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日本のこころを大切にする党 西村眞悟

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西村眞悟の時事通信
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衆議院解散、その意義

平成21年7月22日(水)

 二十一日午後一時五分前、衆議院は解散されました。
 誰が解散したのか、ということは報道で触れられず、衆議院議長も「憲法第七条により衆議院を解散する」としか詔書を朗読しませんので、議場においても解散主体は明確に指摘されません。
 それ故、此処でこの一点を明確にしておきたいと思います。
 
 衆議院を解散するのは「天皇」です(憲法第七条)。
 従って、内閣総理大臣が官房長官をして衆議院議長に届けさせ、議場で衆議院議長が朗読した詔書には、「憲法第七条により衆議院を解散する。」と書かれた後に御名御璽があるのです。
 此処に我が国の立憲君主国としての国体、国の形があります。
 衆議院議長が議場で朗読するのは、天皇の御名御璽のある「詔書」ですから、議長と全議員は起立して詔書を受けます。
 また、いつも解散が宣言されると議場では「万歳」が三唱されます。この万歳は何故三唱されるのか分からないまま為されるのですが、たぶん帝国議会以来の自然発生的な万歳だと思います。
 明治時代、解散の瞬間に身分を失う議員達の、解散される天皇陛下の神聖にして侵すべからざる権威に対する万感の思いが感極まって「万歳」になったのだと推測しています。つまり、この解散の瞬間は、厳粛にして切実な瞬間なのです。

 さて、解散を行うのは天皇であらせられるが、解散を決定するのは内閣総理大臣です。
 昨年九月二十四日の首班指名以来、よくぞ此処まで解散をせずに内閣を率いてきたと、私は麻生総理を高く評価します。
 昨年秋の福田退陣以後の政界の雰囲気を顧みますと、「解散権を与えない総理大臣」を誕生させて速く選挙になればいいという雰囲気でした。いうまでもなく、解散権をもたない総理大臣は完全な総理大臣ではありません。麻生総理は、そのような禁治産者的な総理大臣を強いられていたのです。その風圧においては、いいなりに解散をするのが楽で、解散をしないのが総理にふさわしい「決断」に他ならなかったのです。
 いうまでもなく、福田辞任後の総裁選びに続いて禁治産者的総理で解散をするという長期の政治空白が、許されるような生やさしい世界情勢のもとに我が国はおかれてはいませんでした。
 私は、この時事通信にも書きましたが、麻生総理にアメリカ大統領のニクソンの故事を引いて「解散のことで思い煩うよりも、総理大臣として何を為すかに取り組んでいただきたい」と進言しました。
 ニクソンの故事とは、彼が大統領に出馬する前、他の競争相手が、「如何にして大統領になるか」に取り組んでいるとき(つまり、選挙運動をしているとき)、ニクソンは支援者からの不平を受けながら、数ヶ月間「大統領として何をするか」を考えていた。つまり、選挙運動をしなかった。そして、ニクソンは、「この数ヶ月間選挙運動をしなかった私の決断こそ、私の政治家として一番重要な政治的決断だった」と自叙伝で回顧していたのです。
 私は、このニクソンのことを引用して、麻生総理に「解散よりも総理大臣として為すべき事を為していただきたい」と申したのです。
 麻生総理は、よく耐えて、解散権を完全に握った総理大臣として二十一日の解散を決定した次第です。あっぱれであると思います。

 さて、この解散の意義は何か。
 それは、与野党を含む全体としての我が国政界が、内外の厳しい状況に対して対応不能であることが、国民に見せつけられた上での解散だということです。
 マスコミは、売らなければならないので、政権交代を煽っていますが、対応不能者の仲間内で政権をたらい回しにしても無意味であります。

 国政の真の重要課題は、村山談話を廃棄して、国体を明らかにして日本の歴史と伝統に対する誇りを取り戻し、教育を改革することです。
 村山談話を信奉して田母神航空幕僚長を更迭した与野党を含む政界にこれができますか。まして、左翼的組合出身者が幹部である政党では無理です。この観点から見れば、売国的です。
 さらに国政の重要課題。北朝鮮に拉致された数百名の国民の救出、北朝鮮と中国共産党の核とミサイルからの防衛。つまり、国防体制の充実と軍備増強そして核抑止力の獲得。この実現は、政権が交代してできますか。できるどころか、交代すれば、中国や北朝鮮が大歓迎と喜ぶではありませんか。
 つまり、政権の交代には、今の政治構造上何の意味もないのです。さらに悪くなるだけです。

 では、この度の解散の意義は何か。
それは、チルドレンを含む全衆議院議員が昨日の解散によっていなくなった今、まさに国民の力が「戦後体制から脱却」の引き金を引く順番が回ってきたということに尽きます。これら与野党を問わず、小泉時代に生み出された議員達では、できなかったことができるようになる道が開らかれるのです。
 
 大きな風船も針の一突き、長い堤防も蟻の一穴で壊れます。戦後体制とは、この大きな風船、長い堤防のようなものです。
 従って、一人でも、二人でも、国政の真の課題を掲げて八月三十日まで戦う者がおり、その者に対する国民の支持があれば、日本の明るい未来を開くことができる。
 これがこの度の解散の戦後政治史上における大きな意義です。
 この意義を背負って戦う者は誰か。
 大阪では、泉州の私、西村眞悟(十七区)と、河内の盟友、三宅博(十四区)です。

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