明治の世に、日清日露の戦いがあった。
その日露戦争に際して,明治天皇は
「よもの海みなはらからと思ふ世になど波風のたちさわぐらむ」
と歌われた。
そして、よもの海のたちさわぐ波風をおさめたのは、
ほかならぬ「日本国民と日本国の君主」であられた明治天皇の内閣と陸海軍であった。この最後の手段でしか東アジアの動乱を終息させることができなかったのだ。
それから一世紀・百年、その間大東亜戦争敗北という大波乱を経たが概ね我が国のよもの海は穏やかであった。
ところが,二十世紀が終わろうとする頃から、波風が騒いできたのである。
例えば,南の海域では,我が国の固有の領土と領海が否定されて資源が吸い上げられ,日本海の名称を否定する韓国が我が国の竹島の武力支配を我が物顔に進めている。
しかし、日本の政界において、何故波風が騒いできたのかと問われて答える準備ができている者は、極めて少数である。ほとんどの者は、波風が立ち騒いでいることはおろか、風が微風から徐々に強まってきたことも感じてはいないだろう。
この政治的無知・不感症の理由が「太平の眠り」ならまだいい。醒めれば気付くからである。
しかし,不感症の本当の理由は、多くの日本人が周辺国の政治的主張を自らの主張とし,日本という自国の百五十年の努力を忘れてしまったからなのである。
つまり、最近の日本は、国家を喪失してしまったのだ。自国の歴史を忘れ独自の日本人の主張を持たないということは即ち国家喪失にほかならないではないか。
さて、何故,「波風が立ち騒いできた」のか。
内外の要因がある。
外の要因の最大のものは、中国の大国化とりわけ軍事大国化である。
加えて,朝鮮の伝統的事大主義が大国化する中国に同調し擦り寄るなかで日韓・日朝の軋轢が増大している。
よって今、四方の海で起っていることの背景には「日清戦争前夜の情況」が回帰して存在するとみるべきである。
事実、中国共産党政権の一貫した野望は、中国世界で最大の領域を支配した清帝国の版図を獲得することである。
では,中国共産党政権は、如何にして清帝国の最大版図を獲得しようとしているのか。
それは,一に武力、二に武力、三に武力である。
そしてその武力の具体的内容は、即ち核弾頭ミサイルである。
中国は、この核弾頭ミサイルを陸に海中に空に大量に実戦配備することによってアメリカを萎縮させ日本を属国化してアジアの覇権を握ろうとしている。
では、波風が立ち騒いできた内的要因とは何か。
それは、我が国の内部にある周辺国の対日要求を増大させる要因のことである。
その第一として、我が国政治の歴史認識における精神的屈服を挙げねばならない。
「要求」というものは、要求する側と要求される側があって成り立つ。したがって、この要求の成り立つ我が国と中国および韓国・朝鮮との関係を観ると、奇妙なことに、常に要求される我が国が要求の誘引を作り出してきたのだ。
振り返ると、靖国神社への首相参拝断念、歴史教科書記述での謝罪、従軍慰安婦に関する謝罪、戦後五十年謝罪決議などなど。これらすべて、それをなした者は、国民に「友好」のためと説明してきた。
しかし、その結果はどうか。反対である。相手の要求と言動をますますエスカレートさせて却って友好を損ない両国関係が「波風のたちさわぐ」方向に作用してきた。
即ち、我が国周辺世界は、相手の要求を理解して受け入れればそれで終わる世界ではなく、一旦要求を飲めばますます居丈高に攻撃的に更なる要求をつき付けてくる世界なのだ。
この世界における我が国政治の、ここ十数年間の譲歩は、
もはや「国家喪失状態」と見られても仕方がない。
そして、この国家喪失をもたらした「友好に基く譲歩」を為した政治家は、戦後五十年謝罪決議の首相であれ、歴史教科書謝罪や従軍慰安婦謝罪の各官房長官であれ,北朝鮮に米を贈った外務大臣であれ、その結果責任を追及されてしかるべきである(この政治的責任の検証放棄は、大東亜戦争指導責任検証放棄と同様に日本政治風土の伝統である)。
以上のとおり、今「よもの海」で起っていることには、歴史的な背景があり、我が国政治が誘引したのもである。
そして、東シナ海の中国に対して、竹島の韓国に対して、我が国政府は,呆然として為すすべがない。
このような時、戦後五十年謝罪決議反対の際に噛み締めた文章が甦ってきた。そして、その同じ文章を、十年前のその時には、
「無念だ,日本人は,この謝罪要求に抵抗できないのか」と思って読んだが,今は
「やはり,日本国民は名誉の侵害を何時までも許すことはないのだ」と希望をもって読んだのである。
それは、マックス・ウェーバーの「職業としての政治」に出てくる次の文章である。
「男らしく峻厳な態度をとる者なら、戦争が社会構造によって起こったというのに,戦後になって『責任者』を追及するなどという愚痴っぽいことはせず、敵に向かってこう言うであろう。
『我々は戦いに敗れ、君たちは勝った。決着はついた。一方では戦争の原因ともなった実質的な利害のことを考え,他方ではとりわけ戦勝者に負わされた将来に対する責任にも鑑み、ここでどういう結論を引き出すべきか,一緒に話し合おうではないか』と。
これ以外の言い方はすべて品位を欠き、禍根を残す。
国民は利害の侵害を許しても,名誉の侵害、中でも説教じみた独善による名誉の侵害だけは断じて許さない」
この「職業としての政治」(岩波文庫)は、マックス・ウェーバーが第一次世界大戦敗北後にミュンヘンの学生に語った講演の記録である。私は,この本を座右の書にしているが、岩波文庫の私の手元にある本の表紙には「55、5,20」と手に入れた日付が欠いてある。私は,この文庫を昭和55年一九八〇年5月20日に購入したのである。
さて、十年前の謝罪決議阻止闘争のときにも、この文章を読んだ。
その時、「ウェーバーは国民は名誉の侵害は断じて許さないというが、ドイツ国民はともかく日本国民は、やすやすと名誉の侵害を許す政治を支持している。ドイツ人と日本人は違うのか。」
とマスコミも政治家の大勢も謝罪決議に流れるなかで自嘲気味に思ったのだった。
しかし、今この文章を読めば、自嘲は消えて改めて思う。ウェーバーの指摘の通りになってきた。
「やはり、日本国民は、利害の侵害は許しても,名誉の侵害、なかでも説教じみた独善による名誉の侵害だけは断じて許さない」と。
本日のある週刊誌の馬鹿な見出しは、
「首相の靖国参拝による経済的損失○○○○億円」というものである。
しかし、政界と経済界とマスコミ界の「首脳陣」は大概無国籍のエコノミックアニマルで,自らホリエモンの親とか兄貴とか言っていたのであるからともかく、日本国民は,既にこのような馬鹿な見出しに踊る国民ではない。
日本人は,周辺国のように騒々しくわめかないが、既に腹にすえかねるものをもっている。
もはや、十年前の社会党と自民党の連立政権の主導によって衆議院本会議で謝罪決議に走った議員を許す国民ではなくなっているのだ。中国や韓国が靖国神社参拝を非難して騒げば騒ぐほど,黙って靖国神社に参拝する日本国民の数が静かに増え続けている。
では、この十年間において、何がこの民意の変化をもたらしたのであろうか。
それは、北朝鮮による拉致被害者救出国民運動である。
とりわけ、横田めぐみさんの母早紀江さんが,日本政府による娘の「死亡宣告」(後に虚偽と分る)をされた直後に発した言葉
「人は誰でも何時か死にます。
十三歳のめぐみは日本の大きな課題を背負って歩んでいきました。
濃厚な足跡を残して歩んでいきました。
皆さん、めぐみを愛してくださってありがとう。
報道してくださってありがとう」
実に,現在の日本では、
国家再生と国家と国民の誇りの回復は、政府・政治家の肩にではなく、
理不尽な悲劇を背負わされた拉致被害者とその家族によって担われてきたのである。
あの時の,横田めぐみさんの母早紀江さんの姿と言葉は、その象徴である。
魂を奮い立たせる女性の、母の、崇高な姿を私たちは確かに見た。
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