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日本のこころを大切にする党 西村眞悟

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西村眞悟の時事通信
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あら何ともなや

平成25年12月29日(日)

 松尾芭蕉の次の句を思い出した。
 「あら 何ともなや 昨日は過ぎて 河豚汁」

 首相が靖国神社に参拝すれば、「えらいことになる」と、参拝不可と唱えていた「外交専門家」、「学識経験者」そして「政治家」も、河豚汁を食べて、翌朝この句を思い出せ。
 
 二十六日、二十七日そして二十八日と、会った人は、みんな、
「安倍総理、靖国神社参拝されてよかったですね」と挨拶した。

 今朝の産経新聞に古森義久さんが「あめりかノート」を書いていて、そこに「日本の首相は頻繁に靖国を参拝すべきだというジョージタウン大学のケビン・ドーク教授は『オバマ政権の靖国への態度は大聖堂の現実からみると明らかに偽善的だ』と論評するのだった。」とある。

 この「あめりかノート」を読んで、アメリカ人にも
「首相は頻繁に靖国に参るべし」という考えの人がいることを知り新鮮な思いがした。
 しかし、人にとって「慰霊」は当然のことなのであるから、
参拝も、特定の日の特異な特別のことではなく、当然のことだ。
 そして、当然のことなら、「頻繁に靖国に参るべし」だ。

 従って、総理も我々も、当然のことをしよう。
朝起きて、「あ、今日はお参りしよう」と思った日に靖国神社にお参りしよう。
 靖国の二の鳥居をくぐれば、英霊がおられる。

 ところで、今朝の産経新聞にもう一つ注目すべき記事があった。
それは、「子供たちに伝えたい日本人の近現代史」だ。
 そこに皿木善久さんが、満州事変について書いている。
 マスコミに、事実に基づいた満州事変の真相が、これほど適格に分かりやすく書かれているのを観たのは初めてだ。
 これこそ、新鮮な思いで読んだ。
 これまでのマスコミに現れる満州事変は、帝国主義・軍国主義の日本軍による柳条湖爆破の謀略から始まった満州侵略という型にはまった観点から書かれていた。

 当時、満州の関東軍一万四千。
 これに対して、
 満州の軍閥の張学良軍十九万(三十万ともいう)、そして支那人、ロシア人そして朝鮮人からなる「共産パルチザン」は数知れず。
 これらが、日本人と南満州鉄道への襲撃を繰り返していた。
その襲撃の数、「日本が抗議した事案だけで三千件を超した。」
 これこそ、満州を、「暴力と無秩序」に陥れ「、内乱から内戦へ、内戦から革命へ」もっていこうとするコミンテルンの謀略であった。
 この状況のなかで、一万四千の関東軍が広大な満州の治安を維持しようとしていたのだ。

 では、これは、どういう状況なのか。
 皿木さんは、関東軍参謀石原莞爾に次の通り語らせている。
 これこそ新鮮ではないか。
「一色即発あたかも噴火山上にあるままに放置されていた」
 さすが石原莞爾参謀、これほど適格に満州の実態を捉えた表現はない。

 満州には危険なガスが充満していて、微かな火花でも爆発する状況だった。
 戦後史観は、関東軍が柳条湖事件を仕掛けて、平和な満州への侵略を開始したとするが、それは実態とは違う。
 柳条湖の爆発は、「最後の藁」、「ラースト・ストロー」に過ぎない(中村粲教授)。

 なお、二十八日に放映されたチャンネル桜の「討論、倒論、闘論」で、私は、「総理大臣は、靖国神社に、毎日参拝すればいい」
と言ったが、この収録は二十四日。
 そして、本日、古森義久さんの記事で、慰霊ということの本質は、いつも参拝することであり、このことはアメリカ人も同じであると確認できた次第だ。

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