大阪堺市出身!国家の安全保障や国益優先の信念を貫く行動派!

日本のこころを大切にする党 西村眞悟

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幼児教育から国民教育まで

平成21年11月10日(火)

 夏の選挙中、民主党政権濃厚となる空気の中で、幼児教育が、これからますます重要となってくると訴えていた。それは、政権の交代により、小学校からは日教組の影響がさらに強くなると予測されるからであった。従って、日教組の影響を受けにくい小学校入学以前の幼児教育の大切さが高まっていると述べた。

 小学校入学以前は、「三つ子の魂百まで」の時期であり、小学校や中学校教育に、日教組の影響が強くなろうが弱くなろうが、幼児教育の重要性に変わりはない。
 しかし、世の風潮は、我が子の教育は、幼稚園任せ小学校任せであることも事実である。また、政府も保育園増設を推進しているので、改めて幼児教育の重要性を強調する意義はある。
 
 では、この幼児教育の重要性を強調するとして、この時期の教育の主体は何処にあるべきなのか。
 保育園、幼稚園は非常に需要だ。その上で、教育の主体を明確にしておかねばならない。
 それは、端的に言えば「母」である。従って、幼児期の教育の主体が母であり得るような社会の制度や体制を工夫することが我が国の将来にとって死活的に重要である。

 人が生まれてから六ヶ月ほどの間は、「刷り込み」という期間だという。この時期に四六時中、優しく抱いて乳を含ませ、心音を聞かせ、話しかけてくれる「母」を子供が認識する。この間に母以外の多くの人に接触すると子供は「母」を認識できなくなる。
 この時期に狼に育てられると、人は人間にならず狼になる。インドで発見された少女は、この時期に狼に育てられたので、遂に人間に戻ることはなかった。
 次に、生後六ヶ月から三年までは、「愛着行動」の期間であり、子供は母を無条件絶対的な安心の場と認識する。そして、子は母という心の安心安全の場を人間関係発展の出発点とすることができる。

 会津若松の高士である鈴木晧之氏は、三十年以上幼児教育に携わってこられた方であるが、「実は子供たちは悲鳴を上げている」という論考を発表された。その中で、
「母親と幼児の育ちを三十年観察してきて我が国のこうした傾向をたいそう憂慮しています。だんだん横着になる母の手抜きを見て、やがて子供たちの復讐が始まるだろうと言ったのは二十年前のことです。異常なほどの青少年の犯罪の大元をこのことにあると思うからです」
と憂いておられる。そして、刷り込みの期間と愛着行動の期間の重要性を指摘され、この期間に「母が育児の主体」であることを強調されている。
 なお、この文中の、「我が国のこうした傾向」とは、母親の「育児の負担」を軽減する為に、幼児の施設での保育の時間がどんどん増えていく傾向のことである。

 現在、「男女共同参画社会推進」などという訳の分からないかけ声の下に推進されるのは、女性の出産や育児を「負担」として、その「負担」から女性を「解放」する施策である。
 しかし、母と子の関係は、母の「負担」ではない。
 刷り込みの時期はもちろん、愛着行動期間の生後三年までは、四六時中、母と子が共に生活できるように男女が役割分担していく「男女共同参画社会」を造らねばならない。
 ここから国の未来を担う健全な明るい逞しい若者が育つのだ。
 従って、この時期の母は子の母にとどまらず、国の将来に影響を与える「国の母」、「国母」と言うべき尊い存在だ。
 よって、国家はこの時期の若き母こそ、国の宝として施策の総力を挙げて守るべきなのである。

 次に、この愛着行動の期間を過ぎてからの教育であるが、現在よりも集団生活、合宿生活の要素を高めていくべきである。旧藩時代に各地にあった集団教育の場、例えば年長の子が年下の子を指導する薩摩藩の郷中教育などの要素を加えていくべきである。
 しかるに、現在の小中学校の教育においては、教員の負担が増えるのは嫌だという「教育担当労働者」の事情と、事故が起こればやっかいだという「責任逃れ」の思いから、子供の集団教育には消極的になり、かつてあった林間合宿や水練合宿などの行事が少なくなってきているのではないか。
 
 結局、現在の我が国の教育は、子供を、親から離してはならないときに離し、離すべき時に離さない、という悪循環に陥っている。この悪循環が現在の青少年の情況と結びついている。
 
 ここで、すばらしい津田梅子女史のことを指摘しておくべきであろう。この方は津田塾大学の創設者である。
 明治四年、六歳の津田梅子は、数名の少女と共に十年間のアメリカ留学に旅立つ。もちろん親から離れてである。そして、立派に使命を自覚した留学生活を送るのである。
 女性の人材を育てようという明治政府の着眼も立派であるが、六歳でその国家の期待、また親の期待に応えて留学していった津田梅子も立派である。
 明治四年の時点で、六歳の少女のアメリカ留学が可能であったのは、その時代の幼児教育が立派であり、母が立派であった、と言うほかない。津田梅子の母は、育児は女性の負担であると思っているような母ではなかったはずだ。教育の面においても、我らは江戸そして明治を見直すべきである。

 さて、現在の我が国では、六歳以降の集団生活の機会が少なくなっていると述べたのであるが、周辺諸国が自国の若者に如何なる訓練を施しているか見ておく必要がある。
 欧米の趨勢は、ドイツ以外は志願制度に移ってきているが(但し、有事は徴兵制)、我が国周辺は例外なく平時も徴兵制を採用している。その主な諸国の徴兵期間を見てみよう。
 中国二年。韓国、陸軍二十四ヶ月、海軍二十六ヶ月、空軍二十七ヶ月。台湾十六ヶ月。北朝鮮、陸軍五年~十二年、海軍五年~十年、空軍三年~四年。ロシア十二ヶ月~二十七ヶ月。
ドイツ九ヶ月。もちろん、イスラエルやスイスは徴兵制である。
 この各国の制度は次の思想の現れである。
 国防の主体は国民とりわけ青年であり、国を守るのは国民の義務である。従って、国家は青年に国民の義務である国防の訓練を施さねばならない。

 私は、この周辺諸国の情況を眺めて、我が国の教育における欠落部分が明らかになっていると思う。
 我が国には、国民の義務である公に奉仕するということ、その端的な義務である「国防の義務」を自覚し訓練する教程が欠落している。そして、このことは、我が国の存立にとって極めて危うい事態である。
 昨年の四月二十六日、北京オリンピック聖火リレーが行われた長野市が、四千名の中国人「留学生」によって簡単に「中国解放区」にされた理由は、決して中国の徴兵制と無縁ではない。
 
 そこで私は、我が国教育の欠落部分を埋める為に、共同生活のなかで公に奉仕するという国民の義務を自覚し訓練する教育期間を次の通り確保することを提唱したい。
 第一期
 中学校卒業後の四月から高校に入学する九月までの五ヶ月間(高校入学は九月とする)。
 第二期
 高校卒業後の九月から大学入学までの七ヶ月間(高校卒業は八月として大学入学は従来通り四月とする)
 この第一期と第二期を合わせた十二ヶ月間は、全員合宿して集団生活をするなかで、我が国の歴史と伝統を学び、公共奉仕活動と軍事訓練を行う。
 これが教育に関する私の構想である。一応、現在の、6・3制の義務教育と3・4制の高校大学制度を想定しているが、将来、この制度自体を変革する中で、「国民の義務」としての国防のための訓練期間すなわち徴兵制度が検討されるべきである。

 この国防の義務と徴兵制の検討のために、私が今一番学びたいのがスイスとイスラエルの国民教育である。
 今、スイス政府編集の「民間防衛」という本をよく持ち歩いている。この本は、全スイス国民がスイス防衛の義務を負っておりスイス防衛に関心を持たねばならないという前提のもとに、全スイス国民に配布されている。
 
 その「まえがき」に言う。
「武器を取りうる全ての国民によって組織され、近代戦用に装備された強力な軍のみが侵略者の意図を挫き得るのであり」と。
さらに、「我々は、脅威に直面しているわけではありません。この本は危急を告げるものではありません。しかしながら、国民に対して責任を持つ政府当局の義務は、最悪の事態を予測し、準備することです」と。
 脅威に直面していないスイスが、「最悪の事態を予測し準備している」のに、中国共産党の軍隊から核ミサイルの照準を合わせられ、東シナ海は国土と資源を奪われかけ、国内では「解放区」を造られている我が国の政府は、如何なる最悪の事態の予測も準備もしていない。

 さらに、このスイス政府の「民間防衛」を読んで、もっとも痛切に感じたことは、日本国政府が、このような本を、昭和十六年の段階で全国民に配布しておればなー!、と言うことである。
 この本の最後のほうには、スイスが敵軍隊に占領されたときの、スイス国民の心構えが書いてある。抵抗・レジスタンス運動の組織化の仕方や武装蜂起のタイミングも書いてある。そして何より、敵占領軍のプロパガンダの手法が書いてあるのには舌を巻く。敵占領軍は、自らを正義の軍隊と思わせるために、我々の教科書を書き換えると指摘しているのだ。
 
 昭和二十年九月から我が国を軍事占領したアメリカ軍は、スイス政府の「民間防衛」で警告されているとおりの手法で、我が国の教科書を占領軍に有利に書き換えた。そして、占領された日本が悪いと日本人に思わせることに成功した。・・・。
 きみまろ君ではないが、「それから六十年・・・」。
我が国には、書き換えられた通りの政府ができている。
 2・26事件の戒厳司令部放送ではないが、「今からでも遅くはない」。我々は、スイス「民間防衛」を参考にして戦後を点検すべきだ。
 そして、幼児教育から国民教育まで、見直すときが来ている。
 これが「戦後からの脱却」だ。

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