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日本のこころを大切にする党 西村眞悟

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西村眞悟の時事通信
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八月十五日の靖国神社参拝

平成19年8月16日(木)

 八月十五日、靖国神社に参拝しました。
 例年の通り、大村銅像前に集まり、そこから皆で本殿の方に向かい、室内で待機してから昇殿参拝です。本年は、四百名余の昇殿参拝になりました。
 以下、参拝に関してご報告します。

 八月十五日には、衆議院宿舎にも議員会館にも、そして靖国神社にも、半旗が掲げられる。何故なら、先の大東亜戦争で、三百万余の国民が戦死戦没された象徴的な日が、八月十五日であるからだ。
 議員になって東京滞在の日々が続くようになってから、ふと行きたくなるのが靖国神社である。早朝から夜まで、時間を問はず参拝している。
 日中の予定に二時間ほどの空白ができたときや、夕方に予定が終わり夕食まで時間があるときなど、「靖国神社に行く」ということになる。夜には神社の門が閉まるが、大きな菊の御紋が輝く門の前で柏手を打つのも趣が深い。
 この、ふと思いついて、靖国神社の境内に入ったとき、いつも感じるのは、やはりこの空間は違うなーということだ。
何か、霊に出会う静謐な空間に入ったように感じる。

 八月十五日の参拝は、大勢の人々があつまる炎天下の参拝である。しかし、境内の混雑の間を抜けて本殿に向かうのであるが、雑踏という感じはない。
この日も、私にとってあくまで静謐な空間での参拝である。

 この靖国神社に祀られる英霊は、天寿を全うして亡くなられた方、つまり自然死した方ではない。全て国家の戦いの中で亡くなった方である。欧米流の表現では、「殺された」方である。日本古来の表現では、「益荒男の本懐を遂げた」方だ。従って、靖国神社に参拝するということは、この戦没者の慰霊をするということである。
 しかし、私にとっては、慰霊だけではなく、英霊の前で頭を垂れて反対に英霊に励まされるという思いが強いのである。
あの困難な状況下で戦われた英霊の苦難を思えば、「これしきのことにへこたれてはならない、がんばれ」と何時も励まされる。
 私は、英霊に励まされてきた。

 よく歴史と伝統を尊ぶべきだといわれる。これが、保守の思想である。では、歴史と伝統を尊ぶとは、政治において如何なる思考形態となるのか。それは、国民の範囲を、現在に生きる国民だけではなく、過去に生きた国民と未来に生きる国民に広げて認識することから始まる。
 また、日常使われる、ご先祖に申し訳ない、とか、子々孫々の為に、とかの言葉は単に今に生きる自分たちの「生活」だけのことではなく、先祖と子孫につながった生き方を希求する心情を素朴に表現したものである。従って、この心情は、自分たちの家族を単に今に生きる者に限定せずに先祖と子孫を含めて考えているので、保守の思想といえる。つまり、我々は生物的存在としても、心情においても、歴史と伝統から切り離すことはできないのである。

 そこでまた靖国神社に戻るが、日本国民がこの神社に参拝することは極めて自然なことなのである。お国のために戦い戦没した英霊のおられる歴史の中に我々は存在しているのであるから。
 そして、この自然なことをすることが、如何に大切であることか。私に関していえば、英霊を慰霊することよりも、英霊に励まされてきた。この励ましがなければ、私は政治家として精神(スピリット)を奮い立たせることはできなかったであろう。
 
 この意味で、安倍総理が昨日東京にいながら、靖国神社に参拝しなかったことを惜しむ。
 あそこは、苦難に遭遇する公人を荒ぶる英霊が出迎え励ましてくれる神社であるからだ。
 安倍さん個人の為に惜しむのではなく、公人たる日本国総理大臣に、英霊によってそのスピリットが励まされる静寂な空間が与えられなかったことを惜しむのである。
公人のスピリット、これは国家の品格の問題であるからだ。

 とはいえ、八月十五日が過ぎても、八月十八日があり、二十一日があり、九月二日がある。そして、秋期例大祭。次に十二月八日がある。また、これらの日に限らず、参拝の機会は毎日ある。車で十五分の処に住んでいるではないか。
 安倍総理大臣に勧む、靖国神社に参拝すべしと。
 八月十八日とは、千島列島最北端の島、占守島で日本軍守備隊とソ連軍の戦闘が始まった日である。そして二十一日は同島での戦いが停戦を迎えた日である。卑劣にもソビエトは終戦後にも火事場泥棒的に満州および千島・樺太で攻撃を続行していたのである。しかし、この占守島での日本軍の強烈な反撃に愕然としたスターリンは北海道侵攻を諦めた。
九月二日は降伏文書調印の日、十二月八日は日米開戦の日。

 以上の通り、八月十五日の靖国神社参拝に関して述べてきたが、私の自然な思いを代弁してくれたと思う文章があるので次に紹介したい。
 それは、シアトルという人望高かったインディアンの酋長が、一八五五年に郷里の地を離れて保留地への退去を迫る白人に出した抗議文の中にある。彼の名シアトルは、アメリカの都市の名前となっている。
「あなた方(白人)の先祖は、墓の入り口を通り抜けると、それきりあなた方のことを忘れる。あなた方も彼らのことを忘れる。 が、我々の先祖霊は地上のことを決して忘れない。
うるわしき谷、のどかなせせらぎ、壮大な山々、木々にかこまれた湖・・・彼らはしばしばその美しさが忘れられず舞い戻ってきては、我々のもとを訪ね、導きを与え、慰めてくれる」(アーネスト・シートン著、「レッドマンのこころ」より)。
 
 多くの人々が、この八月のお盆に、戻ってきた先祖に導きを与えられ慰められたことだろう。
 そして、靖国の社においても、日本を決して忘れない英霊が、我々を導き慰め励ましてくれる。

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