大阪堺市出身!国家の安全保障や国益優先の信念を貫く行動派!

日本のこころを大切にする党 西村眞悟

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殉国七士墓と富士総合火力演習

平成22年8月30日(月)

 八月二十九日、御殿場の陸上自衛隊の総合火力演習を見学した。ここ数年、選挙等の関係で見学ができなかったが、本年はまた仲間と共に堺からバスに乗って見学に出かけることができた。今日は、二十九日の火力演習とその道中のことをご報告したい。

 火力演習前日の二十八日、皆は午前十時にバスで堺を出発したが、私は四駆のレガシーで午前八時三十分に先行して出発した。その理由は、途中、蒲郡の三ヶ根山に参るためだった。最初に御殿場行きを決めたときに、前日は三ヶ根山に参って御殿場に入ろうと思い立った。

 若狭和朋著「日本人が知ってはならない歴史、戦後篇」(朱鳥社)の第一部第一章は「昭和陛下の墓参り」と題されている。この章で若狭先生は、こう語られる。それを、以下、私なりの概略を記す。
 昭和五十四年五月二十六日、豊田市内で行われる植樹祭にご出席のため、昭和天皇、皇后両陛下は、三ヶ根山の「グリーンホテル三ヶ根」に宿泊された。
 植樹祭の場所から三ヶ根山は遠く、当日両陛下は早朝に宿をご出発しなければならなかった。
 その為、早朝、職員がご案内のために、お部屋に伺った。そのとき、彼らは「息をのんだ」という。
 彼らは、両陛下が殉国七士墓と慰霊碑群に対し直立佇立して正対されていたのを見た。その時間、十五分間。それ以前を加えると、両陛下は二十分間、殉国七士墓に正対されていたという。
 天皇陛下が植樹祭会場の近くにいくらでもある宿ではなく、遠く離れた「グリーンホテル三ヶ根」に泊まられた理由がここにあったのだ。

 殉国七士とは誰か。それは、いわゆる「A級戦犯」として昭和二十三年十二月二十三日に処刑された次の七名のことである。彼ら七名の遺骨は、この三ヶ根山に葬られ、その墓の至近距離にある宿が「グリーンホテル三ヶ根」だった。
 東条英機、内閣総理大臣、陸軍大将
 土肥原賢二、陸軍大将
 松井石根、陸軍大将
 武藤章、陸軍中将
 板垣征四郎、陸軍大将
 広田弘毅、内閣総理大臣
 木村平太郎、陸軍大将 以上、順不同
 
 昭和二十三年十一月十二日、七名はいわゆる東京裁判により死刑判決(絞首刑)を宣告された。
 昭和二十三年十二月十日、世界人権宣言が国連で採択され「事後法の遡及適用禁止」が宣言された。
 昭和二十三年十二月二十一日、七名は巣鴨拘置所所長(アメリカ軍)から「二十三日午前零時一分、巣鴨拘置所において刑の執行を行う」と通告される。
 昭和二十三年十二月二十三日、
 処刑第一陣、土肥原賢二、松井石根、東条英機、武藤章、に死刑執行。
 処刑第二陣、板垣征四郎、広田弘毅、木村平太郎、に死刑執行。
 彼ら七名は、教誨師の花山信勝氏の前で署名し水と葡萄酒を飲んだ。読経のあと、天皇陛下万歳と大日本帝国万歳を三唱した。そして、米軍将兵に「世話になった」と礼を述べた。将兵達は、感激して握手と敬礼で応えた。七名は、彼らにほほ笑みを残して刑場に消えていった。

 七名の遺体は、二十三日未明、直ちに横浜市西区久保山の市営火葬場で火葬に付された。アメリカ軍即ちマッカーサーは、遺体も遺骨も家族に引き渡さず、火葬した遺骨は「太平洋」に遺棄した。
 しかし、現場の火葬場長や火夫諸氏そして名を記せない有志の献身的な決断努力によって、アメリカ軍の監視を突破して遺骨の一部が日本側に奪還された。
 その遺骨は、密かに松井石根大将が日支両軍将兵の菩提を弔うために建立した伊豆山の興亜観音の観音堂に安置された。
 そして、講和が発効した後の昭和三十五年、松井石根大将の郷里である三ヶ根山頂に分骨され「殉国七士墓」と刻まれた墓碑の下に納められた。現在、この「殉国七士墓」を囲むように百三十二基の各師団や連隊の慰霊碑が建てられている。

 これで、何故、二十八日に蒲郡の三ヶ根山に参ったかおわかり頂いたと思う。
 三ヶ根山は、登山道から登るのは如何に四駆でも不可であった。登山道をあきらめて、有料道路を通って十二時三十分に山頂に着き、岸信介筆「殉国七士廟」と刻まれた巨大な門柱を抜けて「殉国七士墓」に着いた。若い男女十数名が熱暑のなかで、墓の回りの草むしりをしていた。
 家から持参した三束の線香に火をつけ墓前に供え靴を脱いで正座し、七人と大東亜戦争で戦没した人々の霊に祈った。

 なお、先に、東京裁判の判決が昭和二十三年十一月十二日になされ、事後法の不遡及を宣言した世界人権宣言が翌十二月十日に採択されたと記した。これは何を意味しているか。
 事後法を遡及させて七名を殺すのが東京裁判の目的である。従って、GHQ・マッカーサーは、世界人権宣言採択後には東京裁判の判決が書けないことを知り、判決をその採択前としたのである。
 マッカーサーとは、戦争ではすぐ負けて部下を捨てて逃げるくせに、平時では、ずるく狡猾で卑怯で嘘つきで軍人の情け(武士の情け)のこれっぽっちも無いやつだ。人間の屑だ。

 この参拝後、堺からのバスと合流して御殿場に向かった。
 次に、久しぶりの総合火力演習について述べる。
 部隊の練度は高く見事な演習であった。
 しかし、しかしだ。
 この兵隊達の見事な演習を全体として位置づける構想、つまり、何のためにこの演習をしているのかという国家の意思が見えない。
 つまり、政権に「国防の意思」が欠落している。これがこの演習場に現れている。三ヶ根山に参拝したあとだからよく見えた。
 
 第一、演習場に国旗を掲揚し国歌を演奏しない。何故かー!
 
 第二、自衛隊音楽隊は、外国の行進曲だけを演奏して、我が国の行進曲、マーチ、つまり軍歌を何故演奏しない。何故かー!
 抜刀隊、軍艦マーチ、空の神兵、加藤隼戦闘隊、歩兵の本領、愛国行進曲、血湧き肉躍る誇り高い軍歌が我が国に伝わっているではないか。
 友情出演した在日米軍音楽隊を見よ。
 まず彼らが演奏した第一曲は「星条旗よ永遠なれ」。これから始まって「無敵の鬼軍曹」、「アメリカ陸軍は歩み続ける(小生の訳)」やらアメリカの軍歌ばっかりで、最後は何と「在日米軍歌」。
 何、在日米軍歌だと。そんなのあるのか。
 恥ずかしくないのか、そこにいた防衛大臣と陸上自衛隊幹部!
 陸上自衛隊幹部は、仮に、在日アメリカ軍祭などがある時には、今後、陸上自衛隊軍楽隊を友情出演させて、「抜刀隊」、「空の神兵」、「愛国行進曲」を延々と演奏させよ!
 そして、最後は、「在米日本軍歌」を作って演奏せよ。
 
 第三、(どうでもいいことだが)、衆人環視の中、何故、防衛大臣がにやにや笑ってとぼとぼ歩いてくるのだ。
 何故、これを歩かせるのか、みっともないではないか。こんなのを野戦に立たせれば兵の士気が無くなる。カプセルに入れて運んでこい。
 日本は悪いことをした国だと思っている馬鹿など演習場に入れるな。
 今後、陸上幕僚長は、日本はよい国だと思っている前航空幕僚長田母神俊雄に謹んで火力演習の招待状を送れ。士気を高めるのが貴官の責任なら、士気を低めるやつをにやにや笑って歩かせずに、士気を高める「危険人物」を招待する位の気概を示していただきたい。
 
 第四、自衛隊の標語は、「守りたい人がいる」だ。
 もうぼつぼつ、この標語を変えよ。
 守らねばならないのは、「国家」だろうが。
 この標語では、支那人やロシア人の娘を好きになった自衛隊員は戦えないではないか。
 広瀬武夫海軍中佐は、ロシア貴族の娘アリアズナ・コバレフスカヤと相思相愛だった。しかし、彼は守らねばならない祖国のために戦い戦死した。その武勇をロシアも讃えた。
 こういう戦いにおける武勇の歴史を隊員に教えているのか。教えていないから、平和を愛する人を募集するとか、守らねばならない人がいる、とか、非武装中立の社会党のような標語を採用しているのだ。

 以上が、感想である。
 要するに、左翼が最高指揮官で、国防予算を削り続ける民主党政権下の自衛隊は、スピリットにおいて縮んできているのではないか。
 最高指揮官、つまり総理と大臣。これがアホだと、その影響は組織の末端にまで現れてくるという印象を残した総合火力演習だったのだ。
 そしてこれは、政治の責任であって自衛隊部隊の責任ではない。
 かつて、東郷平八郎が連合艦隊の司令長官に就任したとき、
一週間後には、組織の末端の水兵の雰囲気まで変わっていた、ということを聞いた。
 やはり、これは今の自衛隊においても真実なんだ。
 今の政権のもとでは、指揮官は部下を死地に赴かせる命令を出せるのか、兵は国防のために身を犠牲にできるのか。
 今の政権は、陸上自衛隊に悪影響を与えつつある。これが見えてきたのが、この度の演習参観の意義だった。
 政治を変えるしかないのだ。

 にもかかわらず、この政治の惨状にもかかわらず、
 部隊と隊員は、炎暑のなか、至高の練度を示していた。
 まことに頼もしい組織である。
 周辺諸国は、鳩・菅・小、も一つ谷、の我が国の政治を見ていれば、我が国を見くびるだろう。
 しかし、火力演習場の自衛隊を見れば、日本人を見くびればえらいことになる、政治の表面にいるのはどういう因果か偶々一番劣悪な少数の日本人で最大多数は怒らせれば怖い、と知ることになる。
 政治の惨状にもかかわらず、自衛隊は我が国の抑止力を維持している。任務を黙々と果たしてくれている!
 ヘリコプターから落下傘降下し、あるいはヘリからロープで着地して重い装備を担いで広大な演習場を走る若き隊員の姿を尊いと思った。目頭が熱くなる。
 また演習場内だけではなく、周辺の御殿場市内全域で、演習に集まる数万の人々の車両の誘導に当たっていた多くの隊員のご苦労に心から感謝する。
 彼らは、観客一人一人に、「ありがとうございます」、「気をつけてお帰り下さい」など、元気に声をかけ続けていた。皆若い隊員であった。ご苦労様でした。ありがとうございます。

 ところで、演習場観覧席で偶然にも、ニュース解説家・評論家の青山繁晴さんと隣り合わせになって、たこ焼きを一つ頂いた。そのときの話を一つご紹介しておく。
「けったいな党首選ですねー」
「随分、自民党の党首選を見てきましたが、これほど低級なものは初めてです」
「一つの瓶のなかに、サソリを二匹入れたようですねー」
「うーん」
「いやいや、サソリにかわいそうです、二匹のゴキブリを入れたというほうが適切ですね」
「そうですね、サソリは高級すぎますよ」
・・・演習が終わって別れるとき、
「テレビでの評論、楽しみにしていますよ」と言って握手した。

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