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眞悟の時事通信バックナンバー
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我が国の生命線と台湾
 二月三日夕方、東京の文京区民会館で、台湾を守ろうという国民集会が開かれた。講師として、中国軍事問題研究者で前杏林大学教授の平松茂雄先生と不肖私が呼ばれた。
 
 この集会のスローガンは、台湾を我が国の「生命線」と位置づけている。この生命線という言葉は、地政学を前提にした言葉であり、戦後は使われなくなった。
 その理由は、戦後は「国家戦略」を考えなくなったからである。それともう一つ、戦後は歴史を奪われたからである。
 国家戦略は、国家存立の条件を見つめることから出発するのであるが、戦後は、それをアメリカさんに頼って見つめてこなかった。さらに、戦前にはよく生命線という言葉が使われたが、その戦前は悪い時代とされたので、生命線という言葉も敬遠すべきものとなった。

 しかるに、この度の国民集会で、この「生命線」という言葉が使われたということは、何を意味するのか。
 これは、我が国内外の情勢が、従来の「戦後」を許さなくなったということである。
 つまり、中国の核ミサイル開発を中心とする急速な軍備増強と海洋進出、さらに北朝鮮のミサイル発射と核実験、また日本人拉致を目の当たりにして、意識するしないにかかわらず、国民が我が国家存立の条件を見つめ始めた。我々は、眠りから覚め始めたのだ。

 日米安保で思考停止することなく、我が国存立の条件を見つめるならば、我が国近現代の歴史は切断されることなく一貫して甦り、そこから死活的に重要な教訓を提示してくれる。
そして、「生命線」という言葉も、切実な具体性を以て甦る。
 石原完爾将軍は、東京裁判に証人として呼ばれるに際して、
「証人を呼ぶなら、ペリーから呼べ」と言ったが、まさに我が国近現代の歴史は、海から押し寄せる軍事的圧力のなかで如何にして国家の存立を確保するかという苦闘の歴史であった。
この歴史を知らずして、どうしてこれからも我が国家が安泰であろうか。
「歴史を知ろうとしない者は、同じ過ちを繰り返す」という言葉通り、我が国は今、同じ過ちの深淵に半分以上足を入れている。

 さて、台湾は何故我が国の「生命線」なのか。
それは、大陸の中共が台湾を併合すれば、我が国は中共の言いなりにならなければ海を通れなくなる、という単純な一事をもって明らかである。中共は、まさにその覇権を獲得するために核ミサイルを増強して海洋に出てきているのであるから。
 従って、この度の集会は、誇りある国家の国民であれば当然為すべきことであった。
 この度の集会の主宰者に、敬意を表する次第である。

 そこで、この集会で私がしゃべったことを中心にして、以下述べておきたい。

 中国というものは極めて多様であるが、その権力の本質は一貫して「謀略に長けた力の信奉者」である。
 私は、天安門事件以前に中国へ列車事故の調査に行った。そして、事故現場に線香を手向けに集まってくる貧しい本当に貧しい多くの素朴な民衆の示す善意と、彼らを虫のように追い払う私を尾行する尊大な警察官の姿が忘れられない。本当に中国は、とらえどころがないという思いがする。
 しかし、この中国の多様性に幻惑されて理解と同情に基づく「協調・友好路線」を採用して、相手の権力の本質を見失なえば、大きな落とし穴に嵌る。
 この落とし穴に、戦前に嵌り、また現在、再び嵌っているのが我が国の姿である。

 一九〇〇年の義和団事件においては、我が国は欧米諸国と協調して出兵して中国内の暴虐を鎮圧し安寧を回復した。
 しかし、一九二七年の蒋介石率いる北伐軍の南京市内突入と義和団事件に類する外国人殺害などの暴虐に際しては(これが本当の南京事件)、我が国は幣原外務大臣の対中協調外交により欧米諸国との協調行動を排除して無抵抗主義を貫いた。
 その結果、何が起こったか。
 中国人は、自衛のためには武力行使を躊躇しない欧米諸国民への攻撃を止めて、協調外交で無抵抗の日本を攻撃対象に絞ったのである。誠意と善意が通じる相手ではなかったのである。その結果、秩序が回復するどころか、反日暴力がますます盛んになり大陸出兵となり泥沼化して、これが我が国の最大の蹉跌となった。
 そのなかで、中国共産党は、反日を最大のスローガンにして日本軍と国民党軍の戦いを仕組み両者を疲弊させ、その後の国共内戦に漁夫の利を得て勝利し、権力を掌握するに至る。「政権は銃口から生まれる」という毛沢東戦略が的中した。
 従って、毛沢東は、共産党の最大の敵である国民党軍と闘ってくれた日本軍がいなければ政権を獲れなかったと感謝したのである。
(一九三七年七月七日に勃発した日華事変の真相を始めとする中国共産党の謀略は、これからますます明らかにしていかねばならない)。

 一九七二年、日中国交正常化。
以来、我が国と国民は、「日中友好」を疑わず、対中援助を続けてきた。特に、一九八九年の天安門事件による国際的対中制裁時には、我が国だけが欧米諸国と異なる対応をして、他に先駆けて巨額援助を再開していく。
 しかし、中国側では既に明らかなように、まさにその時から反日教育を強化し始め、二〇〇五年四月の全土における反日暴動に帰結する。その間、中国は我が国から援助を受けつつ核ミサイルを中心とする急速な軍備増強に励む。そして今や、アジアで隔絶した核大国として我が国周辺の海洋に乗り出して、重大な脅威となっている。
 この道のり、一九二七年の幣原協調外交の失敗のコピーではないか。

 さて、二〇世紀前半の中国大陸における内戦の当事者は、中国共産党と中国国民党であるが、困ったことに、この中国国民党が未だ台湾にいるのである。台湾国民党ではないのである。
 従って、中国共産党としては、武力で威嚇しながら中国国民党との和解すなわち「国共合作」を演出して台湾併合を目指すであろう。
 思えば、共産主義者・コミンテルンに懐に入られた孫文が選んだ第一次国共合作は一九二四年で、これが中国共産党の躍進の切っ掛けとなった。
 次に、日華事変が成功した直後の抗日統一戦線を掲げた第二次国共合作が一九三七年で、これが中国共産党の政権掌握の切っ掛けとなった。
 ともに中国の民衆とアジアに苛酷な運命をもたらした国共合作である。このこと、共産党の政権獲得からの中国民衆への弾圧と粛正の歴史を観れば明らかであろう。
 そして、第三次国共合作が○○年となるのか否か。仮にこれが実現すれば、確実に中国共産党の台湾併合とアジア制圧の切っ掛けとなる。

 二〇〇八年、台湾の総統つまり大統領の選挙がある。
そこで、国民党が勝利すれば、国共合作即台湾併合が具体化する。大陸からの武力への対処とともに、この謀略への対処も必要なのが現下の情勢である。
 この観点からみれば、安倍内閣に入ってからの首脳会談の応諾と日中雪解けの演出、本年春からの首相・主席の相次ぐ訪日は極めて要注意である。我が国と中国の蜜月の演出は、台湾に重大な心理的影響を与える。日本は中国に追随してしまった、台湾は孤立無援か、と。
 従って、安倍総理は従来通り、自然に靖国神社に参拝を続けねばならない。
 
 さらに、北京オリンピックも国共合作の道具として組み立てられているはずだ。何かの仕掛けが用意されているだろう。昔、ピンポン外交というのがあったように。
 また、マスコミでは、台湾の陳水扁総統周辺の腐敗報道が盛んであるが、このマスコミも大陸からの世論操作の道具とみてよい。何故なら台湾のマスコミは、ほとんど国民党寄り、つまり、大陸の影響下にあるからである。従って当然、マスコミは、大陸の共産党幹部の巨大な腐敗や国民党の腐敗は報道しない。腐敗は、中国的組織の「文化」なのに。
 このままでは、台湾は小さな腐敗に目くじらを立てて、どうしようもない絶望的な腐敗文化圏のブラックホールなかに飲み込まれかねない。角を矯めて牛を殺す、という諺があるが、操作された情報に踊らされておれば、中国の思う壺に堕ちる。そして、台湾二千二百万国民の悲劇が始まる。

 以上、本稿では現状を述べるに止め、対処方については改めて述べたい。それは、日本国再興の方策に他ならないからである。
平成
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