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日本のこころを大切にする党 西村眞悟

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西村眞悟の時事通信
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産経新聞の「再び拉致を追う」特集を評価し、さらに要点を追加する。

平成25年12月20日(金)

 この度、産経新聞は、北朝鮮による日本人拉致問題を三回にわたって特集し、本日(十二月二十日)の西岡力氏による「張氏処刑に拉致解決の『機』探れ」と題する「正論」で特集に区切がついた。

 今この時期に、拉致被害者救出問題を特集した産経新聞を高く評価する。
 そもそも、他国に国家の主権を蹂躙されて自由を奪われた同胞の救出は、国政最大の解題ではないか。
 しかも、現在なお被害者は自由を奪われ続けている。
 従って、これは現在進行中の国家テロである。
 
 しかるに、この国政最大の課題になんら関心を示さない国会議員の面々の今まで通りの集散にマスコミの関心が注がれていた。
 よって丁度この時、同じ紙面で「真の国政の課題」である「拉致問題」を特集し、以て、政界の次元の低さを、心ある読者に伝えるのは「社会の木鐸」たる新聞の使命ではないか。
 産経の拉致特集は、この使命に基づく特集である。
 従って、高く評価する。

 拉致問題は、我が国の戦後政治体制の変革を迫る問題だ。
 それは、まず、いわゆる「日本国憲法」の、我が国周辺が「平和を愛する諸国民」であるという前提を否定することを促す。
 その上で、「スパイ防止法」の制定と「海を渡って国民を救出できる軍隊」の創設を必要とする。
 同時に、国家は、インテリジェンス機関(諜報・防諜機関)を持たねばならない。
 官僚機構の改革とは、このために為すものだ。
 産経の特集は、これら全てに触れている。
 従って、これを指摘するだけでも、同じ紙面で報じられている現在の政治的未熟児による「勉強会」の次元の低さというか、政治的痴呆性が分かるであろう。

 さて、産経新聞の特集をお読みいただいていることを前提にして、その追及の足りない箇所と追加したい事実を次に記しておきたい。

 まず特集は「三十六年前の痛恨」と題して「宇出津事件」を挙げる。この事件は、昭和五十二年九月十九日、石川県警が日本海から送られてくる電波を傍受解読し、能登半島宇出津の海岸に久米裕さんを誘い出して北朝鮮工作員に引き渡して拉致した在日朝鮮人を逮捕し供述を得た事件である。
 
 何が痛恨事か。
 警察がこの犯人を起訴猶予で放免し、北朝鮮が組織的に日本人を拉致しつつあるという驚くべき事態に蓋をしてやり過ごした。
 その結果、その一ヶ月後の十月、松本京子さんが米子市から、さらに翌十一月に横田めぐみさんが新潟市から、というように以後一年間で政府が認定した十三人が北朝鮮に拉致された。
 これが痛恨事である。
 
 即ち、時の政府(福田赳夫内閣)が、この時点で、
「北朝鮮は日本人を組織的に拉致しつつある。よって、この国家主権の蹂躙を断じて許さないため、警察、自衛隊は厳重警戒を怠らずこれを防あつせよ」
 と指令しておれば、松本京子さんや横田めぐみさんをはじめその後の多くの国民が拉致被害者にはならずに、父母兄弟姉妹とともに人生を送れたのだ。
 時の福田赳夫内閣には、この措置をとる法的な作為義務があった。しかし、何ら動かなかった。よって、福田内閣は、不作為によって北朝鮮の日本人拉致を「幇助」したのである。
 産経新聞は、ここまで言っていない。産経は、「『警察にもマスコミにも、北朝鮮が国を挙げて系統的に拉致をしていると断定できた人はいなかった。大変なことだという問題認識はなかった』。当時を知る捜査担当者はこう告白する。」で済ませている。時の内閣に肉薄していない。
 
 しかし日本国政府は、拉致を知っていた。
 従って、この「幇助」の評価を免れることは出来ない。

 産経新聞、何故、ここまで切り込まない。
社会面の犯罪記事などは、社会部記者は警察や検察に言われるままにえげつなく書くではないか。この拉致に関してこそ、同じ手法で突っ込んで書くべきである。
 そうでなければ、「真の痛恨事」として戦後からの脱却の必要不可欠性を指し示す「真の教訓」とならない。

 ところで、石川県警は北朝鮮の暗号電波(KB情報)の解読に成功したのだ。そして、これに対して、警察庁は長官表彰を行った。
 つまり、警察庁中央は暗号電波の内容を知ったということだ。それは、内閣も知ったということだ。
 これが、内閣の不作為犯成立のポイント。
 よって私は、以前、衆議院の委員会で、この電波解読に対する表彰の理由及び表彰の文言を知らせよと政府に質問した。
 これに対して返ってきた答弁は驚くべきものだった。次の通り。
「昔のことで、何も残っていないので答えられない」

 以上を記して諸兄姉の判断に委ねる。

 次に私の考えであるが、拉致問題の特集は、宇出津事件ではなくその三年前の文世光事件(昭和四十九年八月十五日)から始めたほうが、より、戦後政治の病弊と我が国内に於ける工作活動の根深さがみえてくる。
 また、私が、文世光事件の三年後の福田内閣の「不作為」を指摘することもさらに理解していただけると思う。何故なら、国内の工作活動に対する最大の不作為がここで(文世光事件)既に起こっているからである。

 文世光事件は、昭和四十九年八月十五日、日本人になりすまして韓国に入国した在日韓国人の文世光が韓国大統領朴正熙を日本の大阪府警高津派出所から盗んだ拳銃で狙撃し、大統領夫人の陸英修と合唱団の女子高生が死亡した事件である。
 文は大阪湾に停泊中の北朝鮮の万景峰号の船内で北朝鮮工作指導員から朴大統領射殺の命令を受け、大阪の在日本朝鮮人総連合会(朝鮮総連)生野支部政治部長から資金提供や射撃訓練そして偽造パスポート作成指示を受け犯行に及んだ。
 韓国当局に逮捕された文は、大筋で犯行を認め、裁判で死刑を宣告され執行されるが、その前に、「・・・朝鮮総連に騙されて、大きな過ちを犯した私は愚かであり、死刑に処せられて然るべきです」との言葉を遺した。
 韓国は、日本の警察が文が所持した日本のパスポートに関して旅券法違反で逮捕した二人の日本人と朝鮮総連生野支部政治部長の金浩龍が共犯者であるとして日本政府に捜査を求めた。しかし、日本側は朝鮮総連を捜査しなかった。
 そのなかで、韓国内の反日感情が一気に爆発し日韓関係は最悪の状態に陥った。
 この北朝鮮のテロに対する韓国内でわき起こった反日暴動を観ていた北朝鮮は、在日韓国人が日本人になりすまして対韓テロを行えば、韓国民の怒りが北朝鮮に向けられずに日本に向けられるという一石二鳥の効果を確認する。
 そして、この教訓に基づいて、北朝鮮は、工作員の日本人化教育のために日本人を拉致して日本人化の教官となし、遂に日本人になりすました工作員二人による大韓航空機爆破を仕掛ける。
 平成十四年、韓国のハンナラ党副総裁の朴正熙大統領の娘である朴槿恵が北朝鮮を訪問した際、金正日は文世光事件(朴大統領狙撃)に対する北朝鮮の関与を認め謝罪した。そして、部下がやったことで自分は知らなかったと述べた。
 以上が、金正日が関与を認めた文世光事件の概要である。

 問題は、日本のパスポートと日本警察の拳銃を所持して日本から出国し隣国に日本人として入国して大統領を狙撃するというほどの事件であるにもかかわらず、また、金正日が認めるまでもなく、事件当初から朝鮮総連の関与が明白であるにもかかわらず、
 何故日本政府(田中角栄内閣)は、朝鮮総連の捜査をしなかったのか、ということである。
 昭和四十九年の時点で、この捜査を徹底しておれば、その後の拉致は無かった。宇出津事件も横田めぐみさん拉致もなかった。そして、大韓航空機爆破もなかったのではないか。

 産経新聞の特集では、「総連に対し、スパイ疑惑で日本の捜査が及びかけたことが一度だけある」として、平成二年五月の「零余子事件」を挙げている。警視庁が詐欺容疑で総連最高幹部宅の捜索差し押さえ令状を取った事件だ。
「ところが、捜索は直前になって突然中止。理由は言及されていない。日朝国交正常化に野心的だった金丸信元自民党副総裁率いる訪朝団出発の直前だった。」と特集は書いている。
 暗に、捜査の必要性よりも金丸信という政治家の政治的思惑が優先していると指摘している(海部俊樹内閣)。
 
 しかし、朝鮮総連をアンタッチャブルとしようとする政治家の政治的思惑が最も大胆かつ露骨に捜査よりも優先したのは、明らかに文世光事件であった。
 以来、内閣が替わってもこの思惑は生き続け、大統領狙撃指令に使われた北朝鮮の万景峰号も何事も無かったように北朝鮮と我が国をいろいろな物資と人物を乗せて往復し続け、朝鮮総連も何事もなかった如く現在に至る。そして、日本人は国内から忽然と拉致され続けたのだ。
 
 以上、拉致問題に関して、文世光事件が如何に大きな転機であったかを指摘しておく。
 いや、北朝鮮の独裁政権は、日本からの送金と人材によって権力を維持し核やミサイルを開発してきたことを考え併せると、文世光事件に際する捜査不作為は、拉致被害者の運命にとどまらず、現在の日本のみならず東アジアの脅威を生み出したといえる。

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