大阪堺市出身!国家の安全保障や国益優先の信念を貫く行動派!

日本のこころを大切にする党 西村眞悟

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西村眞悟の時事通信
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「偽」から「真」へ切り替える日本

平成19年12月30日(日)

 はや今年も二日を残すのみとなる。
 ここ数日間、事務所にも家にも帰ることなく過ごし、
新鮮な気分になって吉野の吉水神社・勝手神社と後醍醐天皇陵に参拝してから昨日二十九日に帰宅した。新鮮な気分になれば、吉野の新鮮な空気を吸いたいと思ったからだ。
 言うまでもなく、吉野は南朝の御所のあったところ。吉水神社はまさにその御所である。吉水神社では、今に残る後醍醐天皇の玉座の前に礼をし、役行者の像に気合いをかけて礼拝するのを常としている。
 さらに遡って、大海皇子は死期の迫る兄天智天皇の元を離れて、命からがら吉野に落ちのびる。そして、心機を掴んで吉野から伊勢に入り美濃の国を経て不破の関から畿内に攻め入り、天智天皇の後継者大友皇子の軍勢を打ち破る。古代国家の大乱、壬申の乱である。この乱後に、大海皇子は即位して天武天皇となり当時の近代国家日本が成立していく。その大海皇子が最大の危機の中で吉野に逃れて天啓を得た地に勝手神社がある。
 南北朝争乱や壬申の乱は、期せずして日本国家の個性を鮮明にした乱である。そして、この乱の主役である二人の天皇が居られたゆかりの地は、約七百年の歳月を隔てているが、共に吉野山の百メートル圏内の近くに隣り合っている。さらに、近年の放火による火災によって、勝手神社本殿は焼失し、ご神体は現在、吉水神社にある。
 また、義経が兄源頼朝に追われて弁慶とともに吉野に逃げ、そこに静御前が合流する。その義経と静、また、弁慶等主従が吉野でひっそりと滞在したところも吉水神社である。しかし、二人の生活は長く続かず、静は、東北へ逃亡する義経主従と吉野山中の女人結界で別れる。そして、捕らえられた静の舞を観て頼朝軍の武将が涙するが、その舞を舞った場所が勝手神社の中にある。
 後醍醐天皇の御陵は、御座所の吉水神社から三キロほど離れた山腹に北の京都の方角を向いてある。
 以上が、昨日二十九日、幸いにも訪れることが出来た吉野。
亡き父が、我が家は南朝である南朝のために戦ったと言っていた理由もあり、私にとって吉野は懐かしい山だ。
 また、吉水神社の宮司である佐藤一彦氏は、大阪府警の警察官をしておられた熱血漢である。拉致被害者を救う奈良の会の会長もしておられる。そして、いつも社務所で実に雄大な憂国の話しになる。まことに、南朝の地、吉野にふさわしい魂をもたれる宮司である。

 さて、この南北朝争乱の時、京都では「二条河原落書」として後世に伝わる落書きが加茂の河原に立てられ、都の評判になる。これは、「このころ、都にはやるもの・・・夜討強盗ニセ倫旨」という書き出しで「流行るもの」を列挙している。その列挙されているものは総てまがい物偽物である。つまり、「二条河原落書」は空騒ぎ偽物ばかりが流行っていると都の時勢をあざ笑っている落書きなのだ。
 では、当年の世相は。
 平成十九年の「このころ、都にはやるもの・・・」は何か。
 京都の清水寺ではお坊さんが本年を象徴する漢字を「偽」と書いた。ということは、本年も「二条河原落書」の時代と同じなのか。なるほど、偽(当世では偽装という)の流行を落書のように数え上げれば切りがない。

 そこで、ここでは一つか二つ、当世の「偽」を指摘しておきたい。それは、政治やマスコミの「偽」だ。これは、国家の存亡と国民の命にかかわる「偽」だ。
 先ず、マスコミから。
 正直言って、赤福もちや吉兆の「偽装」は命に別条はない。
味が悪かったわけでもない。その証拠に、食べた人から味が悪いと苦情はでていない。さすが赤福もち、さすが吉兆、「けっこうな味でした」となっていたのではないか。私も、お土産にいただくと、「あ、赤福か」と喜んで食べていた。美味かった。
 食品偽装の報道で不思議なのは、赤福や吉兆の命に別条のない偽装に大騒ぎをして企業を潰そうとしている割には、命に別条がある中国からの食品に関する報道が全く為されなくなったことである。
 アメリカでは、中国製玩具に塗られた鉛害で大騒ぎになっているのに、日本ではここ数ヶ月、危険性のない偽装で大騒ぎをしていて、危険性のある中国製品に関する報道がピタリと止まっている。C型肝炎では、マスコミは患者さんの訴えと「国の責任」をキャンペーンしている。しかし、中南米で多数の死者が出ている中国製薬品の害は報道しない。
 これは、「報道の偽装」ではないか。赤福もちや吉兆の報道姿勢からするならば、マスコミは国民の命を守るために中国製品の不買運動を呼びかけるのが当然ではないか。
 「沖縄戦における軍の命令による住民の集団自決」の記述を教科書で復活させるための集会に十一万人が集まったと報道されたが、実数は二万人くらいだったという。
 これは、「報道の偽装」ではないか。マスコミは、赤福もちや吉兆で騒ぐ基準で自らを点検せよ。
 以前、取材の記者自身が珊瑚に傷を付けて写真に撮り新聞に掲載して「心ない自然破壊を許さない」と訴えたのは朝日新聞だった。
今も、中国製品に関する報道をしなくなったり、二万人を十一万人と報道したり。これは誤報ではない。偽装である。全く、マスコミの「偽装」の体質は変わっていない。
 この体質が、国民の命を脅かし、国論を左右しているから許せないのである。とはいえ、数え上げれば切りがない。政治の「偽装」に移る。

 本年の政治の偽装で最大のイベントは、あの与野党の党首会談と、会談の当事者の頭の中にある「国連中心主義」というやつだ。
 長年の老舗が、なーんだ、とあきれるような偽装をやっていたのと同じように、長年政界にいた老舗が、なーんだ、この程度かとなった会談の顛末と「国連中心主義」。
 しかも、この政界の偽装は、国策つまり国の命運を狂わしかねない。現に既に、この御仁の国連中心主義によって、我が国の国際社会におけるプレゼンスとして重要なインド洋での各国部隊への給油活動は中断したままである。
 国際社会で我が国のプレゼンスがなくなれば、喜ぶのは中国である。よって、この会談当事者は、会談後にそれぞれいそいそと中国を訪問して歓迎されている。
 我が国の国連中心主義とは、結局、中国が反対することはしないということである。平和の為でも我が国の為でもない。国連の常任理事国である中国に従うこと、即ち中国の属国化である。
 結局、国連中心主義とはこれほどの偽装なのだ。心ある日本人なら、政界の「老舗の偽装」によって、我が国が中国の属国に引きずり降ろされてたまるかと奮い立つべき欺瞞である。
 本年、政界の偽装の中身が子供でも分かるように具体的に見えてきたのでよかった。やはり、偽装を生み出す戦後体制からの脱却を忘れてはならないのだ。政界では、いくら長く棲息していようと、戦後体制の受益者は偽装議員である。所詮「私」の徒だ。国の為にならない。

 ところで、我が国の首相は、この年末に未だ中国にいる。そして日中関係に「春が来た」と実態から遊離した歯の浮くようなことを言っている。
 このような折り、今発売中の月刊誌「正論」に投稿した私の台湾に関する「一衣帯水の友邦を見失ってはならない」と題した一文にありがたい反響が寄せられてきた。そのなかに、会津若松の方からの親書があった。ご自分のお父上が台湾で小学校の先生をされており、今の駐日代表の許先生の奥様が教え子であったと書かれてあった。そして台湾に対する親愛の思いが書かれていた。このお手紙を拝読したとき、私は日本と台湾の両国国民の深く暖かい繋がりを感じることができた。
 福田総理は、中国首脳から、台湾が台湾という名で国連加盟申請をすることに対して反対の意見表明を求められ、「支持しない」と述べたと言うが、
「それは台湾の方々が決められることです。私がとやかく申すことではありません。それが民主主義国家というものです。」
と何故あっさりと言えないのか。
 私の「正論」誌に書いた一文の副題は「中国詣では愚の骨頂」というのであるが、なるほど、この度の野党の大集団の訪中と首相の中国での発言は愚の骨頂だ。
 首相の中国滞在も長すぎる。もう三日目ではないか。訪問を二十四時間以内で済ませたワシントンDC滞在以下の時間にすべきである。アメリカと中国と日本は、「正三角形」の関係ではないのだから。

 ところで、昨日、「めぐみへ 横田早紀江、母の言葉」(草思社)という本をいただいた。
 二〇〇二年九月十七日午前十時頃、訪朝した小泉総理に北朝鮮の金正日は、めぐみさんは死亡していると伝えた。小泉総理一行は「頭が真っ白になって、それを信じた」。同日午後五時頃、政府は母の早紀江さんに金正日が言ったとおり「娘さんは死亡されています」と伝えた。
 本書にはその直後の記者会見における母の言葉が書かれていた。
「・・・いつ死んだかどうかも分からないような、そんなことを信じることはできません。」
「日本の国のために、このように犠牲になって、苦しみ、また亡くなったかもしれない若者たちの心のうちを思って下さい。」
「・・・めぐみは犠牲になり、また使命を果たしたのではないかと私は信じています。いずれ人は皆、死んでいきます。本当に濃厚な足跡を残していったのではないかと、私はそう思うことでこれからも頑張ってまいりますので、どうか皆様と共に、戦って行きたいと思います。本当に、めぐみのことを愛して下さって・・・めぐみちゃんのことをいつも呼びつづけてくださった皆さまに、また祈ってくださった皆さまに心から感謝をいたします。まだ生きていることを信じつづけて戦ってまいります。ありがとうございました。」
 この会見の場にいた私は、この横田早紀江という母の言葉によって、拉致被害者救出運動が国直しという国家的課題になったことを感じた。
 後日早紀江さんに、あの言葉を言おうと決めて会見に臨まれたのですか、と尋ねた。それに対して、早紀江さんは、
「いえ、いえ、いつもそうですが、何を言おうと用意していなかったんです。主人が泣いてしまって言葉が出なくなったので、その場になって言葉になったんです」と答えられた。その時私は、早紀江さんは人智を越えたところから神の言葉をしゃべる人だと感じた。
 
 この「母の言葉」に「偽」はない。従って、この「母の言葉」を具現化するところに、我が国の国民精神の復活と国家の再興がある。
 あたかも「二条河原落書」の如く「偽」に満ちた政界から、「真」を取り戻す為に、この「母の言葉」がある。
 来年こそは、拉致被害者救出に関心を示さない者に限って人権擁護や世界平和や国連中心主義を説く政界の「偽」の構造を取り払い、
偽のない「真」の政治活動を目指したい。ここまで「偽」が見えればこれは出来る。
その意味で、来年は、我が国家にとって希望の年である。

 諸兄姉とご家族の、ご多幸を心よりお祈りもうしあげます。
 祖国への愛と誇りと希望をもって新しい年を迎えましょう。
 そして、友邦台湾の総統に民進党の謝長廷氏の当選を切に祈る。

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