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日本のこころを大切にする党 西村眞悟

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西村眞悟の時事通信
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時代を拓く「永遠のゼロ」と変わらぬ日本人の死生観

平成25年11月27日(水)

 十一月二十三日、堺の南区のホールで、「永遠の0」の作者である百田尚樹さんを招いて講演会を行った。
 我々は、この講演会の開催を、広く宣伝したわけではなかったが、当日のホールは満席だった。

 一年前、書店で「永遠の0」という題の本を手にとって購入した。本の内容を知っていたわけではなく、この題が手放しがたかったのだ。それで購入した。
 
 零戦(れいせん)、零式艦上戦闘機は、
その素晴らしいスタイルと性能によって永遠であるだけではなく、
零戦に搭乗して散華していった多くの若者が永遠なのだ。
実に、零戦と永遠は幻のように重なり合う。
日本人の死生観のなかに零戦がある。
零戦には、日本人の魂に響いてくるものがある。

 気がつけば、「永遠の0」は、現在既に四百万部が売れている。そして、年末には映画も封切られる。年が明ければ五百万部が売れるであろう。
 これほど多くの人が身銭を切って「永遠の0」を買ったということは確実に読んだということだ。
 既に四百万人が「永遠の0」を読んだ。さらに、彼および彼女の家族も読んだであろう。その読者総数は、現時点でも一千万人を超えるのではないか。
 しかも、彼らは、「戦中派」ではなく戦後生まれであり、さらに若い世代である。

 彼ら若い読者は、かつてのように「異常な時代に異常な青春時代を過ごした若者の物語」を別世界の話として読んだのではなく、「自分たちと同じ若者の物語」として読んでいる。
 
 だから、「永遠の0」は左翼の「反戦平和の教材」にはならない。
 「永遠の0」を読む者は、自分も同じことができるように覚悟して生きねばならないと思って読む。
 何故なら、「永遠の0」は、人間愛の物語だからである。
 「永遠の0」は、愛する家族のために、「死んでも帰ってくる」と約束して飛び立ち、「死んでも帰ってきた」物語である。

 以下は、当日の講演会で、私が話した「国政報告」の概略だ。

1、国政報告には二種類ある。
 一つは、永田町の報告。即ち、政界村の報告だ。
 もう一つは、国家の未来と運命にかかわる「時代の大きな流れ」を報告すること。之が真の国政報告だ。
 そして、今、この我が国の運命にかかわる「時代の大きな流れ」を示すものこそ四百万部の「永遠の0」である。

2、四百万の読者は、「永遠の0」の主人公は、今いる我々と同じ人達だったと確認した。
 しかし、ついこの間まで、日本人は、零戦に乗って散華した人達を違う世界の人達を思わせられていたのではないか。
 従って、若者は、彼らをイスラム過激派の自爆テロリストと同じだと言われても、日本人は反論できなかった。ところが、今は、
「違う、彼らは、いまここにいる我々日本人と同じ人達だ」と反論できる。

3、これは、六十八年前から七年間にわたって我が国を占領統治したGHQの封印が解けたことを意味する。
 つまり、我々は奪われた歴史を回復しつつあるのだ。
 それは即ち、「戦前と戦後の連続性の回復」、
 GHQが最も恐れた「日本民族の叙事詩の回復」だ。
 同時にこれは、「日本人の回復」であり「自分の回復」だ。
 従って、「戦後からの脱却」は、
 政界よりも先に、青年の意識が先行している。
 この意味で、「永遠の0」は「時代を拓く本」となった。
 明治維新を拓いた本、頼山陽の「日本外史」と同じだ。

4、我々は、「永遠の0」の主人公が、「死んでも帰ってくる」といって「死んで帰ってきた」ことに感動して理屈ではなく涙をながす。これは、我々も、太古以来変わらない日本人の死生観を受け継いでいるということだ。
 
 つまり、日本人は死なないのだ。
 
 日本人以外の民族で同じ死生観をもっている人々は、私の知るかぎりでは、インディアンである。
百五十年前、合衆国政府から先祖の地から居留地に移住するよう強制されたインディアンの酋長は言った。
「死は存在しない。ただ生活の場が変わるだけなのだ」
 
 六十六年前、海軍中将・侯爵 醍醐忠重は死の直前書き残した。
「何卒、日本再建の各自の使命に全力を注がれたし、
 私も霊界より何遍も生まれかはり、
 日本再建に全力を注ぐつもりです。
 私の部下の戦死者の遺族達のことも心に留められたし。」
 
 また、特攻出撃一時間半前の十四人の若者は、皆同じことを言って微笑んだ。
「今日死ぬことが、最高の生き方です」
 
 八百年前に、対馬に上陸してきた数万の蒙古軍に八十四騎でほほ笑みながら突撃して玉砕した六十八歳の宗助国主従や、楠木正成、吉田松陰そして西郷さんも皆、理屈ではなく同じ死生観のもとに生きて死んだ。
 
 この我らと同じ心情をもつインディアンは、白人に滅ぼされたが、日本人は不滅だ。

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