大阪堺市出身!国家の安全保障や国益優先の信念を貫く行動派!

日本のこころを大切にする党 西村眞悟

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西村眞悟の時事通信
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やはり、言っておきたい原爆のこと

平成19年8月8日(水)

 アメリカ下院で、事実無根の前提に立ったいわゆる「従軍慰安婦謝罪要求決議」が出席議員八名から十名でなされたので、
やはり、アメリカによる広島と長崎への原爆投下という事実について言っておくべきだと思う。
 八月に入って、広島への原爆投下日の六日を迎え、さらに九日の長崎の日を迎えることになる。被爆の悲惨さが今更のように甦るのか、体験のない戦後生まれの世代も痛恨の思いにかられる。
 
 この同胞そして隣人の苦難と苦しみを思い、痛恨の思いを噛み締めて長年にわたり何も言わなかった日本人を尻目に、虚偽のプロパガンダを国際社会で駆使し捏造した歴史を政治の道具として我が国を貶めることによって有利な立場を得ようとする謀略が、年を経る毎に国内外に浸透してきた。
 そして、その浸透先がこの度のアメリカの下院であった。
 当然であるが、アメリカへのこの謀略の浸透には、アジアにおける強力な安定要因また平和要因である日米関係に、打撃を与え心理的嫌悪感を相互に増大させて日米離反を画策しようとする戦略的意図がある。

 従って、我が国朝野は、物言わぬ日本人を尻目に為されていることに対して、はっきりとものを言うことの必要性にいよいよ気付くべき時である。
 それが、この謀略に打ち勝つ道であり、ひいては、この謀略の狙う日米離反の動きを封殺して、相互理解に基づく強固な日米関係を築く道である。
 そこで、緊密かつ友好的な日米関係が世界の情勢の中で非常に重要であるという前提に立って、一方が他方にものを言わない二国間関係は正常ではなく友好的でもないのであるから、次の通り指摘しておきたい。

 フィリピンのバターン半島における多数のアメリカ軍捕虜死亡の責任を問われてバターン半島攻撃時の軍司令官であった本間雅晴中将は、昭和二十一年四月三日の攻撃開始五周年の日にマッカーサーの命令によって死刑を執行される。
 その執行直前、本間中将は、「私は、バターン事件の責任を問われて殺されるが、広島や長崎の無辜の市民の殺傷は、一体誰の責任なのか、トルーマンかマッカーサーか」と言った。
(ちなみに、バターン半島のアメリカ軍捕虜がマラリア等で衰弱していたのは、司令官のマッカーサーが部下を見捨てて敵前逃亡したからである)

 この本間中将の最後の問いかけに、はっきり答えるべきである。しかし戦後日本は、「過ちは繰り返しません」とか「しょうがなかった」とか言って、明確な事実を見つめようとしなかった。
 答は明確、「広島と長崎の無辜の市民の殺傷の責任は、アメリカにある。その命令を下したのは大統領トルーマンである」
 本間中将は、捕虜を殺せと命令していない。しかし、原爆投下命令を出したトルーマンは明確に無辜を殺せと命令した。
 本間中将を死刑にした論理を適用するならば、トルーマンも明らかに死刑である。
 また、本間中将のみならず、上級下級の多くの日本軍指揮官が、自分の知らない捕虜殺傷の責任を問われて処刑されている。
 従って、東京や大阪の都市絨毯爆撃を考案して実施したルメイという司令官や多くの爆撃機の機長も死刑である。
 ベトナム戦争当時の国防長官マクナマラは、日本の都市の絨毯爆撃を指示した上官、ルメイの下で戦略爆撃の分析と立案をしていた。きっと、日本爆撃の「戦訓」をベトナム北爆に生かしたことであろう。
 
 さらに、かつてフランキー堺さんの主演した「私は貝になりたい」というテレビ映画の主人公のように、指揮官ではなく命令されて捕虜を処刑した多数の兵士も戦犯としてアメリカ軍に処刑されている。
 この論理を適用するならば、アメリカ人のリンドバーグ(最初の大西洋単独無着陸横断飛行の英雄)に、ナチスがヨーロッパでやっていることをアジアではアメリカがやっていると言わしめたアメリカ軍の司令官及び兵士は全て処刑に価するのである。
 
 私の中学時代の恩師である福原公雄先生は、授業中に勤労奉仕の最中にアメリカ軍艦載機に低空で追いかけられて機銃掃射を受けた体験を語ってくれたことがあった。
 飛行機が去った後、逃げ込んだ建物に突きささっていたおびただしい銃弾を見て、一人の子供をめがけてよくぞこれだけ多くの弾を使ったなーと感心したという(私という生徒は、授業の内容は忘れ授業中の雑談をよく憶えている)。
 このように、日本国中で、逃げまどう子供や婦人を殺そうとアメリカ軍の戦闘機は機銃掃射していたのだ。
 この搭乗員のやりたい放題の殺戮責任はどうなるのか。人間を狐や兎と同じ狩猟の対象にしているではないか。

 以上、きりがないので止めるが、要するに、ものを言うべきだと思う。しかも、事実を。虚偽および偽善そして謀略に、事実をして勝たしめようではないか。
 その事実を語れるのは、日本人である。

 ところで、広島、長崎と、痛恨の原爆投下の日が続く。
 そこで、言いたい。
 現下の周辺状況を見回すならば、我が国こそ、現在も、
核が落とされる脅威の下にあり、しかもその脅威はさらに作り続けられ増幅されつつあるということを、今こそ特に原爆投下の日に日本国中噛み締めるべきではないか。
 即ち、中国の核ミサイルは年々増強されている。北朝鮮は核保有宣言をした。抽象的に「世界の核廃絶」を言う前に、「具体的な核」即ち中国と北朝鮮の核の脅威から如何に我が国と国民を守るのか。これに取り組むことを誓うのが、原爆の日ではないか。
そうでなければ、「過ちを繰り返す」。
 広島と長崎のあの悲惨さから国民を守ることは、何よりも重要な国家的課題のはずだ。原爆の日とは国民こぞって、このことを確認する日である。
 そして、真の福祉国家とは、このような悲惨を断じて国民に与えない国家のことである。
 都市部の阪神大震災クラスの地震では国民を速やかに救出できなかった。しかも、その責任は、誰も取っていない。従って地震においても、未だに「過ちは繰り返す」ことになる公算が大である。
 
 さらに、骨身に沁みて分かっている大惨害をもたらす具体的な核の脅威を、「抑止」する具体策は、原爆の日にも明示されず、政治はその議論自体を避けている。
 このような状況、つまり、いざとなれば国民の命を守れない状況を放置して、年金が多いとか少ないとかを議論している国の政治はすこし「おかしい」のではないか。

 私は、神戸の大震災直後に、歩いて被災地に入った。そして、痛恨の思いで佇まざるをえなかった。
 先ず、命を救うこと、この当然のこと、これが何故できなかったのかと。
 この日以来、「国防は最大の福祉である」
 これが、私の政治的確信・政治信条となった。

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