大阪堺市出身!国家の安全保障や国益優先の信念を貫く行動派!

日本のこころを大切にする党 西村眞悟

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西村眞悟の時事通信
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「国を愛する」ということ・・・イスラエルから

平成18年11月12日(日)

 現在、教育基本法改正法案が衆議院で審議されている。
それで、月曜日から金曜日まで、国会議事堂と衆議院議員会館の間の歩道には連日「改悪反対」の多くの人々が座り込み、マイクで反対演説を続けて喧噪甚だしい。
 曰く、改正案は、戦前の軍国主義に戻るものだとか、侵略戦争に道を開くものだとか、およそ荒唐無稽な反対論を正義に酔っているかのように延々とマイクで流している。そのマイク音は、四六時中議員会館の各部屋の中に入ってくる。一種の威力業務妨害である。よく街頭右翼が大声でがなりながら道を突っ走っていくが、あれは数秒で走り去っていくが、こちらはずーと議員会館前でやっている。この場所では、右翼のマイクは許されないが左翼は許されるのである。右翼が来れば警察はその車を止めて国会周辺に入らせない。左翼がマイクを使っていても警察は遠巻きに見ているだけだ。警備上のこの使い分け、何故か分からないが、正当性がない。
それはともかく、連日集まるこの人達の職場はどうなっているのだろうかと、時々思う。多くは、学校を職場としている人達であろう。子供達に自習をさせてここに来ているのであろうか。

 さて、この度の教育基本法改正案には、与野党両案ともに、教育における「国を愛する」という視点が盛り込まれている。
 もっとも、自民党案の「国を愛する態度を教える」というのと民主党案の「国を愛する心を教える」というのと、どちらがいいか、という協議はある。
 もちろん、教育においては、「こころ」つまり精神を教えるのであり、精神はどうでもいいから態度だけはこうしておけという面従腹背のテクニックを教えるのではない。従って、「国を愛する心を教える」という端的な表現を尊ぶべきである。
 しかし、自民党側は、「自・公連立与党であることを理解してくれ、国を愛する態度を教えるというので精一杯なのだ」という事情のもとに、自民党案に固執する「態度」を貫いている。他方、民主党も奇妙である。与党案に優る法案を提出しておきながら、改正案の廃案を目指して、採決反対である。

・・・と言うわけで、この国会内の事情を、これ以上細かく述べようとは思わない。ただ、「国防」という国家最重要の課題を六十年間見てこなかった我が国の国政においては、以上の通りの次元だということをご理解いただきたい。
 その上で、次に「イスラエル建国の父」そして「片腕の英雄」と呼ばれたトランペルトールという人物に関するエピソードを紹介したい。

 司馬遼太郎さんは、江戸時代の日本人には、近代国家の国民という意識はなかったという。江戸時代は近代国家ではなかったのだから当然であろう。
 では、明治維新を経て形成されてきた我が近代国家とは国民に何を求めたのであろうか。司馬さんは、それは、国のために死ぬことだったという。
 そして、明治の日本人は、日清・日露の国家存亡を賭けた戦争に於いて、この驚くべき近代国家の要求に応えた。この様な国民が日本にいなければ、我が国も我が文化と文明もその時に他民族に蹂躙され滅んでいた。
 
 そこで、日本国民は、如何なる思いで、この国家の要求に応えたのであろうか。この思いをトランペルドールは、一人の日本軍兵士から教わり、彼は、イスラエル建国の英雄となったのである。そして今、我が国こそ、トランペルドールが我が国から何を学んだのかと、自らの歴史を見直し、イスラエル建国のいきさつを学ぶ必要があるだろう。

 今から百年前の日露戦争時の一九〇四年、トランペルドールはロシア兵として旅順要塞に立て籠もって日本軍と闘っていた。彼は左腕を失っても戦い続けたが旅順開城により日本軍の捕虜となり、私の郷里である大阪府堺の浜寺ロシア兵捕虜収容所に送られてきた。
 この浜寺捕虜収容所(今の行政区分では高石市)で、トランペルドールは、直ちに日本語を習得して、小国の日本が大国のロシアに打ち勝った秘密を探求した。そして、一人の日本兵が言った次の言葉を終生忘れなかった。それは、「国の為に死ぬほど名誉なことはない」という言葉だった。
 ユダヤ人のトランペルドールにとって祖国はロシアではない。しかし、彼の祖国はその時存在しなかった。従って彼には、祖国を愛することも、祖国のために死ぬことも、今まで具体的に意識にのぼることはなかったであろう。 その彼に、一人の日本軍兵士の語った言葉が極めて重要で新鮮なイスラエル建国につながるインパクトを与えた。即ち、国のために死ぬことが名誉と思う国民の存在が日露の勝敗を分け国家の存亡を決したのだった。従って、この精神は、イスラエル建国の基本となった。
 
 彼は、一九〇五年の日露講和によりロシアに帰還するが、以後ユダヤ人の国イスラエル建国の事業に邁進していく。そして、十五年後の一九二〇年、トランペルドールはパレスチナに於いてアラブ人の銃弾を受けて戦死する。その時に駆け寄った戦友に対して、彼は次のように最後の言葉を発したという。
「俺にかまうな!国の為に死ぬことほど名誉なことはない!」
 そして、このトランペルドールの精神が、イスラエルの建国と現在に至る存続の原点となっている。
 しかし、この精神は、単に明治の日本やイスラエルだけのものではなく普遍的なものである。およそ危機に直面した国民国家の存亡の分岐点となるのは、この精神の有無である。

 では、この「国のために死ぬのが名誉である」というトランペルドールや彼にこの言葉を伝えた日本軍兵士の精神の前提には、如何なる思いがあるのかというと、既に明らかであろう。
 それは「祖国への愛」なのだ。
 誰が、祖国への愛なくして、国のために死ぬのが名誉と思うであろうか。

 現在の一見平和に見えて危機感を喪失した日本に生きる我々は、日露戦争を戦い抜いた日本軍兵士からイスラエル建国の英雄に語られ、今我が国にイスラエルから戻ってきた
「国のために死ぬほどの名誉はない」
という言葉の意味をもう一度よく噛みしめる必要がある。
 そうすれば、「祖国への愛」を教育で教えることを重視するか否かは、実は国家存亡に関わる課題であることが分かるのである。

 この十一月、イスラエルの駐日大使であるエリ・コーエン氏が堺・泉州に来られた。百年前にイスラエル建国の英雄であるトランペルドールがいた浜寺捕虜収容所跡を訪れ、その地で没したロシア軍兵士であったユダヤ人捕虜の墓を訪れる為である。その墓はよく整備され手入れされていたという。
 その晩、堺で一泊されるエリ・コーエン大使と夕食をともにしてワインを飲みながら、日本とイスラエル、また、トランペルドールのことを語り合った。
 さらに、西村眞悟・日本人とエリ・コーエン・ユダヤ人、つまり、多神教の民と一神教の民が、何故この様に気と感性が合うのかというのが大きな話題となった。
 エリ・コーエン大使は、宮本武蔵を崇拝し、伊勢神宮に神秘を感じ、靖国神社に空手や居合道を奉納する日本武道の達人である。そして、堺を訪れて仁徳天皇陵を参拝したとき、強い霊気を感じたと言っていた(イスラエルでは、トランペルドール以来、日本の武道が盛んに学ばれている)。
 最後に、「次に会うときは、核について話をしよう。持っているんだろう」と言うと、「核は、持っていると言わないのが、抑止力なんだ」という返答でオヤスミとなった。

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