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日本のこころを大切にする党 西村眞悟

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日本人が知ってはならない歴史

平成21年11月2日(月)

 「日本人が知ってはならない歴史」、このような題を付けた本がある(著者 若狭和朋、発行 朱鳥社)。
 この度、三部作が完結して、十月三十一日、著者の住まわれる地である岐阜において出版記念会が開かれた。私も発起人として出席させていただいた。
 この三部作とは、「日本人が知ってはならない歴史」、
「続 日本人が知ってはならない歴史」そしてこの度発行の
「日本人が知ってはならない歴史 戦後篇」
 の三冊のことである。

 ところで、日本人が知ってはならない歴史などあるのか、妙な題の本もあるものだ、と思う諸兄姉もおられると思う。
 しかし、それがあるのだ。そして、それが「戦後」という空間だ、と言わざるを得ない。
 現に、今ある我が国の内閣、その前の内閣など日本国の歴代の内閣が信奉する「日本国憲法」の「前文」に書いてある「日本国民は、政府の行為によって再び戦争の惨禍が起こることのないようにすることを決意し・・・」という事実認識や第九条は、「日本人が知ってはならない歴史」を知れば崩れ去る。もちろん、この日本国憲法を生み出した「東京裁判」は成り立ち得ない。
 しかしながら、現在の我が国政治は、その外交・国防政策はおろか内政の重要課題である教育においても、東京裁判から生まれた村山談話によって自らを縛ったまま漫然と流されるままになっているのはご承知の通りである。
 
 ということは、戦後の日本社会とは、虚偽の歴史の上に成り立っていると言わざるをえない。まさしく、戦後日本には、「日本人が知ってはならない歴史」がある。よって、戦後から脱却するためには、まさにそれを知らねばならない。
 以下、改めて留意すべき「知ってはならない」主な点について述べたい。

1、戦時大本営条例の改定、明治36年12月21日
 日露開戦の前、陸海軍の軍令(統帥)は平時は並列対等であったが、戦時(有事)には陸軍を主とし海軍を従とする。是が戦時大本営条例であった。この条例の発令より、戦時には陸海軍を統括する最高指揮官(Commander)が決定される。
 しかし、日露開戦のぎりぎりの段階に至っても海軍大臣山本権兵衛は軍令の陸海対等を主張して譲らず、陸軍の児玉源太郎参謀本部次長は時局の切迫を考慮して妥協して戦時大本営条例を陸海軍対等並列に改定することに同意した。まさに、日露間に最初の戦闘が起こる50日前である(2月9日仁川港)。
 是により、戦時においても陸海軍の統帥は並列対等、つまり、ばらばらとなり、戦争の統一的な指揮運用ができない制度が出来上がった。
 この40年後、東京裁判では、東條英機首相兼陸軍大臣を独裁者とするが、そもそも帝国海軍を指揮統帥できない独裁者などありえない。しかも、東條総理は事前には真珠湾奇襲を知らされておらず、ミッドウェー敗戦に至っては遂に海軍から知らされなかったのである。
 このように、我が国の敗因は、陸海軍統帥の分裂にある。
 つまり我が国の敗因は、
 Commanderの不在、独裁者の不在にある。
 東條英機は、海軍の統帥権を持たされていないのであり、これは戦時の指導者の資格も与えられていないといえる。彼が独裁者なら、ルーズベルトやチャーチルなど、第二次世界大戦中の最も悪質な大独裁者である。

2、大西洋憲章の発布 昭和16年8月14日
 戦争回避のための日米交渉は、昭和16年4月18日から始まる(近衛内閣)。しかし、アメリカの態度は次第に強硬になり、石油禁輸に致るのはご承知の通り。この石油禁輸は、事実上の宣戦布告である。
 そこで、注目すべきは、8月10日、11日と行われ14日の大西洋憲章発布に致るアメリカ大統領とイギリス首相の会談である。
 この会談はカナダのニューファンドランド沖のイギリス戦艦プリンス・オブ・ウェールズの艦上で行われた。ここでアメリカとイギリスの両首脳であるルーズベルトとチャーチルは、アメリカの「裏口からの参戦」を合意したといわれる。
 是は日本に参戦させる為の秘密謀議、即ち日本軍を真珠湾におびき寄せる謀議である。
 日本海軍の真珠湾攻撃を知ったときのチャーチルの、自ら回想録に書いた喜びそして「ぐっすりと眠ることができた」という安堵感を知るならば、アメリカの「裏口からの参戦」の謀議が為されたことは確実である。さらに、ハルノート発出(11月26日)直後の国務長官コーデル・ハルは、「私の仕事は是で終わった。あとは陸軍と海軍に任せよう」と言ったという。この発言は、「日本に先に手を出させる」という謀議の方針に即した発言である。
 よって、アメリカ政府は、此の戦艦プリンス・オブ・ウェールズにおける米英両首脳会談の資料を未だに公表していない。
 公表すれば、東京裁判など戦後日本占領統治の今に続く根幹がひっくり返るからである。
(鳩山首相や岡田外相に歴史観があるならば、佐藤内閣の「核持ち込み」の密約がアメリカとの間であったかなかったかに夢中になるよりも、此の日本の運命に関わる大西洋における米英首脳会談の資料開示をアメリカ政府に求めるべきである。)
 
 ブッシュ前アメリカ大統領は、三年前ヨーロッパのリガで演説し、1945年の米英ソ首脳のヤルタ密約の欺瞞牲を指摘して、この密約が戦後ヨーロッパの悲劇を生んだと述べた。しからば、同時にアメリカ大統領は、1941年の大西洋憲章制定に致る米英首脳の欺瞞性も指摘するべきである。
 とは言え、ヤルタ密約とプリンス・オブ・ウェールズでの謀議の「アジアにおける欺瞞性」を指摘できるのは、唯一アジアの日本だけである。
 日本政府は、今こそ歴史回復戦略を立てて「日本人が知ってはならない歴史」を取り戻さねばならない。
 そこで米英の「裏口からの参戦」謀議が明らかになれば、東京裁判の主要課題といえる日本の「平和に対する罪」や「戦争に対する共同謀議」などの訴追理由は虚構で歴史の改竄であり「でっちあげ」だ。さらに、この訴追理由に該当するのは、連合国のルーズベルトとチャーチルだということになる。
 即ち、東京裁判の欺瞞性が明らかになる。そして、中国や韓国があげつらい、鳩山首相もそれに同調している「靖国神社問題」など吹っ飛ぶ。

3、東條内閣成立 昭和16年10月16日
 近衛さんが内閣を投げ出し東條英機が組閣したのは、10月16日。しかも東條内閣は近衛内閣の「戦争を辞せざる決意」という決定の白紙還元の「聖旨」を賜った上で成立した。
 つまり、東條内閣は「和平実現」の為に成立し、外交措置に努力する方針を打ち出す。
(しかし、この間も、連合艦隊は真珠湾奇襲の為の猛訓練を続行中である)
 ところが、相手の米英は既に大西洋において「裏口からの参戦」を決定している。外交的措置が通用する相手ではない。
 そこで、東條内閣は、11月15日、大本営連絡会議において「対米英蘭蒋戦争終末促進に関する腹案」を決定する。

 今から振り返れば、我が国がこの「腹案」の通り進んでいれば、如何に米英が結託して謀議を尽くそうとも、アジアにおいては我が国は勝利したと思われる。
 この「腹案」は、次の通り。
 第一段作戦として、先ず極東の米英蘭の拠点を制圧して自存自衛体制を確立する(南方作戦)。その上で第二段階としてインド洋を制圧してインドの独立と英国の屈服を図り、補給ルートを切断して蒋介石を屈服せしめる。それによって、百万のシナ派遣軍を大陸から出して運用の自由を獲得する(西亜作戦、対支作戦)。そして、対米作戦は、米国の反攻は昭和十八年後半以降と予見し、近海の防壁ラインにより迎撃する(この米軍反攻の予測時期は、ずばり的中している)。

 この東條内閣の「腹案」の決定は、11月15日である。ここには、政府にも陸軍にも知らされていないのであるから当然であるが、連合艦隊による真珠湾奇襲の発想など全くない。
 しかし、この11日後の11月26日に届けられたのがハルノートであり、まさに同日南雲忠一指揮下の真珠湾奇襲艦隊はハワイ真珠湾に向けて択捉島のヒトカップ湾を出航しているのである。
 ここに看られるのは、統一的国家意思の策定不能、つまり国家組織の分裂である。そして、この淵源は、明治36年の戦時大本営条例改定にある。

 とは言え、対米戦争は真珠湾奇襲という、今に至るも「悪者は日本」という汚名の口実にされた国家意思の分裂によって始まったが、開戦の初期は、東條内閣の「腹案」の通り進んだ。
 即ち、第一段階は速やかに見事に達成された。欧米の東洋制覇の象徴であるシンガポールは2月に陥落する。六ヶ月前に大西洋においてルーズベルトとチャーチルの米英両首脳が謀議をこらした英国の戦艦プリンス・オブ・ウェールズは、この時マレー沖で帝国海軍機により撃沈される(あえて言う、痛快であると)。
 第二段階の西亜作戦においても、インド洋制圧はほぼ達成されつつあった。そうなれば、インド独立・イギリス屈服、蒋介石支援ルート切断・蒋介石屈服は確実になる。
 ところが、ここにおいて、またもや何を考えたのか、連合艦隊司令長官の山本五十六は、連合艦隊をインド洋から出してミッドウェーに持って行った。そして、ミッドウェーにおいて空母機動部隊が壊滅した。ここから海軍のみならず日本が潰滅する方向にベクトルが回り始めるのだ。しかし、海軍は政府の意思と無関係に動くので、東條内閣は連合艦隊がインド洋から何故出たのか、何処に行ったのか、どうなったのか、健在なのか、知らないのである。海軍は、全戦争期間を通じて「大勝利、大勝利」と嘘の発表をするのみだった。

 さて、以前にもインド洋の重要性を書いたが、昭和17年、我が国はインド洋におけるプレゼンスを自ら放棄して敗北への道へ転がった。この時、インド洋は、インドとアジア諸国の欧米からの独立を確保し、我が国に勝利をもたらす海洋として我が国の掌中に入らんとしていた。
 そして今もインド洋は、我が国の経済活動を支える重要な海洋である。この海洋を通るルートがなければ我が国は存立できない。従って、この大切な海洋における我が国のプレゼンスを、またも自ら放棄しようとする現鳩山内閣の動きに不吉な予感がするのである。

 このように、歴史を回復することと、国家と国民の安泰を確保するあるべき国家戦略の策定は不可分である。さらに、歴史の回復なくして、我が国の自信と誇りは回復できない。
 そして歴史を回復すれば、現在の政界の表面にいる「政治家」といわれる人士が如何に軽薄な輩であるかが分かる。
 チャーチルが言うように、政治家の使命感は歴史を学ぶことによって得られるからである。
 
 よってこの際、若狭和朋著、朱鳥社(東京都渋谷区代々木1-31-7-201、電話03-5358-3984、FAX03-5358-3986)発行の
 「日本人が知ってはならない歴史 戦後篇」(新刊)
 「日本人が知ってはならない歴史」(既刊)
 「続 日本人が知ってはならない歴史」(既刊)
 を読まれんことを。

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