歴史を離れて国は存続しない
No.217 平成18年 2月 3日(金)
平成に入ってから、政治を含む日本社会の底に流れているものは、実は「歴史」であると感じる。
昭和天皇が崩御された後のことを振り返っても、従軍慰安婦問題、戦後50年謝罪決議問題、靖国神社問題、歴史教科書問題、等が個別的問題として繰り返し浮上してきて今も続いている。
この個別的課題を束ねるものは、「歴史」である。
結局、日本人が日本の歴史を如何に把握するのか、そもそも日本人自身が自らの歴史観を築くことが許されるのか、許されないのか、という深刻な課題が常に日本社会の底辺に存在しているのが平成である。
そして、これは結局、我が国は平成になってから、知らず知らずのうちに「文化的内戦状態」に嵌り込んでいると言うことに他ならないのではないか。実は深刻な危機である。
さらに、もっとはっきり言うならば、19世紀的戦争が、形を変えて現在の我が国を取り巻いて続いているともいえるのである。
何故なら、戦争は、19世紀以来「手段を替えた政治」として、相手民族を滅ぼす為に行われ、民族を滅ぼすにはその歴史を奪えばよく、日本の内外で相呼応して日本人に日本人の歴史観を許さないという動きが強力になっているということは、日本殲滅という目標を掲げた「手段を替えた政治」はその最終段階に入っているとみて良いからである。
このような国家民族の存立という極めて深刻な意味で、
「歴史」という課題は平成の日本社会の底流にあるといえる。
しからば、一見個別的課題に見えたとしても、その課題がいやしくも歴史認識に関わるものであるならば、政治は「民族の歴史」を確保する、即ち、「民族存立」の為という問題意識をもって対処しなければならないのである。
しかしながら、平成の政治は、この観点を放棄して個別的にその場その場で平穏を得ようとして器用に対処してきただけであった。
そして、この惰性の果てに、平成18年に至ってきた。
本年、「歴史を離れて国は存続しない」という意味での中枢部分に我が国政治の惰性は夢遊病のように踏み込んできているのである。
即ち、皇室典範改正問題である。
しかり、まさに今の政治の惰性は夢遊病の如くである。
ところで、勿論のことであるが、
我が国独自の歴史と伝統は「構造改革」の対象ではない。
では、歴史と伝統は如何なるものなのか。
それは、見つけ出すものである。
優れた彫刻家は、石や木から像を造り出すのではなく、その石や木のなかに既にある像を見つけ出し掘り出すのだという。
それと同じである。
我が国の歴史と伝統は、戦後永きにわたってそれを覆う曇りや塵や土を丁寧に払いのけて見つけ出し掘り出すべき対象であって、
有識者が「創り出す」対象ではない。
優れた彫刻家が、石や木の中に既にある像を見つけ出すことが真の創造であり、そこに名作が生まれるように、歴史と伝統も既にあり畏敬の念をもって見つけ出すときに、民族の未来へのエネルギーと創造性が開花するのである。
そして、我が国こそ、畏敬の念をもって見つけ出すに相応しい世界で二つと無い歴史と伝統を秘めた国家であり民族であると私は思う。そして、その尊い中枢が天皇なのだ。
繰り返すが、畏敬の念をもって見つけ出そうとするときに未来が開け、反対にこれを創り出そうとする行為からは破壊しか起こらない。これが「歴史と伝統」の本質である。
かつて、皇位を狙う道鏡に対して和気清麻呂が示した神託は、既にある尊い「歴史と伝統」の提示であって、決して創造ではない。平成の御代においても、この和気清麻呂と同じこと、即ち、歴史と伝統を我々の手で見つけ出す作業をすればすむことである。この作業こそが未来を開くのである。歴史と伝統から離れて我が国の未来はない。
その意味で、歴史と伝統を重んじようとしない有識者会議の結論に従って皇室典範を改正しようとする今の内閣の動きは、我が国の歴史と伝統を破壊し、日本を日本で無くす動きであると断定できる。
最後に、この度の皇室典範改正がにわかに浮上してきたことと似たような軽薄な弾みで破壊された、取り返しがつかないものがあったことを指摘しておきたい。これも、歴史と伝統に畏敬の念を失った「タリバン」のような改革論者がしたことである。
3年前の今頃、私は皇后陛下のお生まれになりご婚礼の為に旅立たれた五反田の旧正田邸を破壊から守るために、その前に立っていた。
その時、正田邸は国有財産であったから、管理する財務省は正田邸は無価値であるから解体して敷地を更地にすれば高く売れると、まるで「ホリエモン」のような結論を出して解体しようとしていたのである。小泉内閣の初期の頃であった。
問題は、正田邸は無価値ではなかった、すばらしく価値があったということなのだ。ただ、小泉内閣がその価値が分からなかっただけである。即ち、小泉内閣に歴史への畏敬の念はなかったのだ。
しかし、泣く子と○○には勝てない。正田邸は破壊された。そして、かけがえのない懐かしい昭和の歴史を刻んだ価値あるものがなくなってしまった。空虚な空間だけが残った。そして、誰も責任をとらない。価値を理解せずに価値あるものを破壊する。これ蛮行である。
私は、本年に入って皇室典範改正を内閣が言い出したときに、この正田邸解体のタリバン的蛮行のいきさつを思い出したのだ。
同じ内閣が、歴史を顧みない同じような浅はかさで、極めて重要な我が国の歴史と伝統の中枢部をたぶん無意識のうちに解体しに来ているのである。取り返しのつかないことが為されようとしている。
このような時に、衆議院に議席を与えられているということは、歴史と伝統の中枢を守るという任務を与えられているということである。
正田邸解体に関しては、本時事通信のバックナンバーにある次の3つの記事を参照して頂きたい。
88号「旧正田邸は保存すべきだ」平成15年1月18日
89号「役人による恣意的な皇室の政治利用…」同年1月22日
99号「バーミヤン石仏破壊と同じ蛮行」同年3月27日
以上、平成18年2月3日記。
なお、9年前、即ち平成9年2月3日に、私は天の配剤により衆議院予算委員会で、横田めぐみさん拉致問題を質問することができた。
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