大阪堺市出身!国家の安全保障や国益優先の信念を貫く行動派!

日本のこころを大切にする党 西村眞悟

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西村眞悟の時事通信
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英霊と共に、我ら皆、良き新年を!

平成25年12月31日(火)

 平成二十五年が終わろうとしている。
 本年は、まことに、歴史の転換点であった。
 この転換点を超えた来年には、「アジアの動乱」と
「動乱の中からの生まれる我が国の再興」がひかえている。

 戦後ずーっと、「社会党的なもの」が野党の模範とされていた。
 従って、長年与党であった自民党が、野党になったとき、
その瞬間に自民党は「社会党」になった。
 中西啓介さんが、平成五年に成立した細川内閣の防衛庁長官に就任し、「憲法改正」に言及したとき、野党の自民党は、中西長官の退任を要求し、退任するまで審議を拒否した。自民党は、閣僚の憲法改正への言及を社会党と同じように「失言」として責め立てたのである。
 そして、中西長官は退任して、国会審議は「正常化」した。

 今は衆議院本会議場に国旗「日の丸」が掲げられているが、驚くべし、実は、小渕恵三内閣まで「日の丸」は本会議場にはなかっのだ。
 与党の時は、全員、本会議場の「日の丸」掲揚に賛成だった自由党(小沢一郎代表)が、自自連立解消で野党になったとき、本会議場に「日の丸」を掲げる提案が議院運営委員会で採決された。
 自由党は反対した。「何故だ」と問えば、「野党ですから」と自由党の議運委員長が無邪気な顔をして答えた。

 今、二つの例を挙げた。
 つまり、我が国の総体としての政界は、与党も野党になれば「社会党化する」のが当たり前であったのだ。
 ただ、私の出身政党である「民社党」だけが、社会党とマスコミから「第二自民党」と言われながら、是々非々を貫いていた。
 しかし、無念ながら、遂に、少数政党だった。
 従って、政界の総体は、「社会党的なもの」だった。
つまり、与党自民党と野党社会党は、双生児だったのだ。
 結局、戦後とは「社会党翼賛会体制」だったのである。
 そして、この翼賛体制を温存させていたのが、
「東西冷戦」の中でのアメリカに安全を委ねて思考を停止させた日米安保体制だった。

 そして、このような閉塞的な体制のなかで、誰が言い始めたのか、政権が交代すれば世の中良くなると言う欧米モデルの「政権交代の幻」が我が世論に浸透した。
 その結果、国民は、「社会党的なもの」のなかの「最悪のもの」に政権を転がり込ます選択をした。
 現実にこの中で選挙戦を戦った者からすれば、この流れは、得体の知れない抗しがたいものだった。

 さて、この「政権交代」が、平成二十一年の後半に起こったのであるが、それから平成二十四年の十二月に、国民が再び選挙で安倍政権を誕生させるまで、我が国の最も惨めな三年余であった。

 このようにして、平成二十五年が始まり、ある人は、民主党政権の崩壊した後のことを、天の岩戸が開いて光が射したようだと表現したのである。
 そして、確かに我が国は明るくなった。
 しかし、その間、我が国を取り巻く内外の情勢は、さらに厳しさを増してきて、国民の中に、結局、我が国は「社会党的なもの」つまり「元の木阿弥」に押し戻されるしかないのではないかという諦めに似た虚脱感が漂うようになった。
 即ち、戦後体制の根幹である、東京裁判史観を疑問をのこさず受け入れよ、我が国は悪い国であった、従って、戦場で倒れた英霊に総理大臣は慰霊をしてはならない、支那や朝鮮の日本非難はもっともであり、反論してはならない、という諦めである。
 
 このようなことを強制されて、国家も国民も人間も、生きられない。しかし、まさに、戦後体制とは、このようなことを受け入れる体制である。
 
 また、この中で、第一次安倍内閣の時に、靖国神社に参拝しなかったことは「慚愧の念に堪えない」と言っていた総理大臣が、ずーっと靖国神社に参拝できない事態が続いたのだった。
 まことに、我が国は、危ない状況に陥りつつあったのだ。

 しかし、年末十二月二十六日、
 遂に総理大臣が靖国神社に参拝した。
 そして、我が国をおおう霧は一挙に晴れた。
 実に、間一髪だった。
 これで、我々は、平成二十六年を晴れ晴れと迎えることができる。
 これで、如何なることがあろうとも、如何なる犠牲を払おうとも、我々は、英霊の御加護を得て、我が国を、誇りある強い国家として再興させる任務に明るく邁進することができる。

 以上の通り、安倍総理の靖国神社参拝を以て大晦日を迎えた本年平成二十五年は、まさに歴史の転換点であった。
 これで、数時間後に始まる新年は、社会党的な空間に後戻りする年にはならず、
 まさに、誇りある日本再興に向けた前進の年となる。
 そして、我々は、恐れず、自信をもって、
 戦後経験したことがないアジアの動乱を受けて立つ決意を固める。

 よって、諸兄姉、共に身を引き締めて、
 国家再興の良き新年、平成二十六年を迎えましょう。
 変わらぬご懇情を深謝し、
 貴家のご清栄を祈り申し上げます。

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