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日本のこころを大切にする党 西村眞悟

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西村眞悟の時事通信
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十一月二十六日の白襷隊三千名

平成20年11月26日(水)

 昨日十一月二十五日は、三島由紀夫と森田必勝自決の日である。昨日の東京の日差しは、三十八年前の十一月二十五日に京都の大文字山麓にある学生寮の玄関にさしていた日差しと同じであった。その時、私は寮に戻ろうとしていた。すると、玄関から寮生が飛び出してきて、私に「三島さんが、防衛庁に討ち入っている」と言った。彼を見つめながら、私はとっさに三島さんは死ぬ気だと思った。その時の彼の顔には、晩秋の陽がさし、木々の葉の影が浮かんでいた。その影の形を今も覚えている。
 
 そして、翌十一月二十六日の今日は、明治三十七年に三千名の白襷隊が旅順要塞に銃剣で突撃して消滅した日である。
 この白襷隊と呼ばれた特別部隊は、中村歩兵第二旅団長の意見具申により、夜間に刀と銃剣で旅順の敵陣に攻め込むために編成された。目印の為に全員白襷をかけていた。
 しかし、旅順要塞は鉄壁の堅城であった。
レーニンが、旅順はクリミア戦争の帰趨を制したセバストーポリ要塞を六つ集めたほどの堅固な要塞だと書いたとおりであった。
 果たして、この日の朝八時に始まった第一、第九及び第十一の各師団による旅順要塞への第三回総攻撃は、ことごとく失敗に終わった。そして、この報告を受けた乃木希典軍司令官は、遂に白襷隊に攻撃を命令する。国家存立のためには、如何なる犠牲を払おうとも、旅順を陥落せしめねば成らないと言う乃木軍司令官の決意が白襷隊への命令となった。
 集合した白襷隊の写真が残っている。死を数時間後に控えた彼らの姿を見るとき、私は言いようのない感動を受ける。こみ上げてくるような慟哭である。目頭が熱くなることもある。この写真は、私がもっとも衝撃を受ける写真である。
 そして、旅順要塞陥落に際して、白襷隊が如何なる役割を果たしたかを振り返るとき、日本人は、決して、この十一月二十六日を忘れてはならないと思うのである。

 確かに、司馬遼太郎氏は「坂の上の雲」を書いた。これは同氏の功績であることは認める。そして、この本はよく読まれた。しかし、よく読まれたが故に、日露戦争の実相を日本国民の目から隠すこととなった。
 何故なら、司馬遼太郎氏は、「坂の上の雲」で、第三軍司令官の乃木希典を無能の司令官とし、白襷隊の突撃を司令官の無能による兵の無益な消耗と書いたからである。
 従って、この「坂の上の雲」によって、日本人は、武士道に生きたもっとも崇高な武人への敬仰の念と身を棄てて国家を救った英雄を奪われたと言ってもよい。
 この民族の叙事詩を取り戻すためにも、白襷隊が旅順要塞に突撃した十一月二十六日を忘れてはならないと思う。

 白襷隊三千名は、十一月二十六日午後六時に行動を開始し、同九時頃より旅順要塞北側の松樹山方面の要塞に猛然と突入した。近代要塞に、刀と銃剣で突入したのである。そして、一挙に二千名の死傷者を出して隊として消滅した。
 司馬氏はこれを以て無謀と言い、司令官の無能、無能による無益な殺生と言うのであろう。
 しかし、日本国家存立にとって旅順陥落が如何なる意義をもっているのか、また、旅順陥落のために白襷隊が果たした役割を思えば、我が国家と民族は、司馬氏とは正逆の評価を、乃木と白襷隊に与えるべきである。

 白襷隊は確かに全滅した。しかし、甚大な衝撃をロシア軍に与えたのである。ロシア側記録には次のように書かれている。
「余ら、旅順籠城の守兵は、一兵一卒の末に至るまで、各一砦一穴は全露西亜国なりとの観念を深くの脳裏に刻して、血につぐに骨をもってし、骨につぐに直ちに魂をもって死守したるなり。
 しかも日本軍の驍勇堅忍なるや分を得れば寸、寸を得れば尺と・・・営々倦まざること即ちこれをや日本軍の精気なりと言わん。実に、この精気に強き日本軍が精気の弱き露西亜軍を屈服せしめたるなり。
 余は敢えて屈服という。されど一九〇五年一月一日の旅順開城をさすにあらざるなり。
 その前年の暮れ、即ち十一月二十六日における白襷抜刀決死隊の勇敢なる動作こそ、まことに余らをして精神的屈服を遂げしめる原因なれ。
 この日の戦闘の猛烈惨絶なりしことはもはや従来の露西亜文学にはその適当なる修飾語を発見するを得ず。・・・数千の白襷隊は潮の如く驀進して要塞内に侵入せり。総員こぞって密集隊・・・白襷を血染めにして抜刀の姿、余らは顔色を変えざるをえざるなりき。余らはこの瞬間、一種言うべからざる感にうたれぬ。曰く、屈服。」(岡田幹彦著、「乃木希典」より)
 これが、白襷隊の突撃に直面したロシア軍の記録である。そして、レーニンは、旅順の陥落を帝政ロシアに対する回復不能の打撃と評価し、次のように述べた。「ヨーロッパの軍事専門家は、旅順要塞はセバストーポリ要塞を六つ合わせた強さを持つという。イギリスとフランスの連合軍はセバストーポリ要塞を落とすのに一年を費やしたが、彼の東洋のちっぽけな日本軍はセバストーポリを六つ合わせた旅順を数ヶ月で陥落せしめたのである」

 レーニンは、旅順要塞陥落を世界史的事件と捉えている。確かに帝政ロシアの敗北を決定づけた陥落である。世界は、この要塞を陥落せしめた軍司令官を無能とはいわないし、陥落に直結する甚大な衝撃を与えた白襷隊の攻撃を無益な殺生ともいわない。
 これを、無能また無益な殺生というのは、「坂の上の雲」をよく読んだ日本人だけだ。

 決死の白襷隊の攻撃も広瀬中佐の決死の旅順港閉塞作戦も、参加者を募って行われた。軍は、そこに長男は参加させない方針であった。しかし、多くの長男が家が断絶するのを覚悟で参加してきた。そして、祖国のために散っていった。
 (本稿の終わりに、話が今に飛び、はなはだ次元が落ちて申し訳ないが)この歴史を振り返って考えてみてほしい。
 村山富市談話の歴史観で、これら日本を救った英雄が生まれるだろうか。国家の危機に際して、国家を救う任務を担う若者が生まれるだろうか。答えは、否である。つまり、現在は、国家の危機において、国家の為に働く若者を生み出せないことになる。ということは、即ち、亡国。
 よって、正に、村山談話とは、亡国の談話ではないか。
改めて、田母神前航空幕僚長の「司令官の戦い」に敬意を表する。

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