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日本のこころを大切にする党 西村眞悟

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西村眞悟の時事通信
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リーダーの権限と軍隊の運用

平成19年10月16日(火)

 アメリカの大統領が、大統領である所以は、その憲法二条に書かれた権限による。そこには、行政権は大統領に属する、ということと、アメリカの軍隊の最高指揮権を大統領が持つ、と言うことが明記されている。
 我が国の「内閣の首長」である内閣総理大臣に関する権限も、憲法六五条の行政権は内閣に属する、また、自衛隊法七条の内閣総理大臣は自衛隊の最高指揮監督権を有する、とある原則によって定まっている。
 なお、行政権とは、国家権限の総体から、立法権と司法権を除いた全ての権限である。
 このアメリカ大統領と我が国の内閣総理大臣のもつ権限は、日米両国に限らず、およそ一国の政治的リーダーがもつ権限として当然のことである。日米両国のリーダーは同じ権限をもち、大統領や総理のこの権限が、軍隊の文民統制・シビリアンコントロールの中核である。

 ところが、国際政治における機動力という点では、リーダーが同じ権限をもつアメリカと我が国は全く違うように見える。
 例えば、アメリカは六年前のニューヨーク貿易センタービル破壊などの同時多発テロ以降、現在に至るもアフガニスタンに軍隊を派遣している。テロ直後から、アメリカ大統領は「テロとの戦争」を呼びかけて、軍隊派遣に動き始めたと思う。その時、アメリカは、「アフガニスタン軍隊派遣特別措置法」が議会で成立したから派遣したのであろうか。
 また、同じくアフガニスタンに軍を派遣しているイギリスやフランスやドイツなどNATOの国々も、「特別措置法」が議会で成立したから派遣しているのであろうか。多くの派遣各国の国内法を精査した訳ではないのではっきりと言えないが、議会の承認はともかく、いちいち「特別措置法」をつくっている国はないのではないか。

 では、アメリカをはじめとする派遣各国は、如何なる権限で軍隊を派遣しているのであろうか。それは、冒頭に述べた大統領や首相に属する「行政権」と「軍の最高指揮権」である。
 そこで、我が国は、どうなのか。
ご承知の通り、いわゆる「テロ特措法」に基づいてインド洋で給油活動を行っているが、その法律の期限がもうすぐ切れるので「困っている」という状況である。
 
 以上のとおり、我が国とアメリカを始めとする各国を比べれば、何が違いとして際だつかと言えば、我が国が「法律に書いていることは出来るが、書いていないことは出来ない」という前提で動いているのに対して、アメリカなどは「法律が無くとも、又は、法律に書いていなくとも出来る」という前提で動いているということである。

 ところで、我が国と各国のこの違いであるが、今は遠いアフガンに関することとして述べた。しかし、実は我々自身の生死にかかわる違いであることを、神戸市民と兵庫県民は身にしみて生々しく体験しているのである。
 それは、阪神淡路大震災の時である。
 この震災に対して、現地の消防や警察だけで対処できないことは明らかであった。しかし、時の総理大臣は、法律に基づいて行動している。その法律は、現地の知事の要請に基づいて自衛隊を派遣することになっていた。ところが、知事自身が地震の時何処で寝ていたのかも分からず、当然知事からの要請もなかった。これで自衛隊は迅速に出動できなかったのである。そして、救命に一刻を争う多くの国民の救助が遅れたのである。
 では、今アフガンにいる各国は、阪神淡路大震災に遭遇すればどう行動したであろうか。「法律が無くとも、又は、法律に書いていなくとも出来る」という前提で動いた。即ち、大統領もしくは首相の有する「行政権」と「軍の最高指揮権」に基づいて直ちに軍を救助に向かわせたであろう。そして、我が国よりも多くの自国民を救助し得たはずだ。

 さて、この違いのことを、聞き慣れない表現であるが
「ポジリスト」と「ネガリスト」として分類して説明するのが普通である。
「ポジリスト」とは、法律に「出来ること」を書いてあるリストである。この原則では法律に書いてないことは出来ない。
「ネガリスト」とは、法律に「出来ないこと」を書いてあるリストである。この原則では、法律に書いていないことは出来る。

 つまり、阪神淡路大震災に際して、我が国は「ポジリスト」即ち、法律に書いてあることは出来るが書いていなければ出来ないという前提で臨んだので国民を救うことが出来なかったのだ。
 その時、「ネガリスト」に転換しておれば、即ち法律に出来ないと書いていないので出来るということで、直ちに自衛隊を出動させることができた。
 以上で明らかなように、「ネガリスト」とは、大統領や総理大臣が最高指揮権を持つ軍隊運用の原則である。そして、「ポジリスト」とは、平時に警察を運用するときの原則である。非常時と平時と言い換えてもよい。また、政治的決断の領域と官僚的事務の領域と捉えてもよい。

 話をアフガンに戻すが、アメリカやNATO各国は、「ネガリスト」で軍隊を派遣している。我が国だけが「ポジリスト」でインド洋に自衛艦を派遣している。そして、いま、法律の期限が切れると困っているのである。
 
 この我が国の政治状況を観て、この機会に、我が国の自衛隊運用の原則を「ネガリスト」に転換すべきであると思う。少なくとも、転換の問題意識くらい共有すべきである。
 そうでなければ、再び阪神淡路大震災の「政府による不作為の殺人」または「政府による遺棄」を繰り返すことになる。
 また、この先世界で自衛隊しか対処できない何かが起こったときに、いちいち「○○特別措置法」を作らねば動けないならば、我が国の世界への貢献はおろか自国民の救出も出来ないではないか。例えば、朝鮮半島北部の治安が崩壊したときに、拉致被害者を含む多くの我が国民を如何にして救助するのか。「特別措置法」を作ってからになるというのであれば、見殺しである。これを容認できる日本国民ではないはずだ。

 そこで、福田総理大臣には、この「ネガリスト」への転換に関して因縁があることを指摘したい。
 一九七七年九月、我が国ではダッカハイジャック事件が発生し、西ドイツではルフトハンザ機ハイジャック事件が発生した。
 そして、我が国の福田内閣は、「人の命は地球より重い」からとして、犯人の要求に屈服して「超法規的措置」として受刑者を刑務所から出して六百万ドルをもたせて犯人に引き渡した。世界に恥をさらしたのである。他方、西ドイツは、果敢に軍隊をルフトハンザ機があるアフリカのモガジシオに派遣して犯人を全員射殺して人質を救助した。
 では、何故西ドイツ政府は、アフリカに軍隊を派遣できたのであろうか。我が国官僚機構が問い合わせたのであろう。西ドイツ政府は次のように回答した。
「国境警備隊をアフリカに派遣してはならないという法律はないから派遣した」、つまり、「ネガリスト」の原則を回答したのである。
 この時の福田総理大臣の秘書官は、現在の福田総理大臣のはずだ。マスコミがいう田中総理と福田総理の決算行政委員会における「子供同士の対決」などという正視に耐えない子供じみた因縁よりも、福田総理がダッカハイジャック事件で体験した軍隊運用の「ネガリスト」への転換の必要性のほうがよっぽど重要な因縁である。
 なお、ダッカハイジャック事件に際して、受刑者釈放を時の福田内閣は「超法規的措置」と言ったが、私の考えでは間違いである。この措置は、法律がないので「超法律的措置」ではあるが、「超法規」ではない。憲法六十五条の「行政権は内閣に属する」という法規に基づく措置である。

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