大阪堺市出身!国家の安全保障や国益優先の信念を貫く行動派!

日本のこころを大切にする党 西村眞悟

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「鉄血、山を覆って、山形改まる」十二月五日

平成19年12月5日(水)

教育の改革は歴史の回復からはじまり、歴史の回復とは勇戦奮闘した英霊のことを忘れないことだと、先の時事通信で述べた。
 従って、勇戦奮闘した英霊のことについて、今少し述べておきたい。
 明治三十七年十一月二十六日を期して始まった旅順要塞への第三回総攻撃は、遂に翌三十八年一月一日の勝利、旅順の陥落を以て終わる。その当時のつもりになれば、日々死傷者を積み上げ、国家の存亡を賭けた必死の攻撃は極寒の地で今も続いている。
 そして、本日、十二月五日は、激しい攻防の末に二〇三高地(爾霊山)の完全占領に成功した日である。
 乃木将軍は、「鉄血、山を覆いて、山形改まる」と表現した。
 
 司馬遼太郎氏は、「坂の上の雲」のなかで、二〇三高地占領を以て旅順が陥落したように書いているが、十二月五日の同高地占領から一月一日のロシア軍降伏までの日数を考えれば、二〇三高地占領が旅順陥落と直結していないことは明らかであろう。二〇三高地が日本軍に占領されてもロシア軍の戦意と戦力は衰えていない。彼が言うように「児玉の手品」で二〇三高地が落ちて旅順が陥落するというような単純な要塞ではない。何処から攻めても難攻不落、まさに旅順要塞攻防戦は「古今の最難戦」だったのだ。
 そして、遂にロシア軍が降伏の決断をするのは、旅順市内を見下ろせる望台という陣地が日本軍の手に落ちたからである。二〇三高地の遥か東の望台陥落の翌日ロシア軍は降伏を決めた。そして、この望台は乃木第三軍が第一回総攻撃から狙いを定めていた東鶏冠山と並ぶ要衝であった。

 日露戦争は欧米各国が関心を示した近代戦であり、多くの観戦武官が戦況を観戦した。その観戦武官達の報告書は多くの専門書に紹介されていると思うが、私は、岡田幹彦著「乃木希典、高貴なる明治」(展転社)や平間洋一著「日露戦争が変えた世界史」(芙蓉書房出版)などにより教えられた。
 それらを読んで思うことは、日露戦争における日本軍の闘いは、海軍はもちろんであるが、陸軍の闘いこそ、後のヨーロッパ諸国の手本になったということである。それは、十年後の第一次世界大戦のモデルになった。
 さらに、彼らは日本軍の何に強い印象を受けたのであろうか。もちろん、乃木将軍をはじめとする軍司令官達そして軍幹部から深い印象を受けた。
 しかし、脳裏から離れない強烈な印象は、無名の兵士達の姿から与えられたのであった。
 それを次に紹介したい。「日露戦争が変えた世界史」より。

「結論として、旅順の事例は今までと同様に、塁堡の攻防の正否は両軍の精神力によって決定されることを証明した。最後の決定は従来と同様に歩兵によってもたらされた。・・・。
 この旅順の闘いは英雄的な献身と卓越した勇気の事例として末永く語り伝えられるであろう。」(英国国防委員会編纂「公刊日露戦争史」)
 また、この報告を英国にもたらした英国観戦武官ハミルトン陸軍中将(後のエジンバラ大学総長)は、日本から学ぶべきものとして兵士の忠誠心を挙げた。そして「子供達に軍人の理想を教え込まねばならない。自分たちの先祖の愛国的精神に尊敬と賞賛の念を深く印象づけるように、愛情、忠誠心、伝統および教育のあらゆる感化力を動員し、次の世代の少年少女たちに働きかけるべきである」と説いた。
 フランス軍スーグリエ将軍は、旅順攻防戦を「精神的な力、つまり克服しがたい自力本願、献身的な愛国心及び騎士道的な死をも恐れぬ精神力による圧倒的な力の作用の教訓となる印象深い戦例」とした。
 また、十一月二十六日夜に決行された白襷隊三千名の銃剣と刀による突入が相手のロシア軍に如何なる衝撃を与えたか。これは前回の時事通信でロシア側記録を紹介した。
 以上の記録からも明らかなことは、彼ら欧米人は、日本軍の無名の兵士の愛国心と死をも恐れぬ英雄的行為に強い印象を受けた。そして、その英雄的行為を自国の国民教育のなかで伝えるべきと主張したのである。
 そして、その通りに、歩兵の突撃を主体として十年後の第一次世界大戦を戦った。膨大な死傷者をだした。しかし、欧米で、その闘いを「無能」と嘲笑してはいない。英雄的な行為としている。無能とするのは日本の「戦後体制」だけだ。

 さらに、旅順の乃木将軍について。「坂の上の雲」で、乃木将軍を愚劣無能としているので、こちらもしつこくなる。
 日露戦争を重大な関心を持って見守っていた人物に革命家レーニンがいる。彼は、旅順陥落の二週間後に「日本軍は戦争の主な目的を達成した。・・・反動的なヨーロッパに取り返しのつかない打撃を与えた」と書いた。
 さらにレーニンは言う。「旅順要塞はヨーロッパの新聞が難攻不落と誉め称えた。軍事専門家は、旅順の力は六つのセバストーポリに等しいと言っていた」
 このセバストーポリとはロシア対英仏両国の闘いであったクリミア戦争におけるロシア側要塞である。そして、このセバストーポリ要塞は英仏両軍によって攻略されたが、三百四十九日を要し英軍に三万三千、仏軍に八万二千、合計十一万五千人の大損害を与えた。しかし、六つのセバストーポリの力を持つ旅順を乃木第三軍は百五十五日で五万九千三百四名の損害で陥落せしめた。
 国家に勝利をもたらす軍人を名将という。レーニンが「戦争の主な目的を達成した」と評価する旅順を陥落せしめた軍司令官を「無能」と冷笑するのは日本だけの現象であると思う。

 また、無名の兵士についてあと一つ。それは旅順要塞に立て籠もって左腕を吹き飛ばされながらも勇敢に戦ったロシア兵が戦後に接した日本兵のことである。
 そのロシア兵はユダヤ人のトランベルドールという。彼は旅順陥落とともに日本軍の捕虜になり、大阪浜寺の捕虜収容所にきた。そこは私の郷里である堺市と高石市にまたがる海岸である。
トランベルドールは、そこで小国の日本が大国ロシアを打ち破った秘密を知る。それは、日本軍の一兵士が彼に語った言葉である。その日本軍兵士は「祖国のために死ぬことほど名誉なことはない」とトランベルドールに言った。
 彼は、戦後ロシアに帰るが、その日本軍兵士の言葉を忘れず、イスラエル建国の闘争に入る。そして、十数年後にパレスチナの地で銃弾に当たって戦死する。
 その時、負傷した彼に駆け寄った戦友に、トランベルドールは「俺にかまうな、祖国のために死ぬことほど名誉なことはない」と言った。
 トランベルドールは、「イスラエル建国の英雄」、「片腕の英雄」と言われ、今もイスラエルで知らない人はいない。
 彼が最後に戦友に言った無名の日本軍兵士の言葉とともに!

 彼ら、各国の観戦武官が賞賛を惜しまなかった無名の日本軍兵士、トランベルドールが接した無名の兵士は、今も我等の郷里の何処かの墓に眠り、また、靖国神社に祀られている。
 我々日本人の日本国は、この時代に闘い祖国を守った日本人と、今の我々と、未来の日本人とによって、成り立っている。
 よって、このことの確認こそ、「戦後体制」から脱却すべき国政の最大課題と思い本通信を書いた。
 まことに、イギリス軍の観戦武官であったハミルトン中将がイギリスの教育のために語った日本軍兵士から得た前記の教訓こそ、現在の我が国で実践されるべき教育改革の要諦である。これは、祖国のために日本人自身が血で世界に示した教訓なのだから。
  
 さて、国会内は、何かやっているようであるが、何もやっていない。従って、書かない。
 聞くところによると、明日から民主党のかなりの数の議員が親分に率いられて、ごっそり中国の北京を訪問するらしい。国会対策の責任者も中国行きという。
 ということは、国会の会期中にごっそりと党幹部が抜けていいほどの国会なのだ。
 とはいえ、民間人ならいつ行ってもいい。しかし、国会開会中の一党の優先課題が中国行きとは。まるで、中国の属国ではないか。さぞかし、歓待されることであろう。中国共産党○○大会の会期中に、向こうから代議員が親分に率いられて、ごっそりと東京にご機嫌伺いに来たらこちらもそう思うし、そうする。

 昨日、十二月四日、月刊誌「正論」と「月刊日本」に原稿を提出した。本月中に発売されるのでご一読頂ければ幸甚です。
 やはり、師走にはいると、寒さが増します。
 同志、諸兄姉、お体をどうかご自愛ください。

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