大阪堺市出身!国家の安全保障や国益優先の信念を貫く行動派!

日本のこころを大切にする党 西村眞悟

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西村眞悟の時事通信
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歴史の連続性と切断してフィクションを書く司馬氏

平成23年12月25日(日)

 本年我が国は、三月十一日の巨大地震と巨大津波そして原子力発電所事故の、国難に見舞われた。

 その中で明らかになったのは、我が国の卓越した歴史の連続性だと思う。
 即ち、万世一系、百二十五代の天皇を戴く国家としての一貫性は、日本民族の個性を育んできた何ものにも代え難い価値である。
 その日本民族の個性が、東日本の被災地で顕れ、世界が驚嘆した。

 この我が民族と国家の尊い連続性から観れば、戦後の一時期、つまり現在など、不変の根底の単なる表層の波風にしか過ぎない。
 驕れる者も久しからず、勝ったアメリカも、驕る中共も、ともに早晩姿を変えるが、我が日本は、かわることなく、万世一系の天皇の統治する日本である限り、無窮である。
 本年もあと数日になって、ますます、国難のなかに顕れた日本の姿の尊さについて思う。

 さて、以上のことを再三再四述べた上で、本日の私の行動と司馬遼太郎という人についての思いを述べておきたい。

 本日は、多分本年最後となる本屋さんに出かけることができた。かねてから注文していた乃木希典と児玉源太郎の人生を描いた「斜陽に立つ」(著者、古川薫、毎日新聞刊)を受け取り、戦った元兵士の聞き取りである「太平洋戦争、最後の証言、第二部陸軍玉再編」(著者、門田隆将、小学館)を購入することができた。
 
 そして、この乃木希典の本と門田さんの陸軍玉砕編から連想するのが、司馬遼太郎という作家であった。
 司馬遼太郎さんは、乃木希典を愚かな軍司令官つまり愚将として描き、旅順要塞攻撃に際して銃剣と刀で夜間出撃していった三千名の白襷隊を乃木による「兵の屠殺」とした。
 そして、なまじっか旅順が陥落したものだから、その乃木の「兵の屠殺」が昭和の軍隊に遺伝して、大東亜戦争における各所の玉砕となった、と述べる。
 司馬さんによると、乃木は何と愚かで罪作りで、日露戦争より四十年後の日本敗戦の原因をつくった男ということになる。
 
 そこで、司馬さんが、ここまで、民族の孤高にして寡黙な燻し銀の如き宝とも言うべき人物のことを悪しざまに言うのだから、はっきり述べておきたい。
 司馬遼太郎は、まことに低劣である、と。
 フィクションならフィクションとして書けば罪は少ない。小説なのだから。
 しかし彼は、新聞記者上がり(下がり、崩れ)で、取材もせずに取材したような事実、ドキュメントを書く。従って、罪は深い。
 
 旅順が落ちなかったら、我が国はロシアに敗北する。従って、司馬も我々も日本人として生まれていない。
 よって、旅順の陥落は国家を救う勝利であった。
 世界では、国家を救った軍人を名将という。
 従って、乃木希典は名将である。
 当時の世界がそれを認めた。
 乃木希典は名将である、と。

 この定義以外に、司馬遼太郎氏は、如何なる定義を用いて乃木を名将ではなく愚将というのか。
 白襷隊のように、命令によって兵を死地に赴かせたからか。
 馬鹿を言うな。
 兵を死地に赴かせる命令を発する者を司令官というのだ。
 戦争とは、そういうものだ。
 多分、司馬さんが好きなレーニンも、旅順陥落を絶賛していた、このことを、多分、司馬さんは知らなかったのではないか。

 それから、司馬遼太郎氏は、我が国の連続性を意識するよりも、わざと我が国の歴史を切断させて、「坂の上の雲」の明治と「愚劣な軍国主義」の昭和を対比させたものだから、明治だけを描いて昭和は描けなかった。
 司馬遼太郎氏は、自分と友達と同世代の人が生きた昭和を、他国を観るような嫌な視線で、嫌なところだけを強調して貶めた。
 この観点から見れば、司馬さんの「明治という国家」とか「この国のかたち」などの自著の命名は鼻について仕方がない。

 門脇さんの、「陸軍玉砕編」の最後は、昭和二十年八月十五日以降のソビエト軍との戦いであった千島列島最北端の「占守島の激闘」を描いている。
 この戦闘は、敗戦後の日本軍が、島に艦砲射撃の後に上陸したソビエト軍を包囲殲滅する寸前まで追い詰めた完全な勝利であった。
 しかし、日本軍は、ソビエト軍を殲滅する前に自ら兵を納めて彼らの命を助けた。その日本軍がソビエトの捕虜になり、シベリアに送られて特に過酷な強制労働を強いられたのだ。
 そして、この占守島の激闘を指揮して勝利せしめた戦車隊の隊長こそ、戦車学校生徒だった司馬遼太郎氏を教えた教官であった。
 司馬さんが、作家なら、この自分の教官が敢闘して戦死した占守島の戦いを書くべきであった。描かないのは、昭和と軍隊を恨んでいたからだろう。

 とは言え、司馬遼太郎氏は、三島由紀夫の自決した翌日の毎日新聞朝刊第一面に、三島の死についての論考を載せている。
 これは、今でも通用する冷静で鋭い論考であった。この論考を自決の翌日の朝刊に載せたと言うことは、司馬さんは、自決当日から日の変わる午前零時の間に書いた、つまり、生首がころがっている時に書いた、ということである。
 これは、それまで、ある予感を以て三島の作品を読み三島の行動を凝視していたのでなければ書けない内容だった。
 ここに私が、司馬遼太郎を低劣だと言いながら、他方、又評価する所以がある。さすがに、新聞記者出身だ。

 とはいえ、司馬遼太郎氏の死後、奥さんが、産経新聞に「司馬さんのこと」という連載をしていたが、その題名といい、自分の亭主のことを、「司馬さん」と呼ぶ進歩的仕草といい、似た者夫婦とはよく言ったもので、鼻について一切読まなかった。

 「太平洋戦争 最後の証言」全三部作を第二部まで書いた門脇隆将さんは、高齢になられた兵士の聞き取りを続けておられるが、その第一部の前書きで、「年を経るごとに『歴史』となりつつある太平洋戦争(大東亜戦争)について、いまジャーナリズムの最後の戦いが続いている」と書かれている。
 私は、この門脇さんの作業、「ジャーナリズムの最後の戦い」の成果を期待して待っている。

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