大阪堺市出身!国家の安全保障や国益優先の信念を貫く行動派!

日本のこころを大切にする党 西村眞悟

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西村眞悟の時事通信
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発想の転換なき議論・・・末期的宮廷政治

平成13年11月14日(水)

 後追い政治の忙しいルーティーンワーク 

 補正予算審議が終われば、第二次補正予算編成の動きも底流から表面にでる気配も感じられ、PKFの凍結解除をするのかどうかの与党内議論が始まった。
 これら二つは、別々の事柄のように感じられるが、事態の根本を変革しようという幹を見つめた発想がなく、ただ勝手気ままに伸びて行く枝葉(つまり不況の深刻化と国際政治の推移)を目で追っているだけの姿勢から出てきたという点で共通している。

 いったい、何がしたいのか

 不良政権処理なくして景気回復なし。構造改革なくして景気回復なし。と耳に蛸ができるほど言っている。しかし、重点は何か。「不良債権処理と構造改革」か、それとも「景気回復」か。さっぱりわからないまま、実は6ヶ月間何もやっていない。その間、景気はご覧のとおりだ。
 これでは、北進か南進かで国防政策が分裂したまま、対米戦に飛び込んだ政治と変わらない。
 これが、「戦死者は、なんと馬鹿なことをしてくれたと思って国を恨んで死んだはずだ」と6年前の謝罪決議是非論争のときに、私に語った小泉総理の今の姿である。小泉氏は、謝罪決議に賛成だった。
 その小泉氏が現在、総理大臣として「なんと馬鹿なことを」してくれている。
 戦略家の石原莞爾が今居ればどう言ったか。
 「小泉とは見解の不一致はない。そもそも、不一致とは、見解が有る者同士で生じるのだ。小泉には見解がないから,私と不一致をきたすことはありえない」(実は、東條を小泉に読み替えた)、と言ったはずだ。

 小泉氏は、田中真紀子氏と無理心中である。

 小泉内閣の反対をやればよい

 小泉内閣は増税路線であり緊縮財政路線だ。この路線のときの総理大臣は共通の制度いじりに熱中して見せる。
 5年前の橋本内閣のときには、例の省庁再編に関心を集中していた。その結果、泰山鳴動してねずみ一匹も出なかった。大蔵省が解体されて、重しが取れた日銀だけがバン万歳だ。不思議に防衛庁は防衛庁のまま。気がついてみればマイナス成長。
 今の小泉内閣も、マイナス成長の中で、構造改革だ特殊法人見直しといっている。しかしながら、6ヶ月何もしていないし、すでに補正予算審議で、行革担当大臣は、政策的意味のある特殊法人は直ちに民営化できないと答弁しているのだ。政策的意味のない特殊法人がどこにあるのか。
 よって、答えは出ている。
 小泉内閣ではできないのだ。
 大体、デフレで緊縮財政で増税路線をとる馬鹿が世界のどこにいる。この反対が正しい。
 この反対をいまこそ断行できる内閣ならば、その内閣は、特殊法人全廃も、構造改革も断行できるであろう。

 PKFの凍結解除とは何か

 いまさら、自民党は何を公明党と議論しているのか。
 このような、戦後平和主義的なPKO活動の馬鹿な縛りをしなければならないようにしたのが、公明党ではないか。また再び、選挙制度でも裏で取引しているような気配がする。公明党は、朝日新聞の論調に気を使いながら、利害によってころりと態度を変える癖があるから要注意だ。

 国際の法規および慣例を基準にせよ

 PKF活動は、国連で決定される。だから、その国連の基準、つまり国際の法規および慣例で、わが国も協力するなら、協力すれば良いのだ。参加しながら、共通のルールでは動けない。ボールが左右と上に飛んでくれば守ることができません、というような選手を国際野球チームに送り込んでどうするのだ。ゲームにならないではないか。
 しかし、今ごろ、自・公の与党内部では、右に来たときは取れるようにしようや、というような議論をしながら取引しているのだろう。
 国益の観念と、国家観の一致なき政権、清朝か李朝末期の腐敗宮廷政治である。

 建軍の本義を明確にする

 なんでもかんでも、政府の私兵ではあるまいし、自衛隊を使ってよいというわけではない。
 戦闘行動はできないが、その後ろのほうで「武力行使と一体にならない」宅配便のようなことをちょろちょろするしかないというのか。なぜ、このような、国際協調やお付き合いの名の元に、浮いた軽い発想が出てくるのか。
 自衛隊は、国民が祖国防衛のために育てた「武装組織」ではないのか。
 それは、政治が自衛隊の建軍の本義を見つめることをしないからだ。
 建軍の本義とは、祖国のために身を犠牲にしても、祖国を防衛することだ。これは、公の存在である。したがって、いかに政府といえども、この建軍の本義を見るならば、自衛隊を出すときには、明確な大義の元に出すべきである。大義を明示できない政治は、自衛隊に出動を命じる資格はない。その大義とは、祖国のために戦うということである。
 軍隊に、任務を明確に明示できない政治は、軍隊を用いてはならないのだ。かえって、有為な青年を無益なことで死なせてしまい、政治はその責任をとりえないからだ。
 このたびのテロ対策法で出動する自衛隊の任務は、いったいなんだのだ。具体的にわかっている政治家はいない。陸上では、難民の糞尿の処理だろう。何しろ、ともに戦うことができず、戦闘が迫れば逃げねばならないのだから。
 日本国民は、これで納得するのか。
 11月25日、三島由紀夫の自決の日が近づいているから、以上のことを指摘しておきたい。

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