「西郷南洲遺訓」という小冊子は、薩摩が生んだ維新の元勲である西郷隆盛の言行を記述したものである。この冊子を編纂したのは薩摩人ではなく庄内藩士である。 庄内藩は、今の山形県鶴岡市あたりの藩で、維新に際しては西郷率いる「官軍」と戦った奥羽越列藩同盟の一員であった。この戊辰の役に敗れた庄内藩に対して官軍により寛大な処置がなされたが、それが西郷の指示によるものであったことを知るや、庄内藩主自らが藩士を西郷のもとに赴かせて学ばせたのである。その時、庄内藩士たちが書き留めた西郷の言行が今の「遺訓」である。
明治二十二年の帝国憲法発布に際し、西南の役における西郷の賊軍の汚名は除かれ、正三位が追贈された。この措置を受けて、旧庄内藩士たちは、西郷の言行を世に出すときと思い、各人が書き留めた西郷の言行を編纂し、翌年一月冊子を完成して六名の旧藩士達が全国を行脚して地方の心ある人士に配布した。これが、今に伝わる西郷南洲の「遺訓」である。 私は、岩波文庫の「西郷南洲遺訓」と財団法人庄内南洲会の「南洲翁遺訓」を持つ。 まことに、この「遺訓」は、西郷という人物の人柄と深さと魅力がなければ今に伝わることはなかったであろう。 一体、西郷は、どういう人物であったのだろうか。 豊前中津の藩士増田栄太郎は城山陥落の直前に次のように言った。彼は藩士六十三名を率いて薩摩軍に加わって戦ってきた。そして、他の藩士に城山から脱出して郷里に帰れと勧めた。しかし、自分は城山に残ると決めて次にように言った。 「吾此処に来りて始めて親しく西郷先生に接することを得たり。一日先生に接すれば一日の愛生ず。三日先生に接すれば三日の愛生ず。親愛日に加わり去るべくもあらず。今は善も悪も死生を共にせんのみ」 このような魅力を湛えた人物像を現在において描けといわれても、茫漠として思うこともできない。ただ、勝海舟が「亡友南洲翁」と詠じた詩の末尾にある、「唯精霊の在る有り、千載に知己を存す」が予言として極めて適切だったと思うのみである。
さて、「遺訓」を熟読しているわけではないが、昨今の政治情勢の中にいて、いつも思い起こすのは西郷南洲遺訓である。勝海舟が言うように南洲の「精霊」はある。そして語りかけてくれる。 今朝は、次の二つ。 「政の大体は、文を興し、武を振ひ、農を励ますの三つにあり。其の他百一般の事務は皆この三つの物を助くるの具也。」 「事大小となく、正道を踏み至誠を推し、一時の詐謀を用ふべからず。人多くは事の差し支える時に臨み、作略を用いて一旦その差し支えを通せば・・・事必ず敗るるものぞ・・・」
まず、今に極まっている戦後政治の内実は、文と武を放棄しているに等しい。これでどうして国家が成り立つのであろうか。 与野党はこぞって「村山富一談話」を信奉して振りかざし、「日本は良い国だ」と言った田母神航空幕僚長を解任して、国民は「日本は侵略国で悪いことをした国だ」と思わねばならないとしている。これでどうして、文を興し武を振るうことができるのか。 子供たちに、「生まれてきた日本という国は、悪い国だ」と教えていて、教育が荒廃するのは当たり前ではないか。荒廃するなと言うほうがおかしい。 また、わが国の政治家が国家のことは頭になく、今のように政争に明け暮れ選挙でいかにすれば有利になるかだけを考えているとき、中国は着々と東シナ海尖閣諸島周辺海域と西太平洋のl沖の鳥島周辺海域を「中国の海」にすべく、海軍艦艇を出動させている。 また、ロシアは不法占拠する北方領土を返すそぶりも見せずにサミットに現れる。北朝鮮は、拉致した日本人を解放しようともしない。両者ともそれで大丈夫だと思っている。なぜか、領土を奪われても、国民を拉致されても、わが国の国政は反応していないことを知っているからである。 また、西郷翁と同じ時期を生き同じ頃に死んだ備中松山藩の財政家である山田方谷先生は、財政を立て直そうと思えば、まず、文を興し武を振るえと西郷と同じように教え、その通り実践して藩財政を立て直した。 経済再興において、文を興し武を振るうこと、これこそ、最も現在日本にふさわしい方策ではないか。現在のわが国も、このことなくしては、経済(農)を励ますこともできない。経済は、文と武の興隆の上に成り立つものだからである。 経済活動の前提であるシーレーンをまもり領海および排他的経済水域を守るために、また核とミサイルから国民の命を守るために、今こそ軍備の増強が必要である。そのためにも文を興さなければならないが、その文武両道を興し振るうためにこの夏しなければならないことがある。 これをすれば、文武両道の基盤は一挙に我が国の掌中にはいる。 すなわち、麻生内閣総理大臣の八月十五日の靖国神社参拝である。
次に、自民党内の麻生総裁更迭のための署名集めと提出のばか騒ぎが連日テレビで放映された。三人の自民党幹事長経験者が署名集めをしたという。 こういう幹事長が歴代三人もいれば組織にガタがこないのがおかしい。彼らは、西郷翁が戒める「一時の詐謀を用い」ているのである。したがって「事必ず敗るる」のは当たり前である。 この三人の元幹事長の一人は、旧庄内藩領出身の者と思われる。庄内南洲会が泣いているのではないか。 このたびのばかばかしい詐術で、三人とも頭の中に国家がないことが明らかになった。小泉さんと同様、引退すべきである。ついでに、野党にいる自民党の元幹事長も引退すべきである。 もっとも、これらの者による署名活動が連日報道されること自体がおかしかった。マスコミが報道すべきことは他にある。 民主党が衆議院に内閣不信任案そして参議院には総理大臣問責決議案を提出したのは、「一時の詐謀」だということである。これは、正道ではなく至誠に基づくものではない。したがって、彼らはこれによって国会の審議を止め、北朝鮮の船舶臨検を定めた法案などの重要法案が廃案になることを当然としている。 マスコミは、この国益上の憂慮すべき事態をもたらして平然としている「元凶」を捉えるべきではないか。 これが、此処一年半にわたって選挙をせっつき、「自分たちの生活第一」を掲げて政権交代をあおり、国会の審議をサボタージュしていた正体である。 マスコミが事の実態を報道するという任務を遂行しなければ、選挙は詐術を用いるものに振り回されたポピュリズムの祭りになり民主主義は機能しない。
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