大阪堺市出身!国家の安全保障や国益優先の信念を貫く行動派!

日本のこころを大切にする党 西村眞悟

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西村眞悟の時事通信
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新嘗祭と落葉広葉樹林、そして、政治状況

平成18年11月25日(土)

 十一月にはいると、新嘗祭があり各地の紅葉の便りが相次ぐ。
我が国は、古来から、豊葦原の瑞穂の国といわれるのであるから、穀物の収穫を神に感謝する新嘗祭は、我が国の最重要の神事でありお祭りであろう。

 そう思いながら、今朝、仁徳天皇陵の南の公園を散歩していると、晩秋の落葉広葉樹林が、しみじみとした情感を生み出してくれていて、安らぎが、心に広がった。
 そして、我々の祖先が穀物を栽培するようになる遙か以前の長い間、我々に食を提供してくれていたのは落葉広葉樹林の恵みであったことに改めて気付いたのだった。
 新嘗祭を祝い紅葉を愛でることは、ともに生に不可欠な食を与えてくれる自然に感謝するという心情から発する。つまり、弥生以降は今の新嘗祭で、縄文の新嘗祭は、木の実を実らせ小動物を棲息させる落葉広葉樹林への感謝だったのだろう。それが稲作への感謝が主流になって久しい今でも、落葉樹林へ人々を誘う「紅葉狩り」の行楽として残っている。


(それにしても、新嘗祭を何時までも「勤労感謝の日」と呼んでいるのは何たることであろうか。歴史も伝統もない人工的な共産主義国家ならともかく。)

 次に、また思った。三島由紀夫が、市ヶ谷の自衛隊東部方面総監部に討ち入ったときのことを。
 あの時、僕は京都銀閣寺近くの学生寮に住んでいた。緩やかな晩秋の日差しのなかを寮に戻ろうと歩いていると、寮の玄関から一年先輩の寮生が飛び出してくるのと出くわした。
 彼は僕に、「三島さんが自衛隊に突入して、今も立て籠もっている」と言った。
 しみじみと見た彼の顔に、晩秋の日が斜めに射していた。
 その時、僕は、三島さんは死ぬんだと思った。
 
翌朝の毎日新聞の一面に、司馬遼太郎が三島さんの死について書いていた。吉田松陰と重ね合わせた見事な論旨だった。三島の作品である「午後の曳航」の結末と作者自身の自決を結び会わせた論考の末尾は、「それにしても、この二度と現れない作家を精神と肉体のアクロバットのうちに失った悲しみをどうすればいいのか」、と結ばれていたように思う。この短時間に、ここまで書いた司馬遼太郎の力量に舌を巻いた。
 僕は、三島由紀夫の自決を、これからも忘れることはない。

 また思う。昨年の今頃は何だったのだろうかと。
弁護士法違反の件で一挙にマスコミが騒ぎ始めたのだった。家を取り囲む喧噪で休むこともできなかった。
 ヨーロッパのマスコミ界では執拗に暴力的に取材を強要するパパラッチという種族がいるらしい。しかし、日本では、それは一定の種族に限られるのではなく、ある切っ掛けで全マスコミが一斉にパパラッチに豹変する。この時の我が国のマスコミは、完全に全体主義国家のマスコミである。
 そして、一年後の十一月二十日、第七回公判廷において、私の言い分を全て陳述することができた。公判廷で弁護人によって朗読された弁論要旨はA4用紙五十九ページに及んだ。
 この一年間、検察側からでた情報がマスコミに載っていた。
私の弁明と言い分は、十一月二十日に全て公判廷にでた。
しかし、マスコミにはでなかった。
 そして、裁判は、来年二月七日の判決を待つことになった。

 さて、肝心の国政報告を以下に。

 沖縄知事選挙で、政界の一部は失語症か健忘症に陥った。マスコミのいう審議拒否ではなく、審議ができなくなったのである。
 しかし、十一月十九日に沖縄知事選挙の結果が出てから言葉が戻ってきたようだ。昨日二十四日、安全保障委員会では審議が行われていた。これで、防衛省設置法案は、国会通過の見通しとなった。十年以上前から国防省設置を主張している者として、気分が明るくなった。
 
 とはいえ、核の議論といい、防衛省の設置といい、今まで何故これだけ長く時間がかかってきたのだろうか。今は、当たり前という雰囲気であるが、少し前までは議論のできない状態だった。
 ここには、民主主義は時間がかかるからという普通の説明では言い表せない我が国独特の病理があると思う。
 
 その病理とは、結局、歴史を奪われた政治の欠陥に由来する。
つまり、戦前は軍国主義で悪であるから、国防の議論をすれば、戦前の悪に戻る、従って、日本人に核の議論などさせてはならない、防衛省をつくれば陸軍省や海軍省があった戦前と同じ軍国主義になる、というわけだ。

 しかし、現在こそ歴史の見直し期である。
 我々の「戦前」を取り戻そうではないか。

「日本の戦前とは、希望に満ちあふれていた時代でもあった。戦前の日本は、『躍進する国家』(ライジング・カントリー)だった」との回想が次の本で語られている。
「戦前戦後の本当のことを教えていただけますか」(兼松 学〔述〕、加賀屋貢樹〔記〕、PHP)
 そう。戦前は暗く、今は明るいのか。毎日報道される、いじめ、子殺し親殺し、自殺・・・。戦後体制の結果が目の前に出ているではないか。
 これに対して戦前は、国家も国民も明るく希望に溢れていた。それは、写真で見る青年の表情にも表れている。今の青年と比較されたい。
 また、国家の指導層・エリートにおいても、いずれが無能なのか。「防衛省にすれば軍国主義になる」と大まじめに言っている者は、戦前よりさらにひどいのではないか。地震が起こって、なにぶん初めてのことで朝も早かったものですからと、言い訳をしたのは何時の総理大臣だったのか。

 ところで、政治には時間がかかるということは確かである。
 台湾の前総統の李登輝先生は、「台湾の主張」のなかで、
「政治家は、直線距離で最短距離を行こうとしてはならない。
回り道を探せ、そこを愛をもって進め」という趣旨を述べられている。そして、このことを私は自分自身への貴重な教えとさせて頂いている。
 この回り道は、大義を実現する上での愛に基づく忍耐のことである。即ち、「台湾人の台湾国家」建設という大義を実現していく為の「回り道」は必要だと、李登輝さんは言っているのだ。
 これに対して、この度の知事選挙の共闘態勢の故に言うべきことも言えなくなって時間がかかるというのには、全く大義はない。恥ずかしい。

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