させたアメリカ人は偉いとアメリカ人らしく無邪気に自画自賛するものである。
 
 そして、このアメリカのブッシュ大統領の歴史認識と、中国や韓国そして北朝鮮の、日本は悪いことをした軍国主義者の国であるという歴史認識は、何ら矛盾しないではないか。
 事実、福井県立大学教授の畏友島田洋一氏の「正論」などに昨年掲載された論文に学べば、現在のアメリカで拉致された日本人救出に最も理解を示している政府要人も、日本軍による朝鮮人女性の慰安婦としての20万人の強制連行と殺害を「事実である」と信じているという。

 驚くべきことに、我が国政治が歴史問題を見つめることを回避して反論もしてこなかった不作為が、今やアメリカ、中国、韓国、北朝鮮の我が国に対する歴史認識の一致をもたらしているのである。この我が国の不作為の間に、これらの国が行ってきた反日プロパガンダが功を奏して我が国を既に包囲しているといえるのだ。
 平成4年の官房長官談話や平成7年の総理大臣談話を放置して、歴史の「事実」に関して明確な反論をしてこなかった政治が、如何なる結果をもたらしているか、日本国民一人一人が、今こそ眼を見開いて認識すべきである。
 政治には、国益を確保するという使命感と国民を救うという人倫の基本にある良心がなければならない。
 今も続く今までの政治は、歴史に目を閉ざし、また、歴史を政争の具に使うことによって、この根本的な問題に目を閉じてきた。歴史的背信といえる。
 
 日朝協議の行き詰まりと拉致被害者救出の遅れは、北朝鮮側に問題があるように報道されているが、最大の問題は、我が国政治の中にある。
 2月13日(月)に、被害者家族、救う会役員そして外務省の参加した拉致議連の総会を経て、改めて以上の通り判断した次第である。


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