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日本のこころを大切にする党 西村眞悟

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西村眞悟の時事通信
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歴史の転換点としての年末年始

平成24年12月24日(月)

 既に書いたように、十二月の選挙中も、選挙後の安倍さんの新内閣の人選も、目はまだ内向きである。
 自民党と公明党の連立、自民党が公明党と選挙を協力し合う。これは目が内向きだからできることである。これを平時の政治、「平時の内閣」という。
 これに対して、有事の政治、「有事の内閣」がある。
 そして、現在は、まさに、「有事の内閣」が必要なときなのだ。
 チャーチルは、ナチスドイツがポーランドに侵攻し、
 第二次世界大戦の幕が切って落とされた時、イギリスの首相となって与野党の枠を越えた「戦争内閣」を創った。
 安倍さんが為すべき組閣は、公明との協力ではなく、石原慎太郎、平沼赳夫両氏との共闘と「有事の内閣」構築であろう。何に対する共闘であるか。それは、中国共産党の軍事的脅威に対する共闘である。

 とはいえ、選挙前も選挙中も選挙後も内向きの目しかもたない議員諸侯に対し、国民は既に「海外からの危機」を感じている。国民は、石原慎太郎氏の政界復帰をその危機を反映したものと受け止めた。選挙結果にそれが顕れている。政界やマスコミ界で、自民公明の「大勝」に浮かれている面々には見えないだけだ。

 北朝鮮は我が国の総選挙後、選挙結果について始めて「日本の右傾化、軍国化を示すもの」というコメントを発した。中共も同じコメントを発したいところだろう。何しろ、三年前の十二月、小沢一郎氏に率いられて北京に伺候してきた衆議院議員百四十数名の親中チルドレンが消滅しているのだ。
 消滅の仕方は、親分を真似て各人ばらばらだ。「生活第一」から「未来」に行ったり、直接「未来」に飛んだり、はたまた「自民党」に入ったり、だ。
 中共から見れば、こういう離合集散はどうでもいいが、日本政界における親中の家来が消滅したのは無念だろう。
 ところで、彼等の北京旅行は、胡錦涛とツーショットの写真を撮るのが主要目的だった。小沢という人は、胡錦涛の諒解のもとで、その写真撮影で百四十人の馬鹿を北京に釣り上げたと看る。
 ところが、それから三年後のこの度の総選挙において、この胡錦涛とのツーショットをパンフレットに使った候補者は皆無だったのではないか。胡錦涛との握手写真は逆効果になるからだ。
 これが「日本国民の意識」というものだ。

 ところで、この「日本国民の意識」を如何に理解すべきか。
 私はこれを「歴史の転換点」を示すものと思う。
 その転換とは、
 戦後からの脱却と「日本への回帰」である。
 これを彼等は、日本の「右傾化」とか「軍国化」と言っている。

 平成二十三年三月十一日の東日本巨大地震と巨大津波は、被災地における日本人の苦難の中に於ける自制心と秩序を維持して互いに助け合う姿を世界と全日本に示した。この姿は戦前戦後一貫して変わらない日本人の姿だった。そして、この姿は全世界に感銘を与えた。
 同時に、この時、我が国最大の危機管理者として姿を顕されたのが天皇陛下であった。
 菅直人は、総理大臣であったが危機管理者即ち統治者ではなかった。彼は被災地を歩けなかったし、歩いておれば被災地の秩序が乱れたであろう。
 事実、彼は、三月十二日早朝、福島第一原子力発電所に行ったが、ただ秩序を乱しに行っただけだった。
 この苦難の中で、天皇陛下のもとで秩序を保つ日本人の姿に世界は感銘を受けた。しかし、少数の国々はショックを受けた。それは中共と北朝鮮である。
 彼等の中に、かつて遭遇した、
「天皇とともにある日本人」の到底真似ることのできない団結力と忠誠心と精強さが甦ったからだ。
 そして、北朝鮮は、この度の総選挙結果にも、それを感じて「右傾化、軍国化」と警戒感を露わにした次第だ。彼等には、日本が日本になること、つまり「強い日本」が一番嫌なのだ。

 次に、変わらない日本人の姿が顕れた翌年である平成二十四年の意義は何であったか。
 それは、明治天皇崩御百年、に尽きる。
 つまり、変わらない日本人が、天皇とともに最も力を発揮した時代、近代日本の叙事詩、即ち明治に回帰すべし、と天啓のように訪れたのが本年の七月三十日、明治天皇崩御百年である。

 では、年が明けた来年、平成二十五年は、如何なる年か。
 それは、明治の精神に回帰しなければ克服できない外からの国難に遭遇する年である。
 従って、来年は、明治への回帰の「実践期」に入る。
 つまり、来年は、我が国が、
 亡国かそれとも誇りある存続かの岐路に遭遇する。
 その相手は、中共である。
 これ、明治二十七、八年戦役の再来だ。

 これほど、来年は厳しい。
 冒頭に、安倍さんも自民公明も選挙に勝って、しかも目は内向きと警告したのは、この危機の平成二十五年が迫っているからだ。
 しかし、ありがたいことに、国民は、一挙に「有事の内閣」を構築する為の選挙結果を出してくれている。まさに天意、天網恢々疎にして漏らさずだ。
 再び言う。その「有事の内閣」のキーマンは、
 石原慎太郎と平沼赳夫さんだ。
 明日上京し、明後日の首班指名に臨む。

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