大阪堺市出身!国家の安全保障や国益優先の信念を貫く行動派!

日本のこころを大切にする党 西村眞悟

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西村眞悟の時事通信
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根底に情緒がある日本人・・・秋の虫と靖国神社

平成18年9月4日(月)

 九月に入り、朝夕に秋の気配が感じられます。
この秋の気配は、静かに流れる空気から、ある時「はっ」と感じるもので、理屈で説明されてじわじわ分かるものではない。ふと気がつけば、蝉の音も変わっていてツクツクボウシが鳴いている。また夜になれば、既に秋の虫が鳴いている。
 そして、この秋の虫の音こそ、万葉集の時代から歌い継がれてきた我が民族の情緒を揺り動かすものである。

 ところで、西洋人は、この秋の虫の音を雑音と受け取るという。私は体験したことはないが、「国家の品格」の著者である藤原正彦さんは、そういう西洋人に実際に接して、
「何故、こんなやつに戦争で負けたんだろうと、情けなくなった」と思ったという。
 そこで、この虫の音を、「虫の音」と感じるのか「雑音」と感じるのか、その違いは何故生まれるのか。この課題を切っ掛けにして、以下、述べたい。
 
 仮に、我々日本人も虫の鳴くのを「雑音」と感じるなら、
万葉集以来の多くの詩歌や小説や随筆は、今ある如く生まれなかったと思う。
例えば、「古池や蛙飛び込む水の音」という芭蕉の句も、
「何やそれは、どぼんという音がするだけやろ、あほらし」
ということになるであろう。
 ということは、我々日本人の文化が全く違ったものになっていることになるのだ。結局これは、大きく民族の個性にかかわってくることではないか。
 
 従って、この秋気漂う夜に聞こえるのは、
「虫の音」か「雑音」かを思うことは、自分自身を見つめて日本人と文化について考えることにつながるだろう。
 もちろん、マスコミで八月に五月蠅かったいわゆる「靖国神社問題」にもつながっていく。さらに、現在の青少年の耐え難い犯罪への対策として「命の大切さを教えていく」という一部の政治家と識者のいつも繰り返されるその場限りの発言が如何に馬鹿な見当違いかということも見えるのではないか。
 
 何故なら、この分岐点に存在するものは「情緒」であるからだ。秋の夜に虫が奏でる音が、「虫の音」か「雑音」かを分けるのは「情緒」である。
 この情緒とは理屈ではなく直感である。従って「情緒を教える」といって教えられるものでもない。反対に、教えなくとも分かっており備わっている。
 この虫の音から、我々の先祖は、もののあわれ、無常、時の過ぎゆく悲しさを感じてきた。雑音と思えば感じるはずがない。自動車の騒音にもののあわれを感じないのと同じである。
 
 私は、学生時代に接した数学者の岡潔先生のいわれたことをしきりに思い起こしていた。そのようなとき、新大阪駅の本屋で中西進先生の「日本人の忘れもの」(ウェッジ)という本を手にとることができた。その中に学生時代に読んだ岡先生のことが書かれているのを見つけた。私なりにその概略を言えば次の通りである。
 岡先生は、言われる。
「日本人は情の人である」、情つまり情緒に従うことが正しいことであり情緒に背くことは不道徳だ。
 例えば、スミレの花を花だと見るのは「知的なみかた」で、紫色とみるのは「感覚的なみかた」、実際にあると見るのは「実在感としてのみかた」である。
これに対して、スミレの花はいいなあとみるのが情緒である。
そして、私たちの価値判断はほとんどこの情緒からきており、
知的であれ感覚的であれ色々説明するのは、所詮この「いいなあ」という実感を別の言葉で表現しようとしているに過ぎない。
 情緒は、何らかの経験をしたことで起きるものではなく、むしろそれ以前から体の中にあるものだ。そして次の経験は必ず情緒を必要とし、情緒がなければ経験することもない。
 従って、「日本人は情の人」という意味は、一番根源的なところに経験を作り上げるものとしての情が存在する人間、物に対する感動を生み出し、長く感銘を記憶し続けることでその物を存在させる情緒をもつ人間、それが日本人だ、ということである。
 知の根底には情があり、この「人本然の情」がよく働くようにするのが情操教育である。
さらに、人本然の情とは「なつかしい」という言葉で表現されるものであり、理想の基調となっているものは「なつかしい」という情操である(以上、「日本人の忘れもの」第三巻から)。

 以上のことを岡潔先生と中西進先生に再び教えられ、知的作業を含む全ての行動の根底に「人本然の情」をもつ日本人の伝統こそ、日本の深さ強靱さ、そして、「日本の世紀」を拓く証と私は再確認できた。
 それと同時に、このかけがえのない情を知的でないと馬鹿にして捨ててきたのが戦後であるから、我が国は崩壊に瀕した危機的状況であることも再確認したのである。
 
 日本人にとって、情のない歴史認識や情のない教育など、何の役にも立たずむしろ有害であることがまざまざと見せつけられてきたのがこの数年来の少年犯罪である。この八月も子が母親を人に頼んで殺させるという目を覆いたくなる犯罪が生まれてきている。そして、この情のない教育では「知的な」「良心的な」視点から、「平和の大切さ」と「命の大切さ」と「人権の大切さ」が教えられてきたはずである。
 かつてNHKの「戦争特集」の番組で、解説委員がガタルカナル島の海岸に立って、如何に日本軍が愚かで無謀であったかを優越感に満ちた表情で得々と「知的に」現場報告をしていた。しかし、彼が立つその海岸こそ、日本兵の屍が累々と砂に埋もれて横たわっていた海岸であった。この情のかけらもない「公営放送」の姿こそ、我が国の危機の表れであった。

 さて、八月に五月蠅かった靖国神社問題をこの観点から捉えたい。
 結論から言うならば、日本人本然の情として、靖国神社に参拝することこそ道徳的であり、この情に逆らうことは不道徳である。
 従って、八月一五日に靖国神社に参拝した小泉総理は、今や周辺国の指導者に比べて道徳的に優位にあるのである。惜しむらくは、安倍晋三氏も、小泉内閣の官房長官なのであるから総理と並んで参拝すべきであった。そうすれば、ゴキブリが太陽の下を歩けないように、安倍氏にいかがわしいものが接近できなくなったであろう。
 また、いわゆるA級戦犯合祀反対論は、架空で無意味で有害な論であり無視するべきである。何故なら、我々の法制においても情においても、「戦犯」は存在しないからである。
 要するに、靖国神社は、戦没者があそこで会おうと素朴に言い交わし、我々も彼らはここに集っていると素朴に感じられるなつかしい大切な社なのだ。
 
 我が国の小学校の全学童が、靖国神社に参拝してこの英霊の素朴な思いを体で感じることが、最深の情操教育であろう。

 ところで、人本然の情は「なつかしい」という情操であると指摘されて、私はほっとした。何故なら、友人達から「お前は、つまらんことを憶えとるなあ」としばしば馬鹿にされることがあるからである。以下、先日の体験。
 昭和三九年秋、高校一年生の私は、同級生と大阪と奈良の境にある金剛山に登り奈良の御所駅に下山した。その時の中腹に広がるススキの原っぱの明るいすばらしい情景は忘れられない。友を見れば微笑みながら歩いていた。
しかし、そのススキ野は忽然と姿を消して二度と見れなかった。何故ならススキの広大な斜面が植林されて陰気な杉と檜の森に一変したからである。そして、ついには、あの懐かしい山道は何処にあったのかさえも分からなくなった。
 そしてそのことも忘れていた八月下旬、奈良に行く用があって友人と車に乗った。奈良側にでたところで、友人が時間があるから「たかまがはら」に寄ろうといって葛城山沿いに車を進めた。そして、高天原についた。
葛城山中にも高天原があったのだ!鬱蒼とした大きな木立の中に天高彦神社の古い社があった。
 参拝を済ませてから、私は神社の南側の金剛山に向かう小道を登りはじめた。すると左手斜面に清水がいきよいよく流れていた。その時、私はその水の流れと石組みをかつて見たと直感し、昭和三九年秋に下山してきた道はこの道であったと確信したのだった。不思議な懐かしさが込み上げて、高天原が四二年前に歩いた道、自分では探せなかった道に導いてくれたのではないかと思った。
 そして、数日後、その時一緒に登った同級生に電話した。
「お前が、愉しく笑いながら歩いたあの金剛山のススキの道があったやろ、憶えとるか。」
「全然、憶えてない。お前は相変わらずつまらんことよう憶えとるなあ」

 以上、とりとめもなく失礼しました。
 お互いに、心の中にある小さな記憶の中に、人本然の情に通じる情緒がわき出る泉があることを日常の中で確認したいものです。我々のなつかしさに通じる記憶は人生の力であり宝です。
 それが結局、理屈ではない日本人のアイデンティティーの実感へとつながっていくのです。その時、我が国家と民族は、生き生きとみずみずしい姿を取り戻すのです。

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