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日本のこころを大切にする党 西村眞悟

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「強い国」とは歴史の真実を堂々と明言できる国・さらば村山富市

平成20年11月1日(土)

 本日十一月一日の朝刊は、歴史認識に関する二つの事件を報道している。一つは、沖縄の集団自決訴訟の控訴審判決であり、もう一つは田母神俊雄氏の航空幕僚長更迭である。
 この二つとも、我が国が未だにいわゆる自虐史観・日本悪玉論に縛られていることを示している。前者は司法が、後者は政界が、自虐史観のうんざりするほどの呪縛下にあることを示している。
 沖縄の集団自決訴訟とは、大江健三郎氏の書いた「沖縄ノート」(岩波書店)が、沖縄戦における住民の集団自決が梅沢裕陸軍少佐と赤松嘉次陸軍大尉の命令によって住民に強制されたとして両氏を厳しく非難しているのを受けて、両氏が住民に自決命令を発していないとして名誉の回復を求めた訴訟である。
 また、田母神航空幕僚長の更迭は、同氏が「日本は侵略国家ではない」旨の論文を公表したのを受けて、その歴史認識は「日本は侵略国家である」旨の歴史認識を示した村山富市談話を受け継いだ麻生内閣の歴史認識と異なる故に為されたものである。

 では、歴史の真実は何か。
 集団自決訴訟に関しては、本件の大阪地裁判決に関して本欄で述べた通りである(平成20年3月29日、337号)。
 梅沢、赤松両氏の自決命令は無かった。
 大阪地裁は、判決で「書籍に記載された自決命令自体まで認定することはちゅうちょを禁じ得ない」と述べ、昨日の大阪高裁判決も、「直接的な隊長命令」に限れば「真実性の証明があったとはいえない」としている。つまり、原審と控訴審ともに、両氏の自決命令があったと認定できていない。しかし、この二つの裁判所は、梅沢、赤松両氏を自決命令をした極悪非道の人物と書いてある「沖縄ノート」という本がこの先も販売を続けられて広く読まれることを容認している。論理が破綻しているのだ。
 結局裁判所は、論理破綻を誤魔化して原告二人の真実に基づいた名誉というかけがえのない価値よりも、真実でないことを書いて売る出版社と著者の利益を優先したのである。
 梅沢、赤松両氏の自決命令が認定できない、即ち自決命令が無いならば、両人を自決命令をした極悪非道の人物であるとする本がこの先販売され続けることは社会正義に反する。裁判所は、これが何故分からないのか。
 この二つの判決を書いた裁判官達は、戦後の自虐史観の中で学び、そして裁判官という閉鎖的官僚世界を歩み、その殻から抜け出ることができないのだ。

 次に、田母神航空幕僚長の論文であるが、産経新聞に報道されていた論文要旨を読んだが、当たり前のことを述べておられる。同感である。
 もちろん、田母神氏の論文要旨は、村山富市氏の「談話」とは内容も歴史観も異なる。しかし、そもそも、航空幕僚長たる者、村山富市氏と同じ認識であることこそ更迭に値するのである。何しろ、村山富市とは総理大臣になっても暫くの間は、「自衛隊は憲法違反」と認識していた社会党の御仁であるからだ。
 しかるに、この村山富市氏の歴史認識と反することを書いたという理由で航空幕僚長を更迭したのが現内閣である。逆ではないか。その理由は、野党が国会で幕僚長と内閣の歴史認識の違いを内閣攻撃の武器にするからであろう。
 何とも情けないではないか。そこまでしても、自虐史観の社会党的歴史認識に閉じこもらなければ国政が運営できないと思い込んでいるとは。また、自国を悪い国だという前提で内閣を攻撃しようとする野党質問の低次元さも目に見えるようだ。
 自虐史観で内閣を攻撃しようとする野党と自虐史観に閉じこもって攻撃をかわそうとする政府の閣僚。ともに、祖国への愛をもっているのであろうか。

 以上、本日の朝刊が報ずる二つの事件から、
「強い日本」、「明るい日本」そして「誇りある日本」への改革とは何かが具体的に明らかになったではないか。
 その第一は、歴史の回復、即ち、自虐史観からの脱却である。
 であるのに、「強い日本」、「明るい日本」を所信表明で語った総理の率いる内閣が自虐史観に閉じこもってどうする。

 もっとも、現在の政治情勢の中では、航空幕僚長たる者、軽々しく、野党に武器を与えるような論文を発表するとは何事かと、苦々しく思う内閣の気持ちもよく分かる。
 しかし、それを発表してしまったのだから苦々しく思っても仕方がない。
 私は、逃げるなと言っているのだ。犬と一本道で出くわしたことがある人なら分かるだろう。逃げれば弱い犬に限って追いかけてくる。何ともないと前進すれば道をあける。

 最後に、航空幕僚長は「軍人」の最高位であるとすれば、本件も、「政治と軍事」の関係と捉えておくことも必要である。
 政治は問題解決を外交の領域から軍事の領域に移すか否かを決める。これが、シビリアンコントロールの本質である。そして、政治から目的を与えられた軍は、その目的達成の為に指揮官の命令により行動を起こすことになる。
(日本海軍の真珠湾攻撃に際して、ルーズベルト大統領は軍の最高指揮官を顧みて「君たちの領域に移す」といったといわれる。これがシビリアンコントロール発動の典型的情況である。)
 
 この時、その軍事目的の達成のために部下将兵のもつべき歴史観はこれだと指揮官が確信するならば、指揮官は堂々とそれを部隊に示して周知徹底しなければならない。
 仮に指揮官が、内閣のもつ歴史観によれば、部下が任務を全うできないと思えば、内閣の歴史観に迎合してはならない。迎合するのは官僚であって軍人ではない。迎合すれば軍事目的が達成できず国家の存立を危うくするからである。
 本件更迭に即して言えば、航空幕僚長が、村山富市歴史観では部下は日本人としての誇りをもつことができず軍人としての任務を全うできないと確信すれば、それが内閣の歴史観であっても従う必要はない。従えば、任務を全うできず何のために日々訓練をしているのか分からなくなるからである。
 
 「日本は侵略戦争を続けて悪いことをした悪い国であった。従って日本に軍隊をもたせてはならない。だから自衛隊は軍隊ではない」
 この社会党的歴史観で部下に祖国を防衛させようと思っている指揮官こそ更迭に値する。何故なら、そもそもこの歴史観では祖国のために命を投げ出して戦えないからである。

 この度の更迭であるが、航空幕僚長の思想傾向をチェックして内閣が決めた。ここで、ふと連想するのは、かつてのソビエト軍のなかの「政治将校」と言われる存在である。
 政治将校とは、部隊の指揮官達がスターリンの満足する思想を持っているか否かを監視するために政治から送り込まれる官僚のことである。部隊の指揮官達は、軍人としての能力ではなく、この政治将校のお眼鏡にかなうか否かで地位を得るか失うかがきまる。つまり、ごますりでなければ高級将校になれない。実に陰惨な組織を政治将校の思想チェックが作りあげていたのだ。
 そこで、スターリンの政治将校と同様に、我が国では村山富市の政治将校が健在で、そのお眼鏡にかなうごますりでなければ高級自衛官を続けることができないとすれば、実に馬鹿馬鹿しい。これほどの国益喪失があろうか。我が国の「村山富市の政治将校」とは政党、マスコミ、文化人そしてむちゃくちゃな判決をする裁判官である。
 航空幕僚長更迭のニュースに接し、この通り憂慮する。

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