戦後の我が国には、国家の戦略がない。というより、国家戦略がたてられない体制が、戦後体制の特徴である。
では、我が国にどの戦略がないのかということになるが、この問いに対して、あの戦略がない、この戦略がないというように答え難い。そもそもすっぽりないのだから。
考えてみれば、戦略とは、個々のものではなく総括的包括的なものであるから、ないと思えばすっぽりないという気になるのは当然のことである。
しかし、国家に戦略がなければ、存続も危うい、というのが常識である。今までは、冷戦下の日米安保条約によって、アメリカの「属国」としてアメリカ任せのまま存在したのであるから、我が国においては、危機を意識する必要もない政治を続けることができた。
ところが、現在は、状況が一変している。まさに、従来のままでは、我が国の存続が危ういといわざるを得ない。
それでは、現在の世界の大勢を踏まえた、我が国内外の状況下において、我が国政治に求められるものは如何なるものか。
この問いに、直面するとき、毎日のニュースでこれでもかこれでもかと知らされる無数の個々具体的課題ごとに「何が必要か」と考え始めれば、個々の症状への対処に忙殺されるままに、のど元過ぎればそれで済んだと思い、その症状が発生する根元にメスを入れることができなくなる。
この対処方の典型が、例えば、「いじめ」が「大問題」となれば、いじめる子を登校禁止にして済ませようとするが如きである。つまり、教育の場を管理者が考える「無菌室」にすればよいのであろうか。学校を職場とする「労働者」は、テレビカメラの前で頭を下げなくていいので平穏であろうが、二〜三年でその労働者が造った「無菌室」から出て生きていく子供はどうなるのか。
私は、今我が国政治に求められるものは、対症療法的知恵を生み出す包括的思考つまり人生および人間存在の把握の仕方ではないかと思う。そして、この思考は、国家戦略としては、
「平和のための戦略」と呼ぶべきものだ。
幕末に、最大の藩政改革の偉人が現れた。備中松山藩(岡山県)の山田方谷先生である。方谷先生は、藩の財政状況をはじめとする山積する課題に対処するに際して次の言葉を残している。
「それ善く天下の事を制する者は、事の外に立って、事の内に屈せず」
今の我が国政治の状況は、財政の分野においても教育の分野においても、事の外に立たず、事の内に屈している。
今一度、我が国内外の状況を見つめてみれば、国家と国民の平和を確保し維持するための努力が必要なことは自明のことであるのに、今我が国は平和か否かと見渡せば、内外とも平和ではない。毎日の報道を観るだけで明らかであろう。
北朝鮮による拉致被害者と家族また阪神淡路大震災における数万名の被害者、これらの国民を救助することが国家としてできない体制を存続させておいて平和であるはずがない。
国民を救出して命を守り、国民が危機に陥っている状況を克服する力を保持しえない国と国民に平和は確保できないのである。
我が国は今この状況下にある。
そして、この平和でない状況が、戦後日本人が「平和憲法」と呼んでいる体制が作り出した事態であると気付くとき、
我々は随分歪な偽善的な時代風潮のなかで生きてきたものだと思うのである。
本年、この歪な偽善体質から脱却して国益を守り、拉致被害者全員を救出し、また、核の脅威を抑止する体制を構築して国民と領土を守る国家体制を構築するため前進しなければならない。
そうでなければ、我々に未来はない。
さらに、この国家体制と実力を支えるものは、祖国に誇りをもって社会に貢献しようとする国民の存在であることを思えば、
教育の再興こそ死活的に必要である。
また、農業・工業の発展と食料とエネルギーの確保は、国民の命と生活を左右する。
これら、国家と国民の安泰つまり平和を確保し維持する包括的な実践的思考が「平和のための戦略」である。
以上、抽象的に述べたようであるが、私のこれまでの政治的実践、例えば、尖閣諸島視察、拉致被害者救出運動、核抑止力確保のための議論の提唱そして国防論などは、すべて、私の中の「平和のための戦略」から発したものである。従って、私の政治的実践は、これからも「平和のための戦略」を背景にもつとご理解頂きたい。
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